社会派シドニー・ルメットが描く法廷サスペンスの傑作!

『十二人の怒れる男』

[12 Angry men]

(1957年)アメリカ映画

 

 

<あらすじ>

18歳の少年が父親殺しで起訴された。一見して有罪とわかるほど簡単な事件に思えたため、事件を審議する12人の陪審員のうち、11人の結論は有罪で一致。しかし、8番陪審員(ヘンリー・フォンダ)だけが有罪の根拠がいかに偏見と先入観に満ちているかを主張する。猛暑の中、エアコンの無い蒸し暑い部屋で議論する12人。審判には12人全員の一致が必要で、一致するまで部屋を出ることができない。有罪を主張する11人は8番陪審員を説得しようとするが、事件を調べれば調べるほど少年の無罪を示唆する証拠が浮かび上がって来て、本当にこのまま有罪にしていいのか疑問を抱き始める。12人が出した結論とは……?

 

<スタッフ>

監督 シドニー・ルメット

脚本・製作 レジナルド・ローズ

製作 ヘンリー・フォンダ

音楽 ケニヨン・ホプキンス

撮影 ボリス・カウフマン

編集 カール・ターナー

 

<キャスト>

ヘンリー・フォンダ(8番陪審員)

リー・J・コッブ(3番陪審員)

エド・ベグリー(10番陪審員)

マーティン・バルサム(1番陪審員)

ジョセフ・スウィーニー(9番陪審員)

ジャック・ウォーデン(7番陪審員)

ジョン・フィードラー(2番陪審員)

E・G・マーシャル(4番陪審員)

ジャック・クラグマン(5番陪審員)

エドワード・ビンズ(6番陪審員)

ジョージ・ヴェスコヴェック(11番陪審員)

ロバート・ウェッバー(12番陪審員)

 

 

感想

 18歳の少年による殺人事件の裁判で

12人の陪審員中11人は有罪に投票するが、

ひとりだけ証拠に疑問を持ち無罪を主張する。

白熱する議論と説得の中、

次第に無罪の方へと心が傾いていく。

……という陪審員を主役にした法廷ドラマ。
  

レジナルド・ローズ脚本の

TVドラマ(1954年)の映画化で、

テレビ版を演出した

社会派の名匠シドニー・ルメットが監督した。

 

陪審員たちは名前が登場しない。

それぞれ番号で呼ばれる。

少年も目撃者も名前が登場しない。

無駄なものを極力そぎ落とし

観客に余計な情報を与えないようにして、

物語に集中してもらう工夫だろう。

 

蒸し暑い部屋の中で

名前も知らない初めて会った他人同士が

息苦しくなるような議論をぶつけ合う。

イライラして感情まかせに怒鳴る者、

論理的に説得する者、

他人の顔色を伺って流れに任せる者。

この中に自分によく似た人物が

必ず見つかるはず。

 

そんな中、

ヘンリー・フォンダ演じる

8番陪審員だけが冷静だった。

有罪になれば

電気椅子で少年は処刑されるだろう。

自分たちの結論に

1人の人間の命が懸かっている。

果たしてそんな重要な事を

簡単に決めていいのか?と訴える。

彼自身も少年が

有罪かもしれないと思っていながら

「もう少し話し合いたい」という理由で

反対票を投じた。

この勇気が素晴らしいと思う。

 

この映画に感銘を受けた三谷幸喜が、

後に記した戯曲が『12人の優しい日本人』で、

こちらは日本に

陪審員制度が設けられたという設定の下、

やはり殺人事件の審議を行う密室コメディ劇。

機会があれば観てみたい。

 

この映画は全編モノクロだし

ほぼ陪審員室だけで進み

女性も登場しない。

ヘンリー・フォンダ以外の役者が地味で、

派手な映画を見なれた現代の人には

軽くスルーされそうな内容だ。

 

しかし、

証拠品と実験によって

あれだけ確かだった有罪の根拠が

次々と覆されるという

二転三転する展開は面白いし、

最後まで反対側で頑張っていた

あの人物の涙につい泣きそうにもなった。

絶対に観ておいて損のない名作です。

 

 

★★★☆☆ 犯人の意外性

★★★☆☆ 犯行トリック

★★★★★ 物語の面白さ

★★★☆☆ 伏線の巧妙さ

★★★☆☆ どんでん返し

 

