それでも読者は騙される!?シリーズ随一の離れ技

『迷路館の殺人』

綾辻行人

(1988年)日本

 

 

あらすじ

島田の元に届いた

一冊の推理小説。

鹿谷門実(ししやかどみ)の『迷路館の殺人』は

昨年四月に起きた実際の事件を元に

推理小説にしたものだという。

その事件は島田も知っているので

興味を持って読み始めた――。

 

~~~~~

 

日本推理小説界の老大家

宮垣葉太郎の「迷路館」を訪れた

編集者・宇多山英幸

宮垣は近年体調が悪く

創作力も落ちてきていて、

もうミステリは書かないと宣言していた。

ただ……ひとつ考えていることもあり、

六十歳になる四月一日の

誕生日パーティーに来てくれと言う。

これが生きている宮垣と

言葉を交わす最後の機会になろうとは――。

 

 

一九八七年四月一日。

宮垣の秘書・井野満男から

宮垣の還暦記念パーティーを行うと

招待状が届き、

宇多山英幸は妻・桂子とともに

「迷路館」に向かって車を走らせていた。

桂子は安定期とはいえ妊娠中なので

大勢の集まりに連れていきたくなかったが

参加者はほぼ顔見知りの

宮垣の弟子である推理作家が四人。

須崎昌輔清村淳一

林宏也舟丘まどか

それと評論家の鮫嶋智生

もう一人は未知の人物で

どこかのお寺のお坊さんで

ミステリ好きの面白い男が来るらしい。

 

宇多山が休憩のため

車の外で煙草を吸っていると

痩せぎすの長身の男に声を掛けられた。

彼は車の故障で立ち往生していて

聞けば宮垣の「迷路館」を目指していると言う。

もしかしてお坊さんの?と訊ねると

偶然にもその未知の人物だった。

島田潔といいます。はじめまして」

 

中村青司という建築家の建物の縁で

宮垣と知り合ったという島田の話を聞きつつ

車は「迷路館」に到着する。

宇多山は駐車場に見覚えのない

白いカローラが停めてあるのが気になったが……。

 

呼び鈴を鳴らすと

お手伝いの老女・角松フミヱが現れ

建物の中へ案内する。

この「迷路館」は地上は玄関だけで

大部分が地下にある。

階段を下りてすぐ正面の

両開きの扉を開ければ大広間になっているが

その扉を開けた瞬間、

「助けて」と言って男が飛びだして

床にうつぶせに倒れ込んだ。

 

倒れた清村淳一を尻目に

しかし先に大広間に集まっていた

鮫嶋、舟丘、須崎は冷静そのもの。

困惑する宇多山たちに

清村が起き上がってネタバラシをする。

今日は四月一日で

エイプリルフールの悪ふざけをしたようだ。

その後、遅れてやって来た林宏也も加わり

今日の主役・宮垣先生の登場はまだかと

広間に集まった一同が

待ちくたびれていた午後五時過ぎ――。

秘書の井野がようやく姿を現しこう告げた。

「不測の事態がありまして

時間がかかってしまい申し訳ございません」

「何かあったのですか?」

「宮垣先生が今朝、自殺されたのです」

 

……沈黙。

にわかに信じられない一同は

井野の案内で迷路館を進み、

書斎の奥にある寝室へ向かう。

ベッドのそばに白衣の男、

黒江辰夫が立っていた。

白いカローラは医者の車だったのかと

宇多山は納得する。

ベッドに寝ている人物の

顔にかかっていた白い布をどけると

安らかに眠る宮垣葉太郎の顔があった。

いくつもの溜息や

喘ぎのような声が各人の口から零れた。

 

宮垣は遺言をテープに残していて

井野はこれからそれを

全員に聞いて欲しいと言う。

その内容は驚くべきものだった。

宮垣葉太郎は

癌と診断されて余命いくばくもないと悟り

六十歳の誕生日に自殺を決意、

遺産の半分を今日集まってもらった

四人の弟子の誰かに譲ろうと考えている。

その選考方法は四人がそれぞれ

「迷路館を舞台にしたミステリ小説」を書き

鮫嶋、宇多山、島田が審査して

最優秀作の人物に遺産を相続させるという。

期限は五日後の四月六日。

それまで警察に連絡を入れるのを待って

誰も館を出て行ってはならない――。

 

突拍子もない遺言に動揺しながらも

お金のほしい作家たちは

競作に参加する意思を示す。

故人の遺志を尊重して

宇多山たちも承諾するのだが……。

その夜、

<ミノタウロス>という名の応接間で

自身の書きだした小説と同じ状況で殺された

須崎昌輔の死体が発見される。

 

電話線を切られて助けを呼ぶこともできず

外に出る鍵を持っていた井野が

忽然と姿を消してしまい、

犯人と一緒に閉じ込められてしまった一同。

やがて第二・第三の殺人が――。

そして……

この事件を実際に見ていた

鹿谷門実(ししやかどみ)とは誰のことなのか?

