全国の“道の駅”完全制覇の夢!

全国の“道の駅”完全制覇の夢!

全国の道の駅巡りをしています。
2006年12月に旅をスタートし、7年半を費やして一応全国制覇を達成しました。

でも、その後に新しい道の駅が次々に誕生し、全国1160カ所に達しています。
私が走破したのはその内の1132カ所ですから、まだまだ旅は続きます。

道の駅ごいせ仁摩から1km未満の距離に

仁摩サンドミュージアム があります。

 

 

 

”仁摩サンドミュージアム” というのはその名の通り 「砂の博物館」であり、平成3年3月3日にオープンしました。

なぜ島根県大田市に砂の博物館を作ったかというと、すぐ近くに「鳴り砂」で有名な”琴ケ浜” があり、それに因んだのだそうです。

 

ここは国道9号に面した場所にあり、かつてこの付近の道の駅巡りをしていた頃から気になっていたのですが、訪れたのは今回が初めてです。

 

 

ご覧のようにこの施設はガラス張りのピラミッド群でできており全部で6棟で構成されます。

一番手前の最大のものは高さが21m、底辺は17m四方あります。

 

仁摩町の出身である ”高松 伸” 氏の設計によるものです。

 

 

 この付近全体を ”仁摩健康公園” といい、多目的広場やテニスコート、遊具施設などを備えた市民の憩いの場となっています。

 

少し見にくいと思いますが、この案内図の左中央付近が仁摩サンドミュージアムです。

 

 

 

駐車場は少し離れた場所に専用のものがいくつかあり、そこに停めて歩かねばなりません。

 

9号線沿いに歩いてくると、建物は少し高い位置にあって、長い階段を上るので、足腰の弱った年配者にはちょっと負担が大きいのではないかと思います。

 

 

 

 

入場料730円を支払ってピラミッドの中に入ります。

そしてガラス張りのピラミッドの中にあったのが次の写真です。

 

 

 

高さ21mのピラミッドの天井に収められていたのは、直径1m、高さ5.2mの世界最大の  ”1年計砂時計”「砂暦(すなごよみ)」と呼ばれます。

 

この巨大な砂時計には1トンの量の砂が入っており、ちょうど365日で落下します。

 

 

ここにあるのが、その砂暦の実物大モデルです。

 

砂暦で使われている砂は、何故か琴ケ浜のものではなく、山形県飯豊町のものですが、これも琴ケ浜と同じく ”鳴り砂” です。

 

 

使用されているガラス容器はドイツにある世界有数のガラスメーカー「シュミット社」で作られましたが、熟練工の細かい作業により完成までに半年かかったそうです。

 

直径0.84ミリの小さな穴を、1秒間に0.032グラム、1日に2740グラムの砂がコンピューター制御で落ちて行き、365日の時を刻みます。

 

1年で全部落ちてしまうとガラス容器をひっくり返さねばなりませんね!

毎年12月31日大晦日の午前0時前から、年男、年女の108人で綱を引き、180度回転させるのだそうです。

 

 

 

1年計砂時計の下のホールには、その模型を始め様々な展示物があります。

この写真にある模型は、実物を13分の1にしたものです。

 

実際の ”鳴り砂” が置いてあり、試しに棒で突いてみると不思議な大きな音がしました。

 

 

 

この不思議な形のものも砂時計です。

中にある砂が少しづつ落ちて行き、全体がゆっくり回転しています。

 

 

廊下の突き当りにあったこの砂時計もでっかいですね!

そしてこんなものも展示されていました。

 

 

砂漠のバラと書かれていました。

 

砂漠に点在する石膏の一種で、砂が地下水と硫酸カルシウムによって沈殿し、バラの花のような結晶となったものです。

さすがに日本ではなく、アルジェリアサハラ砂漠で発見されたものです。

 

砂をテーマにした博物館は珍しいと思いますが、色々と勉強になりました。

 

 

この後今夜のホテルに向かう途中、道の駅キララ多伎に立ち寄りましたが、今まで何度かレポートしていますので割愛します。

 

今夜の宿は出雲市内の 「出雲ロイヤルホテル」 です。

折角出雲へ来たのですですから、明日はまず ”出雲大社” を観光する予定です。

 

※本日走ったルート(googleタイムラインによる自動記録)

 この日の走行距離は450km

 福岡県 → 山口県 → 広島県 → 島根県

 

 

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世界遺産の石見銀山を離れ、本来の目的地である

道の駅ごいせ仁摩(にま) へやってきました。

 

 

 

 

 

ここは "島根県大田市” で、道の駅がオープンしたのは今年(2022年)1月29日です。

 

大田市の観光スポットといえば前回紹介した ”世界遺産 石見銀山” ”仁摩サンドミュージアム” それに国立公園 ”三瓶山(さんべさん)” でしょう。

この内、石見銀山と仁摩サンドミュージアムは、この道の駅のすぐ近くにあります。

 

 

この看板にあるように、前回紹介した石見銀山からは7kmで10分弱の距離、仁摩サンドミュージアムに至っては、わずか1kmしか離れていません。

 

サンドミュージアムはこのあと訪問する予定なので、次回に詳しくご紹介します。

 

 

 

 

 

 

道の駅全体の配置はご覧の案内図の通りです。

右手には広場やドックランがあります。

 

ちょっと見にくいかもしれませんが、広場の前に5台分の ”RVパーク” があります。

RVパークは1泊2,750円ですが、もちろん電気、給排水が完備しています。

 

中央部分のレストランの右手に ”イベントスペース” というのがあります。

 

 

これがそのイベントスペースです。

 

島根県といえば ”神楽” が有名ですね!

