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全国の“道の駅”完全制覇の夢!

全国の道の駅巡りをしています。
2006年12月に旅をスタートし、7年半を費やして一応全国制覇を達成しました。

でも、その後に新しい道の駅が次々に誕生し、全国1160カ所に達しています。
私が走破したのはその内の1132カ所ですから、まだまだ旅は続きます。

福島県から県境を越えて山形県に入り、本日の最後の目的地である

道の駅米沢 へやってきました。

 

 

 

道の駅伊達の郷りょうぜんを出て、再び “東北中央自動車道” に乗ります。

 

この高速道は山間部を突き抜けるので、とにかくトンネルが多いのです。

その中でも福島と山形の県境にある最長のトンネルは長さが9km、それも片側一車線の対面通行なのでやたら神経が疲れます。

 

その東北中央自動車道の開通に合わせて2018年4月に “米沢中央IC” そばにオープンしたのが、ここ “道の駅米沢” です。

 

 

 

 

“米沢市” は山形県の南部に位置し、人口は約8万人、山形県で4番目の大きさです。

 

米沢は “上杉の城下町” として知られています。

以前は伊達氏が212年間統治しており、独眼竜として知られる伊達政宗もこの米沢で誕生しましたが、1591年豊臣秀吉の奥羽仕置により、仙台藩に移り、米沢を離れました。

 

上杉家はかつては五大老の一人でありましたが、関ヶ原の戦いで西軍に加担したことで会津120万石から米沢30万石へ減封となり、1601年に米沢城に移りました。

 

NHKの大河ドラマ 「天地人」 で知られる “直江兼続” が現在の米沢の元を作ったと言われています。

 

 

 

 

先程も触れたように、この道の駅がオープンしたのは2018年4月です。

 

立地が良いこともあって、2019年度の来場者は約203万人に達しました。

2020年度はコロナ禍で苦戦したものの約138万人が訪れました。

そして今現在の累計来場者は次の通りです!

 

 

開業からわずか3年半で、なんと来館者は600万人に達しています。

店内に入って、なるほど人気があるはずだと実感しました。

 

 

 

エントランスからお洒落です!

正面にはゴージャスな花が飾られ、右手のインフォメーションには若い女性2名が常駐されています。

 

 

道の駅米沢のホームページから、館内マップの画像をお借りしました。

ざっくりというと、中央玄関から入って右手がお土産コーナーで左手がフードコートです。

 

そして広い無料休憩所があります。

 

 

 

無料休憩所の左手にフードコートがあり、“牛どんぶり謙信亭” “米沢ラーメン毘沙門” “蕎麦処十割庵” の3つの店舗が並んでいます。

 

 

 

この時間、既に17時を回っていましたので、さすがにフードコートには人はまばらです。

そしてこの奥にもうひとつ、この道の駅の最大の魅力といわれるレストランがあります。

 

 

それがこの写真の一番手前にある “ステーキレストラン牛毘亭” です。

 

米沢といえば有名なのは “米沢牛” ですね!

このお店では店頭の冷蔵ケースにサーロインやフィレなど部位ごとに肉の塊が並べられており、客はそれを選んで、80グラム以上好きな量をカットオーダーできるのだそうです。

 

ちなみに私たちは、このあと泊まったホテルの居酒屋で米沢牛の串を頂きました。

口の中に入れるととろけるような、久しぶりに美味い肉を味わった気がします。(*^-^*)

 

 

受付のお嬢さんの後ろにあった登録証です。

重点道の駅の選定証もありました。

 

 

 

土産コーナーも魅力的なものがいっぱい揃っていました。

この日の最後ということもあって、色々と買い物をしました。

 

この後、ここからわずか3~4kmの距離にあるホテルに宿泊。

 

ホテル内の居酒屋はコロナ対策が厳格に守られており、アクリル板でテーブルが完全に仕切られていたので、注文した料理をシェアするのに苦労しました。(^_^;)

 

 

 

 

※本日走ったルート(googleタイムラインによる自動記録)

 この日の走行距離は298km

 

 

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楢葉町から再び常磐自動車道に乗り、来た道を一気に北上して

道の駅伊達の郷りょうぜん にやってきました。

 

 

 

常磐自動車道を相馬ICまで戻り、そこからは “東北中央自動車道” を西へ走ります。

“霊山(りょうぜん)IC” で下りると、そこからはわずか300mです。

 

道の駅ならはから、102km、1時間25分かかりました。

 

 

 

 

“道の駅伊達の郷りょうぜん” は2018年3月24日にオープンしています。

ですから既に3年半ほど経過したことになります。

 

この場所は “伊達市霊山町” です。

“霊山” と書いて “りょうぜん” と読みます。

 

霊山は阿武隈山系の最北部にある名峰で、標高は825mとあまり高くないですが、奇岩怪岩が連なった特異な山容の山であり、峰々には3600もの僧坊を数え、東北山岳仏教の一台中心地だった場所です。

 

 

伊達市はご覧の通り、福島県の最北部で宮城県に接しています。

 

“伊達の郷” という名称になっていますが、ここが伊達氏の発祥の地と言われています。

源頼朝の奥州征伐に従軍した常陸国の中村一族が戦功として伊達郡を賜り、氏を伊達と称したのが始まりで、初代 ”伊達朝宗” 以来、米沢、仙台と勢力を拡大し、360年余り続きました。

 

独眼竜で有名な “伊達政宗” は、その第17代当主に当たります。

 

 

 

 

 

道の駅の配置はご覧の通りで、メインの建物の手前に “フードガーデン” があります。

そこには個性ある4つのお店が並んでいます。

 

 

道の駅の建物は伊達市産の杉材を多用し、縦格子の壁が特徴です。

では、店内に入ってみましょう。

 

 

 

正面入り口を入ってすぐのところで睨みをきかせているのが、伊達氏初代の “朝宗公” です。

ちゃんとマスクを着けているのが面白いですね!

