■第8回の復習(いざ、鎌倉)
治承四年(1180)十月、頼朝軍が鎌倉へ向かっているとの手紙を仁田忠常(高岸宏行)から受け取った政子(小池栄子)たちは頼朝(大泉洋)と落ち合うべく、鎌倉へと向かう。
千葉介常胤(岡本信人)と上総介広常(佐藤浩市)の参陣により、大軍に膨れ上がった頼朝軍ではあったが、その内情は決して一枚岩ではなかった。
一方、頼朝追討軍がまだ進発していないことを聞かされた清盛(松平健)は初動が遅いと憤り、更に兵力を聞いて、宗盛(小泉孝太郎)らの危機感の乏しさを叱りつける。『吾妻鏡』によれば、大庭景親(國村隼)が八月二十八日に発した使者が京都へ着いたのは九月二日。それから善後策を協議し、小松少将維盛(濱正悟)率いる追討軍がようやく京都を進発したのは同月二十九日であったという。 もっとも、頼朝に期待を寄せる後白河法皇(西田敏行)は追討軍の進発を知って、悄然としていた。
そのころ、奥州平泉を発った義経(菅田将暉)一行の姿が富士の裾野にあった。数々の伝説に彩られる英雄ではあるが、本作では酷薄な人物に描かれるようだ。
十月四日、これまで敵対し、三浦介義明を衣笠城に攻め殺した畠山重忠(中川大志)が同じ秩父党の河越重頼と江戸重長を伴って、降伏した(『吾妻鏡』)。祖父を殺された和田義盛(横田栄司)は復讐心を顕にするが、義明の子・荒次郎義澄(佐藤B作)は秩父党の大勢力たるを知るだけに、いまは恨みを忘れ、ともに平家と戦うべきだという。千葉介常胤が「よくぞいった」と義澄の心意気を讃え、なおも不服を唱えようとする義盛を上総介広常(佐藤浩市)が制し、「許す/赦さない」は大将たる頼朝の考え次第と主張する。しかし、頼朝が重忠を鎌倉入りの先陣に指名(『吾妻鏡』)したと聞いて、当の広常は不貞腐れてしまう。義時(小栗旬)の奔走も虚しく、諸将の心は依然バラバラなままであった。
甲斐源氏の武田信義(八嶋智人)らを味方につけるため、去る九月八日に甲斐へ派遣した((『吾妻鏡』)北条時政(坂東彌十郎)からの朗報がいまだに届かないため、頼朝は更なる使者として義時を遣わす。難しい交渉になるかと思いきや信義はあっさりと頼朝への協力を承諾する。勧誘成功と、鎌倉で合流することを復命しに戻った義時は、頼朝から異母弟・阿野全成(新納慎也)を紹介される。
頼朝と諸将の融和を図るため、義時は三浦義村(山本耕史)の発案で、酒宴を開く。イヤイヤながらも、諸将の機嫌をとり、飲みニケーションに勤しむ頼朝。
同月六日、ついに頼朝軍は鎌倉に入った。
一方、大庭の館では頼朝軍の鎌倉入りを知った景親らが歯ぎしりしていた。傍らで、不安そうな山内首藤経俊(山口馬木也)が頼朝追討軍への合流を進言するが、景親は単独での迎撃を決意する。しかし、景親を見限った梶原景時(中村獅童)は冷たく去っていった。
政子が鎌倉に到着する前日、頼朝は義時に政子の鎌倉入りを一日延期させる。亀(江口のりこ)との逢瀬を愉しむのが目的だった。事情を知った義時は浮気の共犯者にされる。後々、これが大騒動に発展し、図らずも義時の株を大いに高めることにもなる。
鎌倉目前の宿泊所を飛び出した実衣(宮澤エマ)は義経一行とすれ違う。海を見て子どものようにはしゃぐ義経一行。
その頃、平家に援軍を求めに行こうとしていた伊東祐清(竹財輝之助)が捕まった。我が身よりも父・祐親(浅野和之)と妹・八重(新垣結衣)の身を案じる祐清。祐親は伊東の館に立てこもり、一戦に及ぶ覚悟だという。八重もそこにいるらしい。和田と畠山の軍が伊東に向かったと聞いた義時は二人を必ず助けると祐清に誓うのだった。