 

作品解説

隠居したミステリ作家が

集めた四人の弟子の作家に

迷路館を舞台にしたミステリを書かせて

一番優れた作品を書いた者に

遺産の半分を与えるという

奇妙な遺言を残して自殺した。

自身が被害者になるという条件があり

やがて書き始めた内容に

酷似した状況で次々と殺されていく。

またもや中村青司の建築した

館の事件に巻き込まれた島田は

殺人犯の罠を見破れるのか?

館シリーズ第三作目。

 

『十角館の殺人』が島と本土、

『水車館の殺人』は現在と過去、

そして『迷路館の殺人』での

綾辻行人の試みは

“小説の中に小説がある”という

「作中作」になっている。

さらに作中の『迷路館の殺人』の中には

四人の作家が競作で書いた小説も登場し

「作中作中作」という混乱するような構成。

 

物語は島田が

鹿谷門実という人物の書いた

『迷路館の殺人』を読むところから始まり

あとがきを先に読む島田の癖でわかるのが

この本は実際にあった事件を元にしていて

「鹿谷門実」は登場人物の誰かだということ。

犯人探しと作者探しという

二つの楽しみが味わえるのが特徴。

見立て殺人の変形技と

読者の意表を突いた

終盤の二連続どんでん返しが強烈。

 

「迷路館」の構造が複雑極まりないもので

中央部が迷路になっていて

円になるように外周に部屋が並んでいる。

その各部屋の名称は

ギリシャ神話のミノスの迷宮になぞらえて

「ミノタウロス」「ダイダロス」「テセウス」

「パシパエ」「メデイア」などと呼ばれる。

迷宮を脱出する手掛りの

アリアドネの糸玉も重要な役割で登場し

この名称が事件に関与してくる遊び心も面白い。

 

感想

これはなかなかの秀作。

地下の迷路に閉じ込められるという

絶望的な閉塞感が良い。

 

登場人物が少ないので

犯人当ては簡単な方だと思う。

作者当ても実は簡単だけど

ちょっと意地悪な感じ。

トリックのための不自然な言い回しが

気になってしまったのでやや減点。

 

一つだけ言えるのは

こんな複雑な迷路の家には

誰も住みたくないってこと。

食事を宮垣の書斎まで運ぶために

何度も止まって

曲がり角を曲がらされる

角松さんも大変だな。

角待つだけに。

 

★★★☆☆ 犯人の意外性

★★★☆☆ 犯行トリック

★★★★☆ 物語の面白さ

★★★★☆ 伏線の巧妙さ

★★★★★ どんでん返し

 

笑える度 -

ホラー度 -

エッチ度 -

泣ける度 -

 

評価(10点満点)

 8点

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

※ここからネタバレあります。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1分でわかるネタバレ

<事件概要>

日付:1987年4月1日~3日/1988年9月2日、5日

場所:京都府竹野郡T**の村はずれ「迷路館」/福岡県福岡市ホテル内レストラン

 

○被害者 ---●犯人 -----動機【凶器】

須崎昌輔 ---●鮫嶋智生 ---金銭欲【絞殺:紐】

清村淳一 ---●鮫嶋智生 ---金銭欲【毒殺:ニコチン濃厚液】

林宏也 ---●鮫嶋智生 ---金銭欲【刺殺:ナイフ】 

舟丘まどか ---●鮫嶋智生 ---金銭欲【撲殺:ハンマー】

井野満男 ---●鮫嶋智生 ---金銭欲【毒殺:ニコチン濃厚液】

※⑤の殺人は②の前に行われている

宮垣葉太郎 ---●鮫嶋智生 ---金銭欲【毒殺:ニコチン濃厚液】

 

<結末>

四人の作家が死亡し

林のダイイングメッセージ「wwh」から

鏡の奥に秘密の通路を発見。

犯人は宮垣だと判明し

宮垣の寝室で井野も殺されていた。

アリアドネの糸玉を辿って

地下二階の寝室に行くと

すでに死んだ宮垣の遺体と

すべてを告白した遺言が残っていた。

 

宮垣は癌で余命いくばくもないと知り

偽医者と井野と口裏を合わせて

最後に自分が作ったミステリに見立てて

四人の作家を殺して自殺したと告白。

財産は遠い血縁に渡るようになっていた。

そうしてこの物語は幕を閉じる。

 

この小説を読んだ島田は

腑に落ちない部分があり、

作者の鹿谷門実と直接会って

鮫嶋は女性なのに

なぜ男性のような書き方なのか訊ねた。

 

作者の鹿谷門実こと“島田潔”は

真犯人がその鮫嶋で

この小説を出すことが