笑える度 -

ホラー度 -

エッチ度 -

泣ける度 ○

 

評価(10点満点)

 8点

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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※ここからネタバレあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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1分でわかるネタバレ

○被害者 ---●犯人 ---動機【凶器】

少年の父 ---●不明 ---不明【刺殺:ナイフ】

 

<結末>

事件の目撃者の証言や

現場の状況を再度見直すと

どれ1つとして決定的な証拠が無く、

少年が本当に犯人だったのか

誰もが確信を持てなくなっていた。

 

最後まで有罪を主張した3番陪審員も

自身の息子との写真を破いてまで

情に流されないように抵抗したが、

あまりにも弱い状況証拠で

人の命を奪うことはできないことを認め、

最終的に全員「無罪」で一致する。

 

こうして12人は部屋を出た。

別れ際、

9番陪審員が8番陪審員の名前を尋ねる。

その後の少年がどうなったのか

犯人が誰なのか

語られることのないまま物語は終わる。

 

12人の陪審員

この物語に登場する12人の陪審員は

名前が登場しない。

(2名だけ最後に判明する)

順番に彼らを紹介しよう。

( )内は演じた俳優です。

 

1番陪審員(マーティン・バルサム)

中学校の体育教師で

フットボールのコーチも兼任。

陪審員長を務め、議論を進行する。

 

2番陪審員(ジョン・フィードラー)

銀行員。

気弱な慎重派だが

ナイフの刺し傷に疑問を持つなど

徐々に自分の意見を出してくる。

 

3番陪審員(リー・J・コッブ)

メッセンジャー(宅配便)会社経営者。

息子との確執から有罪意見に固執、

最後まで有罪を主張し続けた人物。

被告人を自分の息子と重ねて

被告を罰したいと考えている。

 

4番陪審員(E・G・マーシャル)

株式仲介人。

冷静沈着な性格で

論理的に有罪意見を主張するが

眼鏡の痕の件でやりこめられる。

 

5番陪審員(ジャック・クラグマン)

工場労働者。

スラム街育ちで

少年の境遇を理解できる人物。

ナイフの使い方に関してその経験を述べる。

 

6番陪審員(エドワード・ビンズ)

塗装工の労働者。

真面目で義理、人情に篤く、

老人を馬鹿にする奴は許せない性格。

事件には動機を重視していて

早い段階から有罪を確信している。

 

7番陪審員(ジャック・ウォーデン)

食品会社のセールスマン。

裁判には興味がなく、

ヤンキースの試合を観戦予定なので

帰る時間ばかり気にしている。

夕立で試合が流れたため

面倒くさくなって無罪に同意。

 

8番陪審員(ヘンリー・フォンダ)

建築士。本名はデイビス。

検察の立証に疑念を抱き

最初に無罪を主張した人物。

犯行のナイフと全く同じ種類の

飛びだしナイフを見せたり、

実験によって証言の矛盾を覆していく。

この映画の主役。

 

9番陪審員ジョセフ・スウィーニー)

80前後の老人。本名はマッカードル。

8番陪審員の意見を聞いて

最初に有罪意見を翻す。

階下の老人の虚栄心や

女性の眼鏡の痕に気づくなど

鋭い観察眼を持ち

証人の信頼性に疑問を投げる。

 

10番陪審員(エド・ベグリー)

自動車修理工場経営者。

貧困層への偏見丸出しで有罪を主張し

短い時間で全員からひんしゅくを買う。

 

11番陪審員(ジョージ・ヴェスコヴェック)

ユダヤ移民の時計職人。

強い訛りがある。

誠実で陪審員としての責任感が強く、

無責任な7番陪審員と衝突する。

 

12番陪審員(ロバート・ウェッバー)

広告代理店宣伝マン。

社交的で口調が軽い。

おしゃべり好きなお調子者で

何度も意見を変える適当な男。

 

いかにして有罪から無罪に覆ったのか?

