打ち砕かれる“世界”の音を聴け。

『人形館の殺人』

綾辻行人

(1989年)日本

 

 

綾辻行人の「館シリーズ」を

引き続き読んでみます。

今回は4作目。

 

あらすじ

一九八七年七月三日。

昨年夏から先月まで体調を崩し

長期の入院生活を強いられていた

私こと飛龍想一

生まれ育った静岡を離れ、

育ての母である叔母の池尾沙和子と一緒に

亡き父が住んでいた京都にやって来た。

父・飛龍高洋がこの世を去ったのは昨年の暮れ。

最後に父と会ったのは二十五年以上前で、

私が父のことで覚えているのは

いつも私に冷たく燃える眼差しを向けていたことだった……。

 

北白川にある古い平屋の日本家屋に到着。

玄関のすぐ脇にマネキン人形が置いてある。

そのマネキンは目も鼻も口も無いのっぺらぼうで

服も着ていないし不自然に右腕が無かった。

「お父様が作られたものです」と母(沙和子)が言う。

飛龍高洋は彫刻家であり画家だったが

晩年の父はマネキンに執着していたようだ。

私は六歳の時、

実の母・実和子が死んだ後、

母の妹・沙和子と

その夫・池尾祐司の夫妻の元に引き取られた。

この屋敷に一人残った父。

父にとって

私はどういう存在だったのだろう。

 

母屋は建物内部で離れと繋がっており

その離れは<緑影荘>と呼ばれている。

こちらは二階建ての洋館で

母屋の和風建築との差に驚かされた。

母屋は元々、

祖父の飛龍武永の所有物で

祖父の死後に高洋が相続し、

仕事場兼住居とした。

父が使っていない離れは

賃貸アパートとして開放しているという話だ。

<緑影荘>の管理を任せている

水尻夫妻の他に

現在三人が<緑影荘>に住んでいる。

 

水尻夫妻(夫は道吉、妻はキネ)に

引っ越しの挨拶を済ました後、

私は一人で二階を散策する。

眺めのいいヴェランダに出た私は

父のことを回想していた。

父は昨年末にこの家の中庭の

桜の木の下で首吊り自殺したという。

その時ふと視界の隅に

こちらを見上げる黒い人影が見えて

なぜか私を不安な気分にさせた――。

 

離れにもマネキンが置いてあるが

左腕が欠けていたり胴体が欠けていたり

どうしてこんなものを父は飾っているのだろう?

そう思いながら

一階の廊下を歩いて母屋に戻っていると

<1-B>の部屋のドアが開いて

青白い顔の青年が出て来た。

辻井雪人と名乗った彼は

小説家を目指している大学生で

私が飛龍家の人間だと知ると

今住んでいる部屋は

近所の子供の声や

隣の倉谷のギターがうるさいから

部屋を替えてくれと頼んできた。

 

<1-C>に入っている倉谷誠

小柄で気さくによく喋る大学院生。

もう一人の住人

<1-D>の木津川伸造はマッサージ師で

目が不自由な五十過ぎの男性。

細君を亡くして一人で暮らしている。

 

母屋の土蔵は白いマネキンが転がり

生前の父がアトリエとして使用していた。

父は母・実和子の幻影を追い続けていたのだろうか。

 

 

不意に――は目覚めた。

(あれは……)(……そうだ)

――は自分の内に存在するその意思を確認した。

 

 

八月に入り

私は<来夢>という喫茶店で

コーヒーを飲むのが楽しみになっていた。

向かいの椅子に新聞が置いてあったので

何気なく手に取ると目に入ってきたのは

「北白川疎水に子供の他殺死体」の文字。

まだ五歳の男児・上寺満志ちゃんが

何者かに首を絞められて

川に投げ捨てられたらしい。

その時私の頭の中に

嫌な感じが流れ込んで心がざわついた。

 

 

――は考える。

(……焦ってはいけない)

そう。とりあえずは時機を待てばいい。

 

 

九月に私が<来夢>に立ち寄ると

どこかで見覚えのある男に出会った。

「飛龍くん?」

その男は幼馴染みの架場久茂(かけばひさしげ)

久しぶりだねと声を掛けてきた。

現在は大学で助手をやっているそうだ。

架場と昔話をしているうちに

私は奇妙な感覚にとらわれる。

……赤い空。

……二つの黒い。

……くん!