鮫嶋への告発のメッセージだと

兄の“島田勉”に語るのだった。

 

二つのどんでん返し

この作品のどんでん返しは二つあります。

 

宮垣がすべての殺人を行った犯人として

最後に自殺した後、

本編のエピローグで

島田が作者の鹿谷門実に

これは宮垣を犯人に仕立て上げた

偽装工作ではないかと疑い、

その根拠として

第一の殺人で須崎の首を切った理由が

「生理による出血」と指摘する。

「犯人は女性だった。須崎を殺した真犯人は、恐らく産まれて初めて行ってしまった殺人のショックで、へなへなとその場に尻を落としてしまったんだな。そしてまずいことに、そのショックと、犯行前からずっと続いていた精神的緊張とが肉体に働きかけた結果、正常な状態よりも相当に早いタイミングでその月の生理が始まってしまったのではないか」

(中略)

「残る女性は一人しかいない。――鮫嶋智生。そうです。真犯人は彼女だったんじゃないかと思うんですよ」(P.349)

鮫嶋智生が真犯人

しかも女性だったという

男女誤認の叙述トリックが仕掛けてある。

 

水色はミスリード緑色は伏線です。

ページ数はKindle版。

 

そのためのミスリードとして

鮫嶋を男にも女にも見える

曖昧な書き方にしてある。

 

①鮫嶋は主にジャケットを羽織って、

煙草をよく吸ったり酒も飲む。

「太い眉」(P.59)などで男性的に見せている。

 

②鮫嶋が名前を呼ばれる時は

「鮫嶋さん」か「鮫嶋先生」であり

性別が確認できるものではない。

 

③少し苦しいが

「智生(ともお)」という名前

女性でも絶対にないとは言えない名前。

 

④鮫嶋に対する宇多山の感想ではあるが

鮫嶋が白いスーツを着たら

美青年で通用しただろうと書いてある。(P.63)

おそらくここが

鮫嶋=男性と思わせる決定的な一言だろう。

 

この男女誤認を見破ることはできたのか?

伏線を拾い挙げてみよう。

【鮫嶋の部屋<パシパエ>】

鮫嶋が割り当てられた部屋の名前は

ミノタウロスを産んだ

ミノス王の妃パシパエ。

  • 部屋の名前と重ねて鮫嶋が女性であることを指し示す伏線。

 

【宮垣の愛人】

鮫嶋は宮垣との間に子供をもうけている。

それが洋児くんという九歳の息子。

宮垣は昔は好色で

よく女性と盛んだったという噂もあり(P.33)

鮫嶋は宮垣と

迷路館でミステリ談義に明け暮れて

ひと夏を過ごしたという逸話がある(P.62)

  • 洋児くんはその時の子供らしい。この息子に遺産を相続させることが今回の犯行の動機となった。

 

【女性同士】

須崎が死んだ時に

鮫嶋が桂子を起こしに行っている。

「桂子は?」

気になって宇多山が訊くと、

「さっき私が起こしにいってきました」

鮫嶋が答えた。

「ですが、奥さんはここには来ないほうがいいだろうと思って。着替えたら広間で待っているようにと云ってあります」

「そうですか。いや、どうも……」(P.127)

  • 緊急事態とはいえ、女性の部屋に男性が行くのは気を遣うもの。宇多山がそれに対してとくに違和感を持っていないのも見逃せない。

 

そして最後にもう一つ

どんでん返しが仕掛けてあった。

鹿谷門実に質問をする島田が

ペンネームの由来を訊ねると

鹿谷は本名をローマ字にして

綴り替えたものだと答え、

長男が海外に行ったと言うのは

ひどい嘘だと鹿谷門実に怒る。

 

鹿谷門実と話をしている島田は

長男の「島田勉(つとむ)」で、

小説を書いた鹿谷門実が

三男の「島田潔(きよし)」という

人物誤認の叙述トリック。

「迷路館」に行った島田は

もちろん島田潔の方で

島田勉は冒頭とエピローグだけ登場している。

 

確かに冒頭で

夏風邪を引いて寝込んでいた島田が

島田潔だとは一言も書いていない。

「島田」姓ならどちらでも嘘ではない。

⑤館シリーズ読者なら

「島田」と言えば「島田潔」だと

思い込んでしまうのは当然だろう。

 

⑥その島田が海外ミステリ好き(P.9)で

「迷路館」の島田もカー・マニアで

クイーンやクリスティも好き(P.119)

海外作家を挙げている。

 

⑦夏風邪を引いた島田勉の

体調の悪さを

「迷路館」での島田の

鼻水を啜る動き(P.135)に重ねて

同一人物だと思わせている。

 

⑧「迷路館の殺人」を書いた

鹿谷門実のことを

「自分がよく知っている人物が書いた本」

と言っている(P.9)