■第9回の予習28(決戦前夜)
タイトルの「決戦」とは、いうまでもなく富士川の合戦のことだろう。平家潰走のきっかけをつくる甲斐源氏と時政らの活躍(ドタバタ?)も見ものだ。「前夜」というからには、「決戦」にはいたらず、黄瀬川の対面ももう少し先になるはずだが、予告編を見るかぎり、それらしいシーンがあったのは小さな謎だ。
あの残虐で身勝手な義経を頼朝がどう受け止めるのか。
今のところ、京都進撃を鮮明に打ち出している頼朝を、上総介、千葉介、三浦介の三人がどう方向転換させるのか。義時をそれにどう関わらせるのかも興味深い。
残念ながら、大庭景義の出番はなさそうだ。
※()内はキャスト。敬称略
■ストーリー予想
【予習11】第一部 第一章 挙兵編 後編(鎌倉殿の13人:2022大河)
※筆者はNHKのガイド本を読んでいないし、所持もしていない。当然ながら、ストーリー予想
が実際のストーリーと異なることもありうるので、あらかじめ了承されたい。
■配役(敬称略)
〇頼朝・政子夫妻と北条家の人々 主人公・義時との関係
源頼朝(34):大泉洋 義兄
北条政子(24):小池栄子 実姉
「江間小四郎」⇒北条「四郎」義時(18):小栗旬 (本人)
北条「四郎」時政(43):坂東彌十郎 実父
りく(-):宮沢りえ 継母(牧の方)
実衣(-):宮澤エマ 実姉(阿波局)
「醍醐(悪)禅師」阿野全成(28):新納慎也 義兄
〇頼朝の血縁者たち
源「九郎」義経(22):菅田将暉
武田「太郎」信義(53):八嶋智人
〇頼朝の支援者たち
比企尼(-):草笛光子
比企「藤四郎」能員(-):佐藤二朗
能員の妻・道(-):堀内敬子
安達「藤九郎」盛長(46):野添義弘
河越「太郎」重頼(-):●
伊東「九郎」祐清(-):竹財輝之助
〇三浦党の人々
三浦「荒次郎⇒介」義澄(54):佐藤B作
三浦「平六」義村(-):山本耕史
和田「小太郎」義盛(34):横田栄司
岡崎「四郎」義実(69):たかお鷹
〇御家人たち
梶原「平三」景時(-):二代目中村獅童
畠山「次郎」重忠(17):中川大志
土肥「次郎」実平(-):阿南健治
仁田「四郎」忠常(14):高岸宏行(ティモンディ)
「千葉介」常胤(63):岡本信人
「介八郎⇒上総介」広常(-);佐藤浩市
足立「右馬允」遠元(-):大野泰広
八田「四郎」知家(-):市原隼人
大庭「平太」景義(-):●
安西「三郎」景益(-):猪野学
〇平家方の人々
平「相国」清盛(63):松平健
平時子(55):●
平頼盛(48):●
「小松少将」平維盛(22):濱正悟
平宗盛(34):小泉孝太郎
平知盛(29):●
平重衡(24):●
伊東「次郎」祐親(-):浅野和之
大庭「三郎」景親(-):國村隼
善児(-):梶原善 ※祐親の家来
江間次郎(-):芹澤興人 ※祐親の家来
山内首藤「滝口三郎」経俊(44):山口馬木也
○その他の人びと
後白河法皇(54);西田敏行
丹後局(-):鈴木京香
平知康(-):矢柴俊博
「建礼門院」(平)徳子(26):● ※高倉天皇の中宮、清盛の娘
八重(-):新垣結衣
亀前(-):江口のりこ ※頼朝の愛妾
藤原秀衡(59):田中泯
弁慶(-):佳久創
※()内は頼朝挙兵(治承四年)時の年齢
※「」内は通称等。●印はキャスト未定(または不明)