「飛龍くん?」

架場に呼ばれて目の焦点が戻る。

どうやら私はぼうっとしていたらしい。

 

 

――は笑った。

(……時機が来た)

まずやらなければならないこと。それは……。

 

 

法然院という寺の境内で

また幼い子供が扼殺された。

今度は六歳の池田真須美ちゃんで

満志ちゃん殺しと同一の手口から

警察は同一人物の犯行として捜査中。

 

私の周りで最近、

おかしなことが起きている。

誰かが土蔵に忍び込んで

マネキン人形に赤い絵の具で

血のように塗りたくられていたり、

玄関に石が置いてあったり、

郵便受けの中にガラスが入っていた。

さらに私の自転車のブレーキの

ワイヤーが切られていて

もう少しで大怪我するところだった。

 

 

(……怯えるがいい)

呪文のように――は繰り返す。

 

 

何者かが私に悪意を向けている。

単なる悪戯とは思えない。

私は<来夢>で架場に相談すると

架場は気にしすぎないようにと

冷静な対応だったが……。

その時、

また私の意識が遠のいていった――。

……赤い花。

……黒い二つの線。

……石ころが。

……まるで巨大な蛇の屍。

……くん!

架場に名前を呼ばれて正気に戻る。

断片的に何かの記憶を

思い出そうとしているのか?

だが、どうしても思い出せない。

 

そして、

私宛に届いた手紙。

「思い出せ、お前の罪を。

思い出せ、お前の醜さを。

思い出せ。そして待て。

近いうちに、楽にしてやる。」

 

 

飛龍想一の閉ざされた過去。

――が思い出せという記憶

「遠すぎる風景」とは?

 

自殺した父・飛龍高洋が遺した

六体のマネキン人形にこめた意味とは?

 

そして、

飛龍家に最初の悲劇が訪れる――。

 

作品解説

亡き父の遺した

顔のないマネキン人形が点在する

京都の屋敷で、

謎の脅迫者に命を狙われる飛龍想一。

脅迫は徐々にエスカレートしていき

想一の育ての母も殺されてしまい、

やがて想一は自ら忘れようとしていた

二十八年前の記憶を思い出し苦悩する。

思い悩んだ想一は

旧友の島田潔に助けを求めることに……。

綾辻行人の「館シリーズ」第四作目で

シリーズ屈指の異色作。

 

物語は飛龍想一の視点で語られるが

途中に「――」という

名前の表示されない人物の視点が入り

その人物が「脅迫者」で

飛龍想一に過去の忌まわしい記憶を蘇らせ

苦しませて殺そうと追い詰めてくる。

 

謎の脅迫状が届き

やがて育ての母親が殺されて、

京都に友人がいない想一は

偶然出会った幼馴染みの架場久茂や

明るい大学生・道沢希早子を頼り、

九州にいる島田潔と電話で相談しながら

事件の真相に迫っていく。

 

館シリーズ皆勤の島田潔は

飛龍想一とは学生時代の友人で

入院中も見舞いに来てくれた仲。

現在忙しくて九州から離れることができず、

事態が急転し助けを求める想一のために

物語終盤で駆けつける。

そして、

そこですべての秘密が明らかになる――。

 

感想

「異色作」と呼ばれているのは

どういうことかと思ったら、

ようするに「凡作」をオブラートに包んだ

叙述トリック的な言い方だった。

 

作者本人が解説で述べているように

この手のネタが増えた現在では

凡作扱いになるのは仕方ない気がする。

とくに賞賛するほどのトリックも驚きも無い。

(人形を殺人トリックに使うのだと期待していた)

それでも作者自身が

「すごく愛着がある」と言うように

やりたかったネタだったのだろう。

 

気になったのは

島田荘司氏の『占星術殺人事件』の

アゾート殺人を連想させる場面があって

マネキン人形の部位欠損が

『占星術』トリックのほぼネタバレになっている。

『金田一少年の事件簿』の「異人館村」は

自分のトリックをパクったと抗議したのに

弟子の綾辻氏の作品はOKなの?