知っているもなにも自分の弟だし、

「迷路館」の事件の内容を

詳しく知っている(P.13)のも

島田潔から聞いていたから知っていた。

 

登場人物表に

「島田勉」の名前が無いが、

これは反則ではない。

この登場人物表は

鹿谷門実の「迷路館の殺人」の

登場人物表だから。

 

この人物誤認トリックを見破る伏線では

★④【シガレットケースと煙草の本数】

重要なポイント。

島田潔は

専用のシガレットケースで火を点け

一日一本だけ煙草を吸うマイルールがある。

前作『水車館の殺人』で

特製のシガレットケースで

煙草を一本吸っていた。

『迷路館』でも島田がおもむろに

シガレットケースを取り出して

煙草を吸っている。

「今日の一本」

と、島田が呟くのが聞こえた。

見ると、何か黒い印鑑入れのようなものを持っている。その中から煙草を一本、取り出してくわえると、今度は同じ印鑑入れ(特製のシガレットケース?)の一方の端を煙草の先に近づける。カチッと金属音がして、そこから小さな火が出た。(P.254)

  ↓

ではこれを踏まえて

エピローグの島田(勉)が

煙草を吸う場面を見てみよう。

「確かにまあ、注文はつけたが……」

島田は苦笑いで応じて、本の上に置いてあった煙草の箱に手を伸ばす。(P.344)

 

「思うに――」

島田は煙草を灰皿に置いて、自分の考えを述べた。(P.346)

 

「だからそれは、怪我や鼻血の痕跡を持つ者はいなかったというだけで。そうでしょう、鹿谷センセイ」

新しい煙草を抜き出しながら、島田は云った。(P.348)

 

ゆっくりと煙草を吹かしながら島田は、この三日間でまとめあげた自分の推理を話した。(P.351)

  • おわかりになっただろうか。この島田(勉)は普通の煙草の箱を持っていて、しかも二本目を吸っている。というより、島田(潔)の特製シガレットケースは印鑑入れの形をしていて「煙草が一本しか収納できない」ものであるため、二本目が出てくる時点でもうおかしいのだ。そして、とどめとばかりに「空になった煙草の箱をくしゃりと捻り潰して、島田は云った」(P.359)――ここまで来たら、はっきり島田潔ではないとわかる。この大詰めで事件の真相の方に注意を向けながら、さりげなく伏線を張ってあるのはさすが。初見ではまず気づかないだろう。

 

【アナグラム】

「SHISHIYAKADOMI」鹿谷門実が

「SHIMADAKIYOSHI」島田潔の

アナグラム(綴り替え)がわかれば

島田の正体を見破れた可能性はあるが……。

  • 鹿谷門実が島田潔だと仮定しても、別の島田がいるので確信に至るまで難しい。例えば宇多山桂子が旧姓・島田なら、離婚後に島田として登場しても同じ状況だし。

 

【エイプリルフール】

島田勉という長男がいるが

十五年前に海外に行って

戻ってこないと島田潔が言う。(P.54)

  • ネタバラシ前に出てくる島田勉の名前はここだけ。しかもエイプリルフールで嘘を言っているというのがヤバイ。当てさせる気ゼロです。嘘をついていいのは午前中までという説も一部にありますが、この嘘を言ったのは午後四時過ぎでした……。

 

 

宇多山桂子は

レッド・ヘリングとして

かなり重要な立ち位置だった。

 

宇多山桂子を

鹿谷門実ではないかと

疑わせるミスリードがある。

それは⑪宇多山の妻の桂子を

宮垣が気に入っていたこと。

「うん。それは分かってる。何度か成城のお宅へ伺った時にも、わたしにはにこにことよく話してくださったし」

君は気に入られてるみたいだから」(P.33)

推理作家に気に入られている、

ということは作家の才能があるのだと

深読みさせている。

 

真犯人は鮫嶋智生だが

宇多山桂子にも

かなり疑わしい動きがあった。

第一の殺人が起きて

今夜は同じ部屋で過ごしたほうがいいのではと

宇多山が提案したら

桂子は「大丈夫」と言って断っている(P.193)

一人になりたがる様子を犯人っぽく見せている。

しかし妊娠が偽装でないかぎり

妊婦では犯行は難しいだろう。

 

【桂子は安定期】

宇多山桂子は妊娠六ヵ月で

経過は順調、

安定期に入っていたと説明がある(P.32)

  • 須崎殺しの絨毯の血が経血だとすれば、桂子は出血の少ない時期なので容疑者から除外できる。

 

 

始まりは宮垣葉太郎の死

この事件の大まかな計画は

宮垣葉太郎が計画したもの。

宮垣は四月一日の誕生日に

弟子を集めて(偽装)自殺をし、