 

 

トイレの入り口も面白いので思わずパチリ!(*^^*)

この部屋は “情報:休憩スペース” で、伊達市の観光案内所もここにあります。

 

 

 

 

情報・休憩コーナーの左手が物販コーナーになりますが、ここにはたくさんのテナントが入っています。

テナントの店舗にはちょっとした “屋根” がついており、これは 「宿場町の通り」 をイメージしているのだそうです。

 

 

 

 

 

この道の駅は、“伊達の宿場ビストロ” がコンセプトです。

地元の人々と旅人が行き交う宿場であり、そこで美味しいものに出合う、という意味だそうです。

 

食事を味わう時間は残念ながらありませんが、やっぱり新しい道の駅というのは店内のディスプレイにも工夫があり、内容が充実しています。

新しくできるたびに道の駅は進化しているな、と感じます。

 

 

 

 

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道の駅なみえを出て再び常磐道に乗って南下し、40分程かかって

道の駅ならは へやってきました。

 

 

1か所目であれほど晴れていた空も、2カ所目でぽつりと降り出し、ここでは完全な雨になりました。

いつも写真を撮っている道の駅の標識も雨のためにこんな具合です!

 

 

 

道の駅の写真も傘をさしての撮影です。

 

“道の駅ならは” は東京電力福島第一原子力発電所に近い為、震災以来ずっと閉鎖されていましたが、2019年4月25日に温泉施設など一部が再開され、2020年6月には物産館もオープンしました。

 

 

これが事故を起こした福島第一原発からの位置関係です。(HPより借用)

 

私は東日本大震災の翌年の2012年9月に福島県を回りました。

その時は30km圏の南相馬市から南側のほとんどの道路が通行禁止になっており、福島県の中央部(中通り)に大きく迂回し、いわき市の道の駅に抜けた記憶があります。

 

東日本大震災で特に甚大な被害を受けた道の駅は5カ所ありました。

 

①道の駅みやこ(岩手県)

  プレハブで仮営業していましたが、もとの建物に戻りました。

②道の駅高田松原(岩手県)

  破壊された旧道の駅は震災遺構として保存

  隣接地に2019年9月22日に東日本大震災津波伝承館とともに新築、オープンしました。

③道の駅大谷海岸(宮城県)

  長い間プレハブで仮営業を続けていましたが、2021年3月28日にリニューアルオープンしました。

④道の駅よつくら港(福島県)

  被災後仮営業を続けていましたが、2012年8月11日にリニューアルオープンしました。

⑤道の駅ならは(福島県)

  2019年4月25日一部再開、2020年6月物産館がリニューアルオープンしました。

 

震災から10年を経て、ようやくすべての道の駅が再開できたことになります。

 

   

 

 

ここは “物産館” “本館” の2つの建物が、2階の渡り廊下で繋がった形態をしています。

 

2011年3月の東日本大震災・福島第一原子力発電所事故に伴い、長い間この道の駅は閉鎖されていましたが、その間はこの “物産館” にあたる部分が 「双葉警察署」 の臨時庁舎として使われていました。

 

更に他の施設は警戒区域設定時には住民の一時帰宅の中継拠点として活用されていました。

2015年9月5日に楢葉町の避難指示が解除されたことにより、ようやく2019年になって再開にこぎつけたものです。

 

 

 

まずは右側の建物、本館に入ってみたいと思います。

ここには温泉施設とフードコートがあります。

 

 

 

 

この階段を上がったところが温泉施設です。

隣地から湧出する温泉を利用し、源泉温度は40.8度、湧出量は毎分563リットルだそうです。

 

そしてフードコートは1階の右奥です。

 

 

 

 

せっかくのフードコートも奥まったところにあるので分かりづらい気がします。

では次に、物産館の方に入ってみることにしましょう。

 

 

 

入口を入ってすぐのところにいたのは案山子の親子でした。(^^♪

いや、大人の方は「 なら爺ちゃん85歳」 と書かれているので、爺ちゃんと孫ですね!

 

この物産館のフロアがすべて、つい最近まで 双葉警察署の臨時庁舎だったわけです。

 

 

 

 

震災前、ここ “双葉郡楢葉町” には8011名の住民が暮らしていました。

 

今年(2021年)9月30日現在の楢葉町の人口は6698名です。

でも、実際に町内に居住している人は4129名であり、震災前の約半分でしかありません。

 

この道の駅も、震災前は全スタッフが80名おられたそうです。

原発事故により全町避難を余儀なくされ、従業員もバラバラになりました。

 

ようやく再開された今、その80名の内何人戻られたのか、気になるところです。

 

 

 

 

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