 

シリーズ四作目だからこその

読者が予想しうるパターンを

逆手にとったミスリードは上手い。

伏線も丁寧に張ってあると思うし

俺は普通に楽しめました。

 

★★☆☆☆ 犯人の意外性

☆☆☆☆ 犯行トリック

★★★☆☆ 物語の面白さ

★★★★☆ 伏線の巧妙さ

★★☆☆☆ どんでん返し

 

笑える度 -

ホラー度 ○

エッチ度 -

泣ける度 △

 

評価(10点満点)

 7点

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

※ここからネタバレあります。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1分でわかるネタバレ

<事件概要>

日付:1987年7月3日~1988年2月1日/2月7日(島田の手紙)

場所:京都府京都市左京区北白川町「飛龍家」/<緑影荘>/喫茶店<来夢>

 

○被害者 ---●犯人 -----動機【凶器】

上寺満志 ---●辻井雪人 ---憎悪【扼殺:手】

池田真須美 ---●辻井雪人 ---憎悪【扼殺:手】

池尾沙和子 ---●飛龍想一 ---二重人格【焼死:火事】

堀井良彦 ---●辻井雪人 ---憎悪【絞殺:紐】

加藤睦彦 ---●辻井雪人 ---憎悪【扼殺:手】

辻井雪人 ---●飛龍想一 ---二重人格【溺死:失血後に湯船に沈む】

(未遂)⑦道沢希早子 ---●飛龍想一 ---二重人格【撲殺未遂:鉛入りの人形の手】

※辻井の殺人①②④⑤と飛龍の殺人③⑥⑦(未遂)は別件。

※③⑥⑦飛龍の中の別の人格が殺人を犯している。

 

架場正茂(仮) ---●飛龍想一 ---衝動【溺死:川】

※28年前の事件。被害者の名前は架場正茂なのか、本当に架場の兄だったのか明らかになっていない。

 

<結末>

想一は電話越しに島田潔を頼り、

中村青司の人形館には

秘密の抜け道があるのだと教えてもらう。

そして想一は28年前、

名前は思い出せないが

男の子を川に突き落としてしまった過去があり

犯人がそれを思い出させて

復讐しようとしているのだと気づいた。

 

夜道で希早子が何者かに襲われ

そこに駆けつけた島田潔が希早子を守る。

彼は明日すべてが

明らかになると言って立ち去った。

翌日<緑影荘>を訪ねた島田は

想一が抜け道を探り当てたことで

脅迫者を架場久茂だと指摘する。

殺された兄・正茂の復讐で

想一を追い詰めているのだと。

 

しかし架場は冷静に島田に言い返す。

地下の抜け道などどこにも無い。

その電話は火事で回線が焼けて以来、

使用不能になっている。

想一くん、君は誰と電話していたのか?

すべては君の心が生み出した妄想だ。

“君は”島田潔じゃないんだ。

 

想一は母の列車事故と

正茂を殺した過去のトラウマで

精神に分裂をきたし、

自分の中の殺人者の人格が

自分自身を殺すために脅迫し、

沙和子を焼き殺し、

辻井も殺し、

希早子を襲っていたのだ。

救いを求めた島田の人格まで作り上げた。

想一自身はまったく知らないところで……。

 

どんでん返し

この作品のどんでん返しは

語り手の飛龍想一が犯人で

脅迫者「――」の正体です。

殺人を行ったのは

想一の中の別の人格。

想一は「解離性同一性障害」だった。

  • 一人の人間の中に全く別の性別、性格、記憶などをもつ複数の人格が現れる神経症。昔は多重人格障害や精神分裂症などとも呼ばれた。

 

「語り手が犯人」の叙述トリック

自分の中の別人格が無意識のうちに

殺人を犯していた多重人格トリック

合わせ技ということになります。

 

水色はミスリード緑色は伏線です。

ページ数はKindle版。

 

脅迫者「――」は

想一の死を願い、

想一を殺すために生まれた人格。

想一を怯えさせたり

殺意を向ける第三者のような

描き方をされていて、

想一の育ての親である

沙和子まで笑いながら焼き殺し、

最後に想一を殺すことが目的なので

素直に読めば別人に思わされてしまう。

 

飛龍想一は6歳の時に列車の転覆事故で

実母・実和子を亡くしたが

その原因は自分が行った置き石にある。

母とサーカスに行く約束だったのに

母は父の授賞式に出掛けることになった。

列車を止めれば母が戻ってくると思い

幼い想一は線路に石を置いてしまう。

そしてその置き石で列車は脱線して転覆し

母とその他大勢の命を奪ってしまった。

 

冒頭で京都に来た想一が

列車で気分が悪くなっているのは

過去のトラウマがあるため。

私は乗り物に、特に列車に弱い。静岡からの新幹線の車中、名古屋を過ぎたあたりから、だいぶ胸が悪くなっていたのである。(P.12)