このイベントスペースでも、岩見神楽の公演が定期的に開催されています。

ちなみに入場できるのは先着100名、入場料は1500円です。

 

 

 

この写真はレストランです。

 

漁港が近いので新鮮な魚介類を使ったメニューが多いですが、目玉は 「大田のおおあなご」を使った、”穴子天丼” かな、と思います。

 

道の駅HPから画像借用!

 

 

 

 

これが物産コーナーの入口です。

中に入ってみましょう。

 

 

 

 

 

 

この後、ここからわずか1kmほどの ”仁摩サンドミュージアム” に向かいました。

これも観光ですが、次回にご紹介致します。

 

 

 

 

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9/15(木)から2泊3日で中国地方を回ってきました。

今回はまだ訪問していない新しい道の駅5カ所を巡るのが目的ですが、途中いくつかの既存の道の駅と観光を加えました。

 

その最初に訪問したのは観光で、世界文化遺産の

石見銀山(いわみぎんざん) です。

 

 

石見銀山は "島根県太田市” にあります。

 

なぜ予定に加えたかというと、最初の道の駅 ”ごいせ仁摩” へのルート上にあり、わずか8km程しか離れていなかったからです。

 

石見銀山と言っても実は内容をよく知らなかったのでとりあえず 「石見銀山世界遺産センター」なるものを目指しました。

 

 

 

これがその 「石見銀山世界遺産センター」です。

 

私の福岡県の自宅から九州自動車道、中国自動車道、浜田自動車道と乗り継ぎ、”瑞穂IC” で下りて一般道を約50分、全行程6時間かかって到着しました。

 

 

ざっくりとした周辺の地図を描くと、このようになります。

 

平成19年(2007年)7月に世界文化遺産に登録された 「石見銀山遺跡とその文化的景観」は14の資産で構成され、それは次の4つのエリアに分類されます。

 ①大森町並みエリア

 ②銀鉱山エリア

 ③港と港町エリア

 ④街道・山城エリア

 

この全部のエリアを合わせると529ヘクタールもの広大な広さになりますが、この場所にはこの中の①大森町並みエリア と ②銀鉱山エリア があります。

 

ここに来て初めて知った事は、この2つのエリアを巡るのに車は使えず、"パーク&ライド方式” といってエリア内を巡回するバスに乗るか、レンタサイクルを借りるしかないことです。

 

私たちの旅は道の駅巡りが主目的であり、ここで時間はかけられないのでこの世界遺産センターの観光のみで済ますことにしました。(^^;)

 

 

 

先ほどの ”パーク&ライド方式” もこの世界遺産センターが起点であり、ここの駐車場に停めて巡回バスに乗ることになります。

 

館内は、次のようになっています。

 

 

入場料310円を払い、受付横の1番から中に入ります。

展示品については、一部【撮影禁止】のものを除き、自由に写真が撮れます。

 

最初に目についたのが次の写真です。

 

 

これは毛利元就が朝廷に献上したという1,100枚の丁銀ですが、勿論レプリカです。(^^;)

 

正式には「御取納丁銀」と言うそうですが、正親町天皇の即位料として献上したもので、1枚あたりが43匁(160g)となり、全部で48貫目(約180kg)あるそうです。

 

興味半分で現在の銀の値段を調べたら、1kgで約14万円でした。

ということは180kgで2520万円程になりますね!

 

 

 

石見銀山は室町時代の1527年に九州博多の商人「神谷寿禎(かみやじゅてい)」によって発見されました。

 

当初守護大名であった大内氏が博多商人と結んで中国との貿易を独占的に行っていましたが、「石見銀山を奪取せよ!!」の合言葉で戦国大名の争いが続き、尼子氏、毛利氏と支配者が変わり、関ヶ原の戦いのあと、徳川幕府の手に移りました。

 

徳川政権では大久保長安が初代の石見銀山奉行に就任し、採掘量を劇的に増やします。

そして大正12年(1923年)の休山まで約400年にわたって採掘されてきた、日本を代表する鉱山遺跡なのです。

 

 

 

 

 

 

鉱山町を再現したジオラマや、採掘した銀鉱石から銀を取り出す精錬法などの模型や映像での解説などがありました。

 

 

 

銀を採掘した坑道を 「間歩(まぶ)」と言います。

石見銀山には無数の間歩がありますが、その中の最大級のものが ”大久保間歩” です。

 

この世界遺産センターの中にもそれを再現した施設がありますが、「大久保間歩 一般公開限定ツアー」 というのがあるのだそうです。

そこには高さ20m、奥行き30m、横幅15mの巨大空間があるそうです。

 

今回私たちは石見銀山のほんのさわりの部分しか見ていませんが、本格的に見学するなら丸一日は必要だろうと思います。

 

 

最後の写真は建物の横にあったものですが、何なのかよくわかりません!(;^ω^)

 

 

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