まずは事件の概要を説明する。

  • 被告はスラム街育ちの18歳の少年。
  • 被害者はその父親。少年とは2人で暮らしていた。
  • 凶器は珍しい形の「飛び出しナイフ」。被害者の胸に下向きに深く刺さっていた。
  • 少年と父親は普段からよく口論していた。殺人の夜も少年が「殺してやる」と言う声を聞いたと証言がある。
  • 事件の日、夜8時に父と口論した少年は家を出た。向かったスラム街の雑貨屋で「飛び出しナイフ」を購入している。
  • その後、少年は1時間ほど友人たちと飲む。ナイフを持っていたのを友人が見ている。
  • 夜12時10分に、少年の部屋の階下に住む老人が、「殺してやる」という声と倒れる音を聞いた。急いで部屋の外のドアを開けると、逃げていく少年を見たという。
  • 同じ時刻、線路を挟んだ向かいの建物に住む中年女性が、通過する電車の窓越しに少年が父親を殺す場面を目撃している。すぐに警察に通報した。
  • 少年は翌朝3時に家に戻ったところを逮捕された。どこにいたのか聞くと、夜11時から映画館で映画を観ていたと言うが、何の映画を観たのか覚えてないらしく、少年のアリバイを裏付ける目撃者もいなかった。
  • 無罪を印象付ける証拠は何も出なかったため、被告の有罪は決定的。

 

2人も目撃者がいて動機もある。

全ての証拠が少年の犯行を示している。

しかも少年はあやふやな発言をしていて

事件当時のアリバイも無い。

陪審員室に集まった彼らが

まず最初にやったのは

「有罪」か「無罪」かという1回目の投票。

その結果、

11人の陪審員が有罪に投票した。

 

しかしここで

8番陪審員だけが「無罪」に票を入れる。

 

こんな簡単な事件はさっさと片付けて

夏の蒸し暑い部屋から出たいのに

結論が一致しないと終わらない。

全員が彼を疎ましく思ったことだろう。

【 1 - 11 】

 

8番陪審員は言う。

「無罪かどうかはわかりません。彼はまだ18歳です。話し合いたいんです」

7番「何を話すんだよ?あんた以外はみんな有罪だと信じてるんだ」

10番「君はやつの話を信じるのか?」

8番「私自身まだ決めかねています」

7番「じゃあなぜ無罪に手を挙げたんだ?」

8番「確信はありません。ただ、1人の少年の生死を話し合いもせず簡単に決めてもいいものかと思って」

7番「簡単だって?俺はやつが有罪だと信じてる。たとえ100年話し合っても同じさ」

8番「あなたの気を変えようというんじゃないんです。これは人間の命の問題です。簡単に決めてもし間違っていたらどうしますか?」

 

彼の意見に納得した11人は

それぞれ何を根拠に有罪だと思ったかを語る。

階下の老人の証言、

映画の題名も覚えていなかったこと、

向かいのアパートの目撃証言、

険悪な親子関係の問題など。

いずれも強力な証拠だ。

 

中でも凶器のナイフは重要な証拠で、

柄と刃に奇妙な彫刻がある

飛び出しナイフだった。

雑貨屋でも珍しい品物だという。

 

ところが、

8番陪審員は少年がナイフをどこかに落として

良く似たナイフで誰かが殺人を

犯した可能性はあると主張し、

全く同じナイフを出して見せた。

 

珍しいナイフだから

絶対に同じ品物は無いと

全員が思いこんでいたが、

実は身近なところで買えたのだ。

彼は先入観を打ち崩し、

どんな偶然もあり得ることを証明した。

 

これによって

2回目の投票で

9番陪審員が無罪に傾く。

彼は8番陪審員の勇気ある発言を讃え

もっと話を聞きたいと同調する。

【 2 - 10 】

 

次に8番陪審員は

物音を聞いた階下の老人の証言と

殺人を目撃した女性の証言が

矛盾していることを指摘する。

6両編成の電車が通過した時間が10秒だとして

通過した電車の車両越しに殺人を見たなら

殺人の前後10秒間は

辺りは騒音で満たされていたはずで

上の階の声や物音が聞こえるとは思えない。

これは老人が嘘をついているか、

声を聞いたと思いこんで話を盛った可能性がある。

 