 

その忌まわしい記憶は

父に「忘れるんだ」と諭され

一度は封じ込めることに成功したが、

心に負った傷は大きく

想一の中で別人格として形成される。

その別人格が覚醒したのは

京都に来て屋敷のマネキン人形が

母を連想させたこと、

②喫茶店で見た

新聞の列車の脱線事故の記事

社会面を表にしてたたまれていたその新聞に、私は手を伸ばした。

けっこう大きな大きな記事だった。隣のページには、奈良で起こった列車の脱線事故がでかでかと報じられている。ゆうべ発生したというこの事故のことも、私は今までまったく知らなかった。(P.47)

 

そして北白川疎水で

子供の他殺死体が見つかったこと――。

 

実は想一にはもう一つ、

人を殺めた記憶があった。

当時六歳の想一よりも年上の少年が

想一が線路に石を置いたのを見たと言い、

「人殺し」と罵ってきたので

川に突き落としてしまったのだ。

 

その少年の名前は「正茂くん」で

想一がそのことを思い出す前に

④架場久茂が気になるセリフを言っている。

「親は元気にしてるよ。けれども昔、兄貴を亡くしててね

「お兄さんを?」

「うん。おや、君は知らなかったっけ」

「……」

二つ上の兄貴がいてね。もう遙か昔になるけれども。――それはともかく飛龍君、どうする?一度、警察へ行ってみるかい」(P.268)

ここで架場が「――」の正体で

兄を殺した復讐をするために

想一を追い詰めているのだと

かなり強くミスリードしている。

 

架場は想一が京都に来た最初の日に

ベランダ越しにこちらをじっと見ていた

黒い男性としても登場していて、

架場と話していて

彼の目に見つめられた時に

奇妙な感覚が蘇ってしまうのも

ミスリードを補足している。

おそらく作者は「――」を

架場だと思わせたかったのだろう。

 

想一が川に突き落とした少年が

本当に正茂という名前なのか、

架場久茂の兄だったのか、

架場久茂の兄が正茂という名前なのかすら

本編では明らかにされていない。

……が、個人的には想一は

本当に架場の兄を殺してしまったのだと思う。

上記の架場の鳶色の目を見て

その少年を思い出してしまうのだから

そこが伏線になっていないと辻褄が合わない。

 

 

「遠すぎる風景」の中にも

これが別々の二つの出来事だという伏線が

丁寧に仕込まれている。

 

列車の転覆事故だとして

「黒い二本の線」はわかるが

「黒い二つの影」が人物なら

二人に限定するのはおかしい。

「流れる水」が線路の近くになさそうなこと、

脱線事故の時は⑥「赤い空」ではなかった。

決定的な矛盾が★⑦「……くん!」という声。

  • 想一が「ママ!」と母を探して叫んでいて、それに対して「想一くん!」と母が答えているように思えるが……。これをふまえて次の場面を見てみよう。

  ↓

想一がサーカスに連れていって

もらえない過去を回想する場面。

――また今度ね。

泣きじゃくる私に、彼女は優しく云った。

――今度きっと、連れていってあげるからね。だから、今日は堪忍して。ね、想一ちゃん。(P.238)

  • 母は想一のことを「想一ちゃん」と呼んでいて「くん」ではない。だとすれば、「……くん!」は誰かが別の人物が少年の名前を呼ぶ声である。これは想一が「正茂くん」を川に落としてしまって狼狽えながら名前を呼ぶ場面であった。

 

「母を死なせた転覆事故」と

「正茂くんを殺した夕暮れの河原」

この二つの記憶が混ざり合い

「遠すぎる風景」として

想一の心に刻み込まれていた。

 

 

そして想一は物語終盤で

三人目の人格を形成してしまう。

それが「島田潔」

兄貴分と慕う島田に救いを求める心が

妄想で島田と会話して

最後には自分自身が島田になっていた。

 

終盤の希早子が何者かに襲われる場面で

島田潔と名乗る人物が助けに現れる。

翌日<緑影荘>に現れた島田が

木津川や水尻夫妻や倉谷に

「僕は島田潔っていうんだ」と言って

怪訝な顔をされたのも無理は無い。

  • 暗い夜道で島田(想一)を見た希早子は仕方ないとしても、<緑影荘>の住人には飛龍想一がおかしなことを言っているようにしか見えなかった。

 