迷路館の小説の競作をやらせて

自身も小説を書くつもりで

地下二階の隠し部屋に籠もっていた。

 

この計画を知っているのは三人。

秘書の井野と

医者役の黒江辰夫、

そして愛人・鮫嶋智生。

鮫嶋は宮垣の計画を利用して

一気に全員を殺して

遺産を息子に相続させようと企んだ。

 

宮垣の偽装死体に関しての伏線。

【宮垣の医者嫌い】

宮垣は大の医者嫌いで

自分からは頑として

医者に掛からなかった。(P.21)

  • その宮垣が医者を呼ぶほど重篤な容態とも思えるし、医者を呼ばなかった=黒江は医者ではないという考え方もできる。遺言にあった癌のことは、本物の医者に診てもらっていないため鮫嶋の作り話でしょうか。

 

【殺人願望】

宮垣には少年時代から

この手で人を殺してみたいという

殺人願望があったと宇多山に語る。(P.26)

  • 今回の殺人計画のための動機に利用される。実際に弟子達を殺すつもりだったかどうかは不明。

 

本編で指摘されているが

寝室のベッドで横たわる宮垣を

死体とも遺体とも書かず、

立ち会った黒江を医者とも書いていない。

この辺りのフェアプレイ精神はグッド。

 

第一の殺人・須崎殺し

応接間<ミノタウロス>にて

須崎昌輔が殺された。

鈍器で頭を殴られた後、

紐で絞殺されて

首を斧で切られて

ほとんどちぎれた状態だった。

 

犯人はなぜ首を切る必要があったのか?

ここに事件解決のヒントがあり

犯行の際に犯人自身が

絨毯に出血してしまい、

その血を隠すために

須崎の首を切断したことが判明する。

 

須崎が書き始めていた内容と

酷似した殺され方だったため

見立て殺人だと思われたが

実は見立て殺人の変化版。

 

【須崎は遅筆作家】

弟子の中で最年長の須崎は

重厚な本格ミステリを書くが、

大変な遅筆のため

編集者から敬遠されがちだった。(P.56)

  • 遅筆の作家が最初に殺されたが、それにしてはプロローグも出来ていて取りかかりが早かった。これは自分の書いた小説ではないため。第三者の書いた小説であるという伏線。

 

被害者自身が書いた

小説の通りに殺されているのではなく

あらかじめ犯人(鮫嶋)が書いた

小説の通りに殺して、

被害者のワープロに小説を残していたのだ。

 

第二の殺人・清村殺し

二日目の夜、

清村が空室<メデイア>で

死体となって発見される。

死因は毒殺。

部屋の電気を点けようとして

触ったスイッチにニコチン濃厚液を塗った

針の山が取り付けてあった。

 

清村がなぜ用も無いのに

空室に行ったかが解決のヒントで、

館の平面図を自室の

ワープロの横に置いてきた清村(P.201)

分かれ道の白い仮面を目印にして

道を覚えていたために、

犯人(鮫嶋)によって仮面をすり替えられ

<テセウス>に戻ろうとして

<メデイア>に誘導されて殺されてしまった。

 

問題の仮面が出てくる描写に

しっかり伏線が張ってある。

 

【二つの仮面】

空室<メデイア>に行くには

十番目の分かれ道に入る。

「牙を剝いた獅子の仮面」が目印。

清村の<テセウス>は

十三番目の分かれ道に入る。

「一角獣の仮面」が目印になっている。

十番目の分かれ道を折れた。牙を剝いた獅子の目が、その道を守る番人のように二人をねめつける。(P.150)

  • これは空室<メデイア>に宇多山と島田が行く場面。

  ↓

ところが、

二日目の夜に宇多山が

清村の<テセウス>に行こうとして

十三番目の分かれ道に入ろうとして

「牙を剝いた獅子」の仮面を目撃する。

十一、十二、そして十三。

(ここだ)

牙を剝いた獅子の顔を一瞥し、宇多山はその枝道に入った。(P.199)

 

納得しつつも、何かしら軽い違和感が頭のどこかに残っていた。ドアのプレートがないという、そのせいではたぶんない。そうではなくて……ああ、いったいこれは何だろうか。(P.199)

  • 空室に行く目印になっていた「牙を剝いた獅子」の仮面がなぜか<テセウス>に飾ってある。宇多山は平面図を片手に分かれ道の本数で<テセウス>に行こうとしているため仮面に気づいていない。が、何かしら違和感を覚えている。

  ↓

そして宇多山は

空室<メデイア>に向かう。

十番目の分かれ道には

「一角獣の仮面」が飾ってあった。

さらに右隣、清村の部屋へ続く枝道から数えて三番目の道を折れる。壁に掛けられているのは、額の中央に一本の角を生やした獣の仮面。虚ろな白い目で、宇多山を迎える。(P.206)