「殺してやる」という言葉も

本当に殺すつもりではなかった。

怒りで口から出ることはあっても

殺意は無いのがほとんどだ。

これに対し、3番陪審員は

「殺す気も無いのに

殺すと言う馬鹿がいるもんか」と反論。

いや私は「殺すと言ったことがある」

他の人達が言うと

5番陪審員が「無罪」に意見を変える。

【 3 - 9 】

 

11番陪審員

ナイフを取りに戻ったのに

指紋を拭き取った余裕があるのは

おかしいと指摘し「無罪」に変更。

【 4 - 8 】

 

階下の老人が逃げる少年を見たと言うが

片足を引きずっている足の悪い老人が

寝室からドアまで

本当に15秒で行けるのか

実験をすることになる。

 

実際は41秒もかかった。

物音を聞いてからでは

老人はドアまでたどり着けない。

つまり少年の姿は見ていないはず。

前に聞いた口論の声と

今聞いた足音だけを合わせて

想像で姿を見たと話を盛ってしまったのだ。

 

これに激怒する3番陪審員。

3番「たった1人のおとぎ話を聞いて全員腰ぬけになりやがって。あんなガキさっさと電気椅子に送っちまえ!」

8番「あなたは単に少年を処刑したいだけで有罪にしたいんでしょう?あなたはサディストだ!」

3番「こいつ、殺してやる!」

 

みんなに押さえつけられる3番陪審員。

そこで自分の言った言葉に気づく。

 

8番「本当に殺すつもりで言ったんじゃないんでしょう?」

3番「……」

 

「殺す気も無いのに

殺すという馬鹿がいるもんか」と言った自分が

皮肉にも証明してしまった。

 

3回目の投票で

2番陪審員6番陪審員が「無罪」に変更する。

【 6 - 6 】

 

映画の題名を覚えていないという少年は

精神的なショックが大きかったから

思い出せないのだと説明。

ナイフの刺し傷が下向きだったのも違和感。

スラム育ちで飛び出しナイフを使える少年なら

必ず下から上に向けて刺すはずだと主張。

 

ここで雨が強くなり

今日のナイターが中止になったことで

7番陪審員

面倒くさいから「無罪」でいいやと変更した。

これに対して

11番陪審員が怒りを露わにする。

「この採決には1人の人間の命がかかっている。その重さがわかっていますか?」

7番「待てよ、何だその口のきき方は」

11番「黙って話を聞きなさい。無罪に投票するなら無罪と確信を持ってからにしなさい。飽きたからでは理由にならない。もしも有罪だと思うなら有罪でいい。自分が正しいと思うことを貫いてみろ」

 

4回目の投票が行われる。

7番陪審員12番陪審員1番陪審員

「無罪」に手を挙げた。

【 9 - 3 】

 

この結果に

偏見の塊の10番陪審員が怒鳴りだす。

話の途中で次々と席を立ち背を向けていく。

味方が誰もいなくなった彼に

4番陪審員が言う。

「止めたまえ。金輪際あなたの話は聞きたくないね」

 

8番陪審員が有罪だと言う3人に

確信を持っている理由を尋ねる。

これに4番陪審員が

向かいの女性の目撃証言を持ち出して反論。

 

5回目の投票で

12番陪審員が「有罪」に戻る。

【 8 - 4 】

 

その時、眼鏡を外して

鼻の脇をこすった4番陪審員を見て

9番陪審員が思い出す。

あの向かいのアパートの女性も

同じ眼鏡の痕がついていた、と。

 

つまり目撃者の女性は

視力が悪かったのだ。

寝ていてふと窓の外を見たのなら

眼鏡をかける時間は無かったはず。

寝起きのぼんやりした目で

しかも裸眼では人物が

はっきりと見えるわけがない。

その彼女の目撃証言に

100%信頼が置けるのか?

