鎌倉殿の13人:謀臣・梶原景時 編
今回からは、いよいよ大河後半となる第二部のストーリー予想に突入する。
源平の争乱を経て、武家が統治する国を築き上げた鎌倉武士たちは新たな戦いの場へと突き進んで行く。
■第ニ部(第二十五~四十八回)) ※7~12月ごろ
第ニ部では、鎌倉殿(頼朝)の亡き後、主人公の義時が武都鎌倉における有力御家人間の相克を制し、覇権を握るまでを描く。
第一章 謀臣・梶原景時(第二十五~二十八回) ※7月ごろ
鎌倉殿の謀臣・梶原景時を排除することは、武都鎌倉の覇権を握るためには不可欠の条件であり、避けては通りえない道のりであった。景時を鎌倉から追った時、武都の重しはなくなり、創業の功臣同士の、出口の見えない凄惨な相克が始まったのである。
第二十五回 十三人の宿老
正治元年(1199)正月、鎌倉殿(頼朝)が薨去すると、十八歳で家督を相続した頼家は御家人たちの不安を招き、わずか三ヶ月でその親裁を停止され、代わって十三名の宿老による合議制が始まる。
頼家はこれに反発して、五人の近侍のみを重用して他を近づけなくなってしまう。
第二十六回 讒言
そんな折、結城朝光の、亡き頼朝を偲ぶ発言が大きな波紋を呼ぶ。かつて頼朝の懐刀だった梶原景時が朝光の発言を聞き、頼家に讒言したと政子の妹・阿波局が朝光に告げたのである。
阿波局の言を信じた朝光は、三浦義村に相談する。
第二十七回 弾劾
梶原景時による讒言の噂が鎌倉中に広まると、頼朝の寵を得て、権力を笠に着ていたと見られていた景時への不満が一挙に爆発する。有力御家人六十六名による、景時への弾劾状が和田義盛から頼家に突きつけられたのである。
同年十二月、鎌倉殿の謀臣・梶原景時は鎌倉を追われることになった。
第二十八回 族滅
翌正治二年(1200)正月、梶原景時は一族を引き連れ、京を目指して鎌倉を後にした。一行は駿河国狐崎で鎌倉の追討軍に襲撃され、ついに族滅の憂き目となる。
鎌倉殿の最大の藩屏たりうる梶原景時を取り除いた今、時政の次なる狙いは、頼家の舅・比企能員と、その一族に絞られていた。
【配役】
〇北条家の人々 主人公・義時との関係
北条義時(38):小栗旬さん (本人)
北条政子(44):小池栄子さん 実姉
源頼家(19):● 甥
源実朝(9):● 甥
北条時政(63):坂東彌十郎さん 実父
牧の方(-):宮沢りえさん 義母
北条政範(12):● 義弟
阿波局(-):宮澤エマさん 実姉
阿野全成(48):新納慎也さん 義兄
〇梶原景時をめぐる人々
梶原景時(-):二代目中村獅童さん
梶原景季(39):●
〇比企能員をめぐる人々
比企能員(-):佐藤二朗さん
〇三浦党の人々
三浦義澄(74):●
三浦義村(-):山本耕史さん
和田義盛(54):横田栄司さん
〇御家人たち
安達盛長(66):野添義弘さん
畠山重忠(37):中川大志さん
千葉常胤(83):●
足立遠元(-):●
八田知家(-):●
結城朝光(34):●
〇幕府の文官たち
大江広元(53):栗原英雄さん
中原親能(58):●
三善康信(61):小林隆さん
二階堂行政(-):●
○朝廷の人びと
後鳥羽天皇(21);●
土御門通親(52):●
九条兼実(52):●
※()内は梶原氏没落(正治二年)時の年齢
※●印はキャスト未定