  • 本来なら<テセウス>の分かれ道に飾ってあるのが「一角獣」の仮面。それが殺人の前に<メデイア>の「牙を剝いた獅子」の仮面と入れ替わっていた。

 

<テセウス>と<メデイア>は

道の曲がり方がほぼ同じ。

仮面を入れ替えて

部屋のプレートを外してしまえば

二つの部屋を間違えても不思議は無い。

このトリックで清村は殺害された。

 

このニコチン針の殺害方法には

有名なミステリがあり、

エラリー・クイーンの『Xの悲劇』で登場する。

【クイーン信者】

真犯人・鮫嶋を示唆する伏線として

鮫嶋が「クイーン信者」だという話が出ていた。(P.119)

  • これを伏線というのはこじつけですが……。

 

第三の殺人・林殺し

二日目の夜、

清村の殺害の直後に

林宏也も殺されていた。

 

ワープロに不自然に残っていた

「wwh」はダイイング・メッセージ。

この謎を解くヒントは

初日のささいな会話にある。

 

【<オアシス>の親指シフト】

林が清村に愚痴っていて、

部屋に用意されてあるワープロは

NECの<文豪>だが、

林が普段使っているワープロは

富士通の<オアシス>なので

勝手が違うから困っていた。(P.101)

  • <オアシス>のキーボード配列は「かな入力」が大きく違い、「親指シフト」というシフトキーを親指に置いて対応する二種類のかな文字をほぼ手の位置を変えずに入力することができる。そのため、死の直前の林がとっさに入力をしたのなら、いつもの癖で入力するはずであり、「wwh」は「親指シフト」に対応した文字ということになる。

 

「wwh」の答えは「かがみ」

林が訴えたのは

鏡を調べてくれという意味で

鏡の奥に秘密の通路が見つかった。

しかし……

実はこれも犯人(鮫嶋)の工作。

林が残した

ダイイング・メッセージではなかったというオチ。

 

第四の殺人・まどか殺し

第三の殺人から

続けて行われた舟丘まどか殺し。

防犯ブザーの音に駆けつけた島田たちは

頭を殴られて倒れたまどかを発見。

桂子の応急手当で一時は

まどかが意識を取り戻したが

頭部の損傷が激しく

そのまま息を引き取ってしまう。

 

【防犯ブザー】

事件発生を知らせた防犯ブザー

清村がまどかに

夜這いをかけると言う場面で

伏線として登場している。

「来てごらんなさい、痴漢防止用のポケットブザーで撃退してあげるから」(P.114)

  • 清村とまどかの微妙な男女関係を表現しつつ、こういうさりげなく登場した小道具が後で意味を持つのが好きです。

 

一瞬、意識が戻ったまどかが

島田に手を伸ばす場面がある。

島田が犯人?という

ミスリードにも見えるが

この館の各部屋には姿見が設置してあり

島田の後ろにある鏡を差していた。

(が、実はその鏡に映っていた鮫嶋に反応している)

 

鮫嶋は犯行後、

鏡の奥の通路から

宮垣の書斎で道具を捨て、

できるだけみんなに会わないように

大広間<アリアドネ>に出て

地下二階の隠し部屋で寝ている

宮垣を殺してから

何食わぬ顔で宇多山たちと合流した。

 

しかしその場面で

鮫嶋はある失敗をしている。

★⑯【音の方向が違う】

迷路の中で宇多山と合流した鮫嶋は

広間を覗きに行ったと言う。

ちょうど広間からの直線廊下に出たところだった。宇多山と桂子が曲がり角を北に折れた、その時――。

「宇多山さん」

背後から呼ぶ声がし、長いトンネルのような空間に轟いて幾本もの尾を引いた。驚いて振り向くと、長い廊下の突き当たり近くに鮫嶋が立っていた。

「何かあったんですか」

問いかけながら、駆け足でこちらに向かってくる。

「さっき何か、ブザーみたいな音がしてませんでしたか。いつまで経ってもやまないので、変に思って広間を覗きにいったんですけど」(P.242)

  • 鮫嶋の部屋は上下に長く伸びた迷路を挟んで東側にある。ブザーの音を聞いて広間に行ったなら「音の方向が全然違う」し(まどかの部屋は西側、広間は南側)、そもそも広間に行く必要がない。先のまどかの防犯ブザーの話が出た時は鮫嶋もそこにいて、まどかがブザーを持っていることを知っている(襲った犯人なのでなおさら)。さらに鮫嶋は迷路館で宮垣と深い仲になるほどなので道は熟知しているから道を間違えたという言い訳はできない。音が鳴っていた時間はかなり長く、方向を特定できないのもおかしいし、広間に近づけばブザーの音が離れることに気づくから広間に入る前にここは違うとわかるはずです。