この指摘には

さすがの4番陪審員も黙るしかない。

「もっと早く気づくべきだった」

 

有罪の4人にもう一度確認する。

4番陪審員10番陪審員12番陪審員

「無罪」と宣言する。

これで残り1人となった。

【 11 - 1 】

 

3番陪審員は1人でも断固として

有罪だと主張する。

階下の老人は少年を見たんだ。

よってたかって事実を捻じ曲げているんだ。

 

全員が彼を見つめる。

3番「どいつもこいつも腰ぬけのクズばかり。何と言おうと俺は引き下がらんぞ」

放り投げた財布から

息子と一緒に撮った写真が出てくる。

将来を期待した大事な一人息子だが

喧嘩をきっかけに

22歳の息子は家を出て行ってしまった。

 

「親不孝なドラ息子め。あんな奴!」

息子の写真を破り捨てる。

その瞬間、

自分が有罪だと頑固に言い続けたのは

ただの八つ当たりに

過ぎなかったことを知り、

破いた写真を手に泣き崩れる。

彼は力なくつぶやいた。

「無罪だよ……」

 

 

こうして

全員一致の「無罪」の審判となった。

【 12 - 0 】 

 

陪審員室から

人がいなくなっていく中、

泣き崩れている3番陪審員に

コートをかけてやる8番陪審員が印象的だ。

 

 

よくある疑問

Q,結局、少年は犯人なの?

 

この映画は少年が犯人であるかどうか

決定的な証拠がないため

どちらに考えてもいいように作られています。

「疑わしきは罰せず」で

真実はどうあれ疑問の余地があるなら

簡単に人の命を奪うべきではないことを

伝えたかったのだと思う。

(一応、下に個人的な解釈も書いています)

 

Q,少年が映画の題名を覚えていなかったのは

階段から落ちたショックでは?

 

その可能性はあります。

3時10分に帰宅した時、

2人の警官が彼を捕まえようとして

少年は階段を転げ落ちたらしい。

その時に頭を強く打って

一時的に記憶が

無くなったのかもしれませんが

俺はそうは考えていません。

(下に解説しています)

 

 

実は少年が犯人だった?

せっかくの良い話に水を差すようだが

実は俺は

少年が殺人犯だと推理しています。

 

その最大の理由が

映画の題名を覚えていなかったこと。

少年は夜11時に映画を観に出かけた。

普通、映画館に行くなら

何を観ようかと計画して行く。

内容をチェックする人も多いだろう。

自分で映画を観に行ったのに

それを忘れてしまうことがあり得るだろうか?

 

気分転換に何でもいいから観ようと

映画館に来たとしても

題名も出演者も覚えていないのはあり得ない。

雰囲気で何が出て来たとか

伝われば解決する問題なのに……。

本当は映画館に行かなかったか、

殺人の後で気持ちが落ち着かず

内容が入って来なかったのではないかと考える。

 

8番陪審員が4番陪審員に

数日前に観た映画の記憶を思い出させて

今思い出せたのは

あなたがショック状態でないからだと言うが

これは全く証明になっていない。

少年と4番陪審員では状況が違いすぎる。

そもそもこれは

少年がショック状態であることを

前提にした話だ。

 

階段から落ちて

観た映画の記憶を失ったというのも

一応筋は通っている。

しかし少年が帰ってきて

キッチンで尋問をしているから

転落の前に映画の内容が話せたはずである。

これは矛盾しているので

転落で記憶を失ったとは思えない。

 

怖くなって逃げてしまい

アパートの階段で転んで捕まったというのなら、

逃げた理由も必要になる。

父が死んだと聞いて驚いたにしても

やましいところがなければ

玄関を飛び出して行くのは

明らかにおかしい。

 

ここで見方を変えてみよう。

少年が直接の殺人犯ではなく

友人が実行犯の可能性だ。

あの夜9時過ぎに友人たちと飲みに行き、

父との喧嘩のことを話したら

「じゃあ俺が殺してきてやるよ。

お前は映画でも観て時間潰してな」

と言われたとしたら?

 

少年はもちろん反対したが

その時にナイフを取られて

映画館でも心が落ち着かず

内容まで覚えていなかった。

家に帰ったら本当に殺されていて

気が動転して逃げてしまった。

この説でも筋は通るが

裁判でナイフが少年のものだと

裏付ける証言をしているから

少年を庇わないのは矛盾している。

友人に裏切られた可能性はあるが

そんな伏線は全くない。

 

次に目撃した女性の証言。

いくら視力が悪くても

2人の人間が動いているシーンを見たなら

実際に殺害現場に

2人の人間がいたことを証明している。

これが少年でなければ誰だと言うのか?