実は島田潔は今回、

最初と最後の手紙の文面だけの登場で

本編にはまったく登場していない。

想一との電話越しの会話も

想一の妄想だった。

ネタバラシで架場が指摘したように

★⑨母屋の廊下の電話と

アトリエの電話は親子電話で

回線を共有している(P.136)ので、

母が焼け死んだ母屋の火事の際に

電話自体が使えなくなっていた。

  • 年明けに島田潔がアトリエの黒電話に電話してきたが、そもそも島田はどうやってここの電話番号を知ったのか?手紙は転送で京都に届いたが、島田は想一は静岡にいると思っているはず。年末に島田の実家に電話した時に番号が履歴に残っていれば可能だが、1988年という時代にナンバーディスプレイのサービスはないため不可能。さらに想一は<緑影荘>のピンク電話から掛けているので島田から電話が掛かるなら<緑影荘>のはずである。

 

架場にやりこめられて

島田潔の推理がどんどん崩れていっても

『十角館』で犯人にまんまと

出し抜かれた前科があるため

「今回の島田は道化師の役割なのか?」と

ミスリードされてしまう。

 

イマジナリー島田が見た

地下への梯子も妄想。

今回は⑧「中村青司」の存在を

ミスリードに使っている。

実際は中村青司は建物と無関係だったが

「抜け道がある」と思わせることで

想一の自作自演の犯行から

目を逸らせる効果があった。

 

辻井がこの屋敷を「人形館」と呼び

中村青司の作品だったら

面白いと言わせたり(P.194)、

イマジナリー島田潔に

「そんな噂を耳にしたことがある」(P.218)

強く中村青司の作品だとミスリードしているが

⑩そもそも「中村青司の作品」だと知った

本物の島田潔ならどんなに忙しくても

真っ先に駆けつけてくるはず。

  • 友人が困っているわりにのんびりしている島田の言動がシリーズ作品と矛盾している。

 

「島田潔」「中村青司」「からくり趣味」

シリーズ4作目だからこそ

シリーズのパターンを

読者に読まれることを見越して

逆手に利用したわけです。

 

希早子も想一の家に来る前は

想一が少し変わっている人物だとは

まったく疑っていなかった。(P.188)

「まさか……飛龍さん、そんな危険人物じゃないでしょ

「分かりませんよ」

「絶対にそんな人じゃない。わたし、ちょっと話しただけでぴんと来るんだから。鋭いんですよ、こう見えても」(P.188)

  • 恋は人を盲目にするというが、希早子は想一の外面からはまったく危険人物だと思わなかったようだ。これは希早子がミスリードしたというよりも、それだけ内面とのギャップがあるということなのだろう。
  • 希早子は想一に恋愛感情を抱いていなかったような描写もあるが、全く興味のない男の家に夜一人で絵を見には行かないでしょう。

 

飛龍想一の精神状態が

おかしくなっているというヒントとしては、

想一の絵が見たいと言って

アトリエにやって来た希早子が

「うーん」と微妙な反応になるほど

想一の絵が奇妙で不気味で

どう言えばいいのか言葉に詰まっていた。

どの絵も「強い色」を多用している(P.203)

「何となくね、もっと淡いタッチの絵を描く人なんじゃないかなって想像してたんです。あんまり原色は使わずに、微妙な色彩で」

「そう云えば、強い色を多用してるみたいですね」

まるで他人事のように、私は答えた。

「こういうのは嫌いですか」

「いえ、嫌いっていうんじゃないです。――でも何て云うのかな、不気味は絵が多いんですね。ダリなんか、やっぱりお好きなんですか」(P.203)

  • 男の首が転がっていたり、頭がわれていたり、おびただしい虫がたかっていたり……。想一の精神が病んでいることを感じさせる。強い原色を多用するのは精神分裂症の疑いがあると本編で指摘されている。(本当かどうかは知りませんが)

  • まるで他人事のように想一が話していることも伏線。別の人格の存在を匂わせている。

 

想一が何度も

入退院を繰り返していたのは

肉体よりも精神が安定しなかったため。

以前、首吊り自殺を図ったことが

エピローグで語られている。

 

第一の殺人・沙和子殺し

想一の中の「――」が行った

最初の殺人・沙和子殺し。

 

「――」は想一を殺す前に

まず母を殺さなければならないと、

深夜三時に沙和子が寝ている間に

ストーブを倒して火をつけた。

 