  • これは「誰にも会わずに地下二階の宮垣を殺しに行けるルート」が大広間しか無かったために、このようなミスが起きた。宇多山夫妻が中央廊下に出るのがもう少し遅かったら、鮫嶋は先に自室に戻って待機できただろうと思われる。

 

【鮫嶋の疑問】

第四の殺人後、

集まって議論している中で

鮫嶋が気懸かりなことがあると言い、

犯人かもしれない井野が生きていて

どこかに隠れているのではないかと

みんなに疑問を抱かせる。(P.261)

  • 全ての殺人が終わったので、井野の死体を見つけてもらうため、まだ調べていない書斎に誘導している。

 

この後、

林の「wwh」が鏡だと解き、

鏡の奥の隠し通路から書斎に入り

そこで井野の死体を発見。

 

地下二階の隠し部屋は

大広間のすぐ脇の分かれ道を入り

迷路の突き当たりの奥にあった。

島田は角松フミヱからヒントをもらい

ビリヤードの玉を転がして

その<アリアドネの糸玉>が

行き着く先で発見する。

 

【ビリヤードの玉】

清村が林に

ビリヤードでもしないかと誘う。(P.115)

  • このビリヤードの玉が地下二階の隠し部屋へ繋がるアリアドネの糸玉の代わりになる重要アイテム。

 

【MINOSS】

地下二階の部屋が

本当の<MINOS>の部屋で

宮垣の書斎の<ミノス>の

アルファベットの綴りが

<MINOSS>となっていて

「S」が多い(P.73)のは

ここは本当の<ミノス>ではないという

伏線になっていた。

 

欠点や疑問など

  • 須崎を殺した時に生理の出血(経血)があり、それを隠すために首を切った。……出血量が下着から漏れるほど月経過多という設定もなかったし、殺人に行くという時に邪魔くさいスカートというのは変だ。宮垣のガウンを羽織って返り血を想定しているのに、“何の準備もしていなかったため”(P.349)と書いてあって矛盾がある。鮫嶋が翌日に貧血や体調不良になる様子も無かった。この経血の件はネットで「そんなことありえない」「女性を知らなさすぎる」と痛烈に批判されていた。
  • 須崎の死亡時刻を午前三時とあったが、そんな遅い時間に応接間に呼び出せる口実が明らかになっていない。おそらくだが、「私は須崎さんに投票する」と八百長を持ちかけたのかもしれない。
  • 犯人がなぜ首を切る必要があったのか?という「首切りの論理」の答えがそのまま血の痕跡を消すだったのはひねりが欲しかった。須崎の首が切れているのではなく、少し繋がっていたことにもとくに意味がなかった。
  • 「経血」が鮫嶋を真犯人とする根拠だが、「生き残った女性のうち、宇多山桂子は当時、妊娠六ヵ月の安定期で経過も順調だった。角松フミヱは、登場人物表によれば六十三歳。高齢のため、すでに月のものは上がっていたはず。となると――、残る女性は一人しかいない」(P.349)そう言って消去法で鮫嶋に当てはめているのだが、第一の殺人に関しては舟丘まどかにも可能性が残っているため推理が破綻している。まどかが真犯人の男と協力して須崎を殺し、最後に裏切られたケースでも当てはまってしまう。
  • 「鮫嶋智生」という名前で女性でしたは無理がある。それに宇多山が「白いスーツでも着こなせば若い頃は美青年で通用しただろう」という感想で読者をミスリードしているが、わざわざ女性を男性で表現する必然性がない。さすがにそれは女性に対して失礼すぎるし、「美青年に見間違えられただろう」とするのが正しい。(中の小説を書いているのは島田潔なので島田潔が悪い)
  • 清村殺しの道を間違えさせるトリックは説得力が弱い。空室<メデイア>が10本目、清村の<テセウス>が13本目で入る道が3つも違うし、<テセウス>は道の突き当たりからだと4つ目に入ればいいので覚えやすい。仮面を見てその3つ前に入ったら、4つ前と7つ前では視覚的にかなり違和感があるし、入った先の直線の長さも微妙に違う。1本間違えるならあり得るが3本間違うのは「清村が酒で酔っ払って気づかなかった」などの細かいアシストを入れなければ厳しい。
  • まどかが死の直前に鏡に映った鮫嶋を指差したというが、部屋の家具の配置が図に載っていないため(姿見やベッドの位置すらどこかわからない)文章だけの説明では配置が正確でないため推理できなかった。別に「舟丘まどかの部屋」の拡大図をつけてほしい。
  • 医者が旧型のカローラに乗るのはおかしいというのは偏見。
  • ギリシャ神話の知識が無いと真相の一部に辿り着けない。