 

ちなみに女性は少年と顔見知りで

遠くからでも眼鏡なしで判別できそうだが

本編の中では

裸眼だと判別できないことにされている。

女性がその人物の動作を見て

ぼんやりとでも背丈や動きの癖を見て

少年だと言っているのだから

それは信じてあげるべきでしょう。

 

もちろん女性は

あの部屋にいる人物は

少年と父親という先入観があり

殺人を目撃した(という思い込み)で

興奮状態にあるため

彼女の証言すべて正しいと

肯定しているわけではありません。

 

ナイフに指紋がついていなかったのは

逆に重要と考える。

この犯人が殺人の痕跡を

隠蔽しようとしていた証拠だ。

指紋が残ることを恐れるのは

前科者の習性である。

少年は15歳で車を盗んで少年院に入り

強盗とナイフの喧嘩で2回逮捕されている。

 

もし押し込み強盗だとしても

何も盗まれていないし

わざわざスラム街の

貧しいおっさんを殺す動機が無い。

8番陪審員の言うような

偶然同じナイフを持っていた

外部犯の可能性はほぼゼロです。

狙うなら逃げやすい1階の住人の方でしょう。

アパートの1階の部屋を狙わず

2階の部屋を狙う理由がどこにありますか?

しかもおっさんを。

 

「殺してやる」と言ったのが犯人ならば

犯人は殺人が目的で

盗みが目的ではなかったことになる。

強盗が言うなら「静かにしろ」「黙れ」

または「殺されたいのか」であり、

「殺してやる」だと

最初から相手に殺意を向けているので

強盗の可能性は低い。

 

ナイフの角度も注目してください。

下向きに深く刺されていました。

本編では少年と父親の身長差で

背の高い父を刺し殺すには

逆手に持って刺すしかないと言っていたが

どうして立った状況に限定するのか?

父親が椅子に座っていたり

寝ていたとしたら見下ろす格好になり

順手でも下向きにナイフが刺せます。

 

8番陪審員が言うには、

今までも口論はあったし

父親に殴られるのは毎日だったから

今日に限って

殺してやりたいと思うはずがないと。

いいえ今までとは状況が違ったんです。

少年はナイフを買っていたのですから。

 

少年がナイフを買ったのは

殺意があったことが証明されている。

その後、友人と話して気が変わり

落ち着いて家に戻ったが、

再び口論になりナイフを持っていたことで

つい攻撃してしまった。

ちなみに7番陪審員が

少年はナイフの腕前が

かなりのものだったと証言している。

 

深い創傷に注目すると

もみ合っているうちに相手が倒れて

馬乗りになって

下向きに刺した可能性もある。

相手が動いているときと

相手は動いてないときの

どちらが「深く」刺せるでしょうか?

動いている相手を「深く」刺す状況は

少年がかなりのナイフの使い手だから

これも有罪説に傾きます。

 

もう1つ考えなければいけないのは

少年が「解離性同一性障害」の可能性。

つまり二重人格ですね。

海外では幼少期の虐待やネグレクトなどが原因で

自分の心を守るために

別の人格が生まれるというケースが多いと聞きます。

この家庭も親子で喧嘩が絶えず

限界に達したのが「今」だったのかもしれません。

だとすれば少年が何も語れない状況も

覚えていないことで説明できるし、

「殺してやる」という凶暴な発言も

別の人格が行った犯行なら納得できそうです。

あくまでも可能性で、

少年が二重人格だという証拠は

どこにもありませんが……。

 

8番陪審員が訴えたことは

状況証拠が間違っている可能性であって

それらが事実とは一言も言っていない。

証言が間違っている可能性を論じて

他の11人の心を動かしただけであり、

少年が無罪である決定的な証拠は

何一つ出していないのである。

 

 

――以上で証明終わり。

この事件、

被告が本当に犯人だったのに

無罪にしてしまったと

俺は考察しました。

 

しかし

少年が犯人かどうかは

この作品の主題ではなく

大事なのは議論をする過程にある。

偏見や思い込みで

結論を出してはいけないということ。

俺も同じ意図で

あえて「少年が犯人だった」と

反対意見を出してみました

どうでしょうか?

 

無罪となったその後の少年が

どうなったのかわかりませんが、

一度死んで生まれ変わったつもりで

人生をやり直してくれていたら

12人の陪審員たちの

熱くて長い1日の苦労も

報われるというものです。

 

 

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