この犯人の正体に関する手掛りとしては

沙和子の部屋に忍び込んだ時、

酒を飲んでよく眠っていて

目覚める心配はないと言っていること。(P.152)

  • お酒を飲んでいることは部屋に充満するアルコールの匂いでわかるとして、どうして部屋に入る前に「よく眠っていて安全」だということがわかっていたのか?彼女が寝酒をする習慣を知っている親しい人物に限られる。マッサージに来た木津川は酒の瓶やストーブを見ているので、この時点で木津川と想一の二択。

 

加えて部屋に入るためには

母屋のどこかの鍵を開けないと入れない。

アトリエの悪戯の後で

玄関、勝手口、洋館との連結部に

内鍵を取り付けていて

合鍵がないと母屋に侵入できなかった。

想一は「侵入の目的が放火なら

窓ガラスを割って入ってしまえば

その痕跡は問題にならない」と

勝手に納得しているがこれはミスリード。

侵入時に音を立てた描写はないし、

なによりガラスを割ったら

夜の物音に敏感な想一が

目を覚まさないことがおかしい。

 

辻井雪人の犯罪と第二の殺人

飛龍想一の犯罪と

関係のないところで進行していたのが

辻井雪人の犯罪。

 

⑬辻井は大の「子供嫌い」

近所の子供の声がうるさくて

小説が書けないと迷惑していた。(P.34、P.42、P.93)

  • しつこいくらいに「子供の声がうるさい」を連呼していたので、通り魔の正体はわかりやすかったかも。

 

加藤睦彦ちゃん殺害時に

「――」がその現場を通りかかって

殺人を目撃したことで

想一と同類の人間とみなされ、

辻井も殺されることになる。

その夜、「――」が現場付近を通ったのは

想一の散歩ルートだった。(P.244)

  • 想一の散歩ルートを知っていること自体がアレだが……。自分の散歩ルートなのでね。

 

1月16日の夜、

午後9時15分頃に<2-B>の居間で

ぼんやり映画を観ていた想一は

辻井が帰宅する足音を聞いた。

9時50分頃に水尻キネがやってきて

辻井を呼んだけど

返事がなくて鍵がかかっていた。

想一が持っている合鍵

<2-C>の部屋を開けて中に入ると

浴室で殺された辻井を発見した。

  • 合鍵を持っている時点でかなりあやしい。母屋での悪戯も沙和子殺しも合鍵を持っていることが前提の犯罪だった。

 

想一がいる居間を通らないと

<2-C>に行けないという状況なので

辻井殺しの犯人は

もちろん飛龍想一なのだが

殺人の場面を書いていない。

それが別の人格による殺人なので

想一の思考にまったく嘘を書く必要が無い。

 

想一は映画劇場を見ていた約30分間で

辻井を殺して戻って来ているわけだが、

殺人の前と後の描写で違和感を与えている。

 

★⑯事件の直前に

換気をするため窓を開けた想一は

カーディガンを着ていた

窓を細く開けたとたん、風が勢いよく吹き込んできた。恐ろしく冷たい風だ。たまらずすぐに窓を閉め、羽織っていたカーディガンの前を掻き合わせる。(P.270)

  ↓

しかし水尻夫人が来て

<2-C>のドアを開ける時は

ガウンを着ている。

私はガウンのポケットに両手を突っ込み、開いた廊下の仕切り扉に凭れかかるような恰好で、夫人が<2-C>の中へ踏み込んでいくのを見守っていた。(P.275)

  • ガウンは寒い時に羽織るもの。薄手のカーディガンじゃ寒すぎてガウンに着替えたのだと思ってしまうのだが、ここでは「着替えた」こと自体が手掛り。想一はいつガウンに着替えたのか?ソファに座った時点ではカーディガン、水尻夫人の声で我に帰った時にはもうガウンに着替えている。「点けっ放しのテレビに目を向けてぼんやりしていた私」(P.271)が、ソファでぼんやり寝ていた間に着替えたことになっているのは明らかにおかしい。

 

⑰想一が額に汗をかいていたことも重要。

水尻夫人だった。私はソファから腰を浮かせて答えた。

「ああ、換気をしてたんです」

額に手を当てた。少し汗が滲んでいる。(P.272)

  • 辻井を殺して戻っているわけだから、汗をかくのは当然。ガウンに着替えても室内が暑くないと汗をかくことはないし、換気で居間のドアを全開にして、しかも冬の冷たい空気が流れ込んでいるから汗をかくこと自体が不自然です。

