GNSSの勉強メモ3:基準局に与える座標値の基線ベクトルへの影響に関する数値実験例 | 山口大学 空中測量(UAV写真測量)研究室の技術ノート

山口大学 空中測量(UAV写真測量)研究室の技術ノート

UAV写真測量, ドローン測量, フォトグラメトリ, SfMなどと呼ばれる技術の情報を掲載します。
1. 効率化・高精度化に関する研究速報・マニュアル
2. SfM/MVSソフトAgisoft Metashapeの使い方
などなど。

※「ブログトップ」の注意・免責事項からご覧ください。

1つ前の記事を踏まえ、基準局に与える座標値の基線ベクトルへの影響に関する数値実験を始めました。RTKLIBのRTKPOSTに対応するCUIソフトRNX2RTKPを使い、与える基準局の座標値に対するスタティック処理による基線ベクトル推定結果の応答を調べる感度分析です。

今回は、最初の実験例を紹介します。

 

【実験の要領】

  1. 基準局(既知点)を国土地理院の電子基準点「熊取」、移動局(新点)を電子基準点「堺」とする。後者は前者のほぼ北東17 kmにある。
  2. ある1日の観測データを用い、下記の条件でのスタティック測位を行う。
    • シンプルさのため、GPS×L1波のみを使用
    • 両基準点のアンテナの違いを考慮したPCV補正は行う。
    • 基準局に与える座標の「基準値」は、「熊取」電子基準点の測量成果ではなく、「日々の座標値」の31日間移動平均値とする。
  3. GUIソフトRTKPOSTのOptionsダイアログにて上記のような設定(他はほぼデフォルト)を行い、.confファイルにSaveしたものを、RNX2RTKPに-kオプションで入力する。
  4. 外部プログラムにより、基準局の座標の「基準値」に様々なオフセットを加えたケースについてRNX2RTKPを実行し、基線ベクトルを求める。
    • 加えたオフセットは、東西・南北・鉛直方向それぞれに-10~10 m。詳しくはRの表記で-10^(c(-12:3)/3), 0, 10^(c(-12:3)/3) の計33通り。
    • 従って、ケース(設定した基準局座標)の数は33^3 = 35937通り。
    • RNX2RTKPの-lオプションを使用して、-kオプションで入力した.confファイル中の基準局座標をオーバーライドできる。
  5. RNX2RTKP(およびRTKPOST)ではカルマンフィルタを使っているため、基線ベクトルはエポックごとに求まる。FIX解となっているエポックに関する東西・南北・鉛直各成分の中央値を、基線ベクトルの推定結果とする。
    • .posファイルに格納されるエポックごとの解から、どのように一意の推定値を計算するかについては、様々な流儀があるようである。FIX解が得られた全エポックに関する中央値を使う流儀、平均値を使う流儀、時間的に最後のエポックの値を使う流儀、整数バイアス決定の自信の指標である"Ratio"最大のエポックの値を使う流儀など。いずれも一理あるわけだが、カルマンフィルタの性質上、どれが最も適切かということを合理的に判断することは、最小二乗法と違い、少なくとも古典統計学では困難だろうから、流儀と呼んだ。今回は、農研機構さんのマニュアルを参考に中央値を採用している。なお全エポックの解を出力せずに、最初のエポックの解のみを出力するオプション (Solution for Static Mode: Single)も用意されているが、これでは一部の時間帯の観測データしか利用しないことになってしまうので、スタティック測位の利点の1つ:長時間観測するご利益が失われてしまうだろう
  6. 各ケースについて推定された基線ベクトル(E, N, U成分)の、基準点座標にオフセットを加えず「基準値」を用いた場合との差(以下、「基線ベクトル成分の変位」)と、基準点座標に加えたオフセットとの関係を解析する。
↑ RTKLIBのRTKPOSTによるOputionsダイアログ
 
【実験の結果】
 まず下表に、基準点座標に加えた東西・南北・鉛直方向のオフセットerr.E, err.N, err.Zと、結果としての「基線ベクトル成分の変位」diff.median.*.baseline.m.(m単位の基線ベクトルの中央値の差というネーミング;*にはe:東, n:北, u:鉛直上が入る)に関する基本的な統計量(Rのsummary関数によるもの)を示す。
err.E, err.N, err.Zについては、上記の説明通りのレンジ(範囲)であることが確認できる。「基線ベクトル成分の変位」に関しては、東西・南北方向に最大1.7 cm程度、鉛直方向に最大4.7 cm程度の変位があることが確認できる。なお、RTKLIB ver.2.4.2 Manualのp.102によると、.posファイルに出力するE/N/U座標系(基線ベクトルの座標系)は移動局におけるものだ。後付けになるが、この程度の変位であればE/N/U座標軸自体への影響は無視できるだろう
 次に下図は、上表の6つの変量間の散布図である(Rのpairs関数によるもの)。多変量の間の相関を調べるとき、このような1VS1の散布図だけを観察することは危険だが、2次元への投影を見ているに過ぎないことを忘れなければ、最初のステップとしてはよいだろう。この図から重要な手掛かりがつかめる。基準点座標に加えたオフセットに対し、「基線ベクトル成分の変位」が線形に応答している疑いだ。
 そうとくれば、次にすることは線形回帰分析(重回帰分析)だ。
・目的変数:「基線ベクトル成分の変位」のE, N, U(便宜上X, Y, Zとも呼んでいる)成分
・説明変数:基準点座標に加えたオフセット3成分
とした線形回帰分析の結果を示す。ただしオフセット0のとき変位は0だから切片は0とした。
 驚くべきことに?「基線ベクトル成分の変位」のE, N, U成分いずれに関する線形回帰モデルも、残差が小さく、自由度調整済み決定係数が1に近く、つまり
「基線ベクトル成分の変位」が、基準点座標に加えたオフセット3成分の線形和で、ほぼ完璧に表現された。整数バイアスは離散的なものだから、いくら全エポックに関する中央値を見ているとはいえ、もう少しガタガタした関係になると予想していた。
 
 3つのモデルの回帰係数を観察すると、今回の結果では、
①基線ベクトルの東西成分には、基準点座標の東西成分が、
②基線ベクトルの南北成分にも、基準点座標の東西成分が、
③基線ベクトルの鉛直成分には、基準点座標の東西・南北成分が、
主に影響していた。より具体的には下記の通り:
①②与える基準点座標が東にずれるほど、基線ベクトルは東西方向に伸び、南北方向に縮み、
③与える基準点座標が北や東にずれるほど、基線ベクトルは鉛直方向に縮む(今回は鉛直成分がもともと負)。
 
【今後の予定】
 「驚くべきことに」と書いたが、まだまだ勉強が足りないだけで、もしかすると原理的に当前のことに過ぎない可能性もある。これまでの様々な研究の経験でも、綺麗な(シンプルな)結果が得られて喜んだときは大抵、何らかのトラップに引っかかっていた。今後、用いる電子基準点や解析の設定などの条件を変えて実験してみるとともに、引き続き、勉強を進める必要がある。
 複雑な処理の最終結果ばかりを観察していては、足元をすくわれることが多いから、まずは
  • 得られた回帰係数が、基線ベクトルの成分(両基準点の位置関係)と単純な関係にないか
  • 与える基準点座標値によるFLOAT解への影響
  • 与える基準点座標値による最初にFIX解が得られたエポックへの影響

などを調べるところから始めるべきかもしれない。Integer Ambiguity ResolutionをOFFにすれば、FLOAT解を出力することができる。