  • ダイイングメッセージ「wwh」と「鹿谷門実」のアナグラムは簡単すぎる。
  • 犯人が密室からどうやって逃げたかという答えが「抜け道があった」はミステリーとして減点。
  • 犯人が捕まっていないためモヤモヤが残るし、真相を知っていてなお(いくら仮名としても)間違った結末を書いて宮垣葉太郎にさらに罪を被せて故人を冒涜した鹿谷門実(島田潔)も大概。そこで鮫嶋を犯人にして告発しないでどうするのか?それならば、鹿谷門実の正体を鮫嶋にして嘘の結末を世間に印象付けるために小説を書いた、でもよかったのではないか。(その場合、当然「鹿谷門実」ではなく別のペンネームにする)、それを島田が見抜いてエピローグですべて看破して自首させるとか――。島田兄弟の叙述トリックは……正直どうでもいい。

 

裏旋探偵の推理

答え合わせ。

 

迷路の道を間違えさせる清村殺しのトリック→○

宇多山が「違和感」を強調しすぎているので、途中で読み返して「獅子の仮面」と「角の生えた獣の仮面」の違いに気づいて、入る道を間違えさせたのだなと推理した。ヒント出し過ぎてる。

 

「wwh」のダイイングメッセージ→○

「富士通のオアシス」がずっと引っかかっていたので、画像検索してキーボード配列を見て「w」が「え・か」、「h」が「み・は」だったので、「かがみ」と打ったのだなと推理できた。宇多山が必死に変な方向にミスリードしようとしているのが面白かった。さすがに?

 

隠し部屋→△

館シリーズの「お約束」として隠し通路や隠し部屋の存在は予想していて、左右の形のアンバランスさ(右側の部屋への通路が短い)から、桂子の南側に隠し部屋があるんじゃないかと思った。実際は外周を回るように隠し通路と地下にも部屋があった。アリアドネの糸玉の仕掛けはわからず。

 

宮垣葉太郎が犯人として自殺(に偽装)→○

本書の前評判の高さからこれで宮垣が犯人だと凡作すぎると思い、裏に真犯人がいるとメタ予想していた。

 

真犯人は鮫嶋智生→○

四月二日の夜の宇多山夫妻と合流した時に、ブザーの音を聞いて大広間に行ったというが方向が全然違うので怪しいなと疑っていた。クイーン信者という言葉も引っかかっていて、真犯人と推理。的中。

 

鮫嶋智生が女性→×

これは見抜けませんでした。経血の手掛りのためだが、女性である必要があまりない気もする。名前も無理があるし。

 

鹿谷門実は島田潔→○

SHISHIYAKADOMIがSHIMADAKIYOSHIのアナグラムだというのがわかっていたので、島田潔が自分で書いた小説を自分で読んでいるのかなと思っていた。「門実」とかいうあり得ないような名前より「宍戸美也香(ししどみやか)」のようなあり得る名前にしたほうがいいよ。

 

「島田」は島田勉→×

それはさすがにわからなかった。今まで一度も出ていない勉よりも、『十角館の殺人』に出た次男の警部でいい気もする。

 

鮫嶋の男女誤認の叙述トリックは

経血と息子へ遺産を

相続させる動機に繋がるため

まあ許せるのだが、

島田兄弟誤認の叙述トリックは

いったい何のためにあるのだろうか?

犯行や人物を隠すためとか

物語に大きく影響を与えるものならいいが

ただ「読者を騙したいだけ」に思えた。

 

おそらくほとんどの人が

「鹿谷門実」は「島田潔」だと見抜く。

ローマ字にすればすぐわかるし

他の綴りかえだとしても

そもそも6文字の名前が

「林宏也」か「島田潔」しかいないので

音の響きで二択に絞れてしまう。

ということは読者が

鹿谷門実=島田潔を見破る前提で

エピローグで島田と鹿谷を会わせて

「別人だったのか!?」と驚かそうと

ひねってみたのでしょうか。

『十角館の殺人』では

元ネタ『そして誰もいなくなった』を

読んでいる人が引っかかりやすくなる

ミスリードがあったので

上級者向けの仕掛けだったのかな。

 

それにしても

わざわざ兄が行方不明とか

エイプリルフールで嘘をつかなくても……

と思って読み返してみるとこれ、

清村に対して嘘を言っている。

ははあ。

直前に清村の死んだふりで騙されて

島田が仕返しで「清村に対して」

嘘で仕返しをしたというわけですか。

それを俺たちが勝手に勘違いしたと――。

じゃあ嘘をつく必然性はあったわけか。

深すぎだろ。

 

好事家のためのトリックノートトリック分類表

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