 

一応、後から倉谷も駆けつけて

「風呂上がり」「髪が濡れていた」

犯人っぽいミスリードもあるが

部屋に入る方法自体が他にないのでは

おそらくほとんどの方は

想一が犯人だとわかってしまうだろう。

 

欠点や疑問など

  • 最初の殺人事件が起こるまでが長く、話が暗すぎて退屈に感じる。
  • 多重人格のオチは読まれやすいし、殺人の状況から犯人が簡単に絞られてしまう。
  • 島田の活躍を期待していた読者にはがっかり感が強い。
  • いないとは思うが……館シリーズ前三作を読まずにこれから読んだ場合、シリーズ読者限定のミスリードが活かされないため、評価は最悪になるだろう。
  • 犯人の精神が狂っていると動機とか関係なくなって、それはおかしいとかありえないとか何も反論できない。例えば28年前の罪を今さらのように別人格が覚醒して自分で自分を殺すなんて事も、現実的じゃなくても認めるしかないし……。何でもありになってしまう。
  • 飛龍高洋が完全なマネキンを一体だけ桜の木の下に埋めていたが、埋める必要ある?六体のマネキンの視線を向かい合わせて動かしてはならないとか警告しなくても、普通にアトリエの椅子に座らせておけばいいのにとか思ってしまった。想一が過去に何かを埋めたトラウマがあって「掘らせる」ことでトラウマを蘇らせるのなら説得力があるけど……。高洋は桜の木の下で実和子と一緒に死にたかったのかな。だとしても、アトリエで首を吊ればいいような……。
  • 希早子を島田の人格が助ける場面で、希早子はもっと早く想一の声だと気づけるはず。
  • 語り手が犯人でした、は読後感が悪い。

 

裏旋探偵の推理

答え合わせ。

 

脅迫者の正体は想一の別人格→○

「怯えるがいい」とか古風な言い回しから最初は木津川を疑うも、現場の状況的に想一しかあり得なくて、急に挿入される書き方や想一が妙な感覚になったり、アトリエの絵が死をモチーフにした不気味なものだったので想一は多重人格だと確信を深めた。

 

「遠すぎる風景」は列車の転覆事故→○

ほとんど説明してあるのでこれはわかりやすかった。

 

「……くん!」の伏線→○

この伏線にも気づいてしまうんですよね。「想一ちゃん」と母が言った瞬間、「あっ」と電流が走りました。

 

子供殺しの犯人は辻井→△

脅迫者と子供殺しは別の人物の犯行だとは思ったが、辻井とまでは絞り切れなかったなぁ。

 

辻井殺しの犯人は想一→○

ガウンとカーディガンの違いは気づかなかったが、「額の汗」で気づいた。殺人者が素早く誰かを殺しに行って戻って来た時の表現で「額の汗」がよく伏線で使われます。『○眼の○の○人』もそうでしたね。

 

島田潔も想一の妄想→×

ここだけは見事に騙された。だって島田だもん。『十角館』でまんまと一杯食わされて、『水車館』で急に名探偵になったかと思いきや、『迷路館』で間違った推理と間違った結末の小説をわざと書いた男ですから。架場にやり返されている時も騙されてるふりをしているのかと思ってしまったわけで……。一瞬騙されたけどタネ明かし前に想一の第三の人格だと即座に気づけてしまったため驚き自体は少なかった。

 

 

もしも架場久茂の兄が本当に正茂で

過去の殺人で苦しんでいる想一を

あえて見過ごしているのだとしたら

架場も相当ヤバイ奴。

影で想一を操った黒幕とまで言わないが

自ら手を下さなくても

相手が勝手に自滅するのを

理解者のふりをして悩みを聞いて

楽しんでいた架場久茂という

深読みもできるところが

この作品の本当の「怖さ」なのかもしれない。

 

 

最後に付け加えておくと、

飛龍想一は無罪になる可能性が高いです。

「刑法第39条」

心神喪失者の行為は罰せられない。

想一の中の別の人格による殺人では

罪に問うことができません。

 

ただしその後の想一が

幸せな人生を歩めるかはわからない。

いつまた殺人者の人格が覚醒して

何をするかわからない恐怖が付きまとっている。

もしも希早子が想一のことを救いたいと思って

そばにいてくれるのなら……。

そんな未来を想像して

少しだけ明るい希望を持つとしようか――。

 

 

好事家のためのトリックノートトリック分類表

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