RTK、PPK、スタティックなどの干渉測位は、2台の受信機を用い、基準局から移動局(新点)に至る基線ベクトルを求める技術だと言われます。実際は、ソフトウェアに基準局の座標も設定(既知の値を入力)するようになっていますが、
「基線ベクトルを求める技術だから、例えばRTK実施時に設定した基準局の座標に間違いや誤差があっても修正可能だ:求まる基線ベクトルには影響がなく、求まる移動局の座標が基準局座標の誤差ぶんだけ平行移動するだけだからだ」…(命題1)
ということが、国内外の多くの資料などで言われています。
私も、それなら有難い、そうだったらいいな・・・と、信じていた節があります。
ただし、例えば実際にRTKLIBで、設定する基準局の座標を少し変えると、求まる基線ベクトルも変化します。そこで、上記の言説が疑わしくなり、真偽を確かめたくなりました。例えば、RTK-GNSSの基準局の座標を入力するときにアンテナポールの高さを足し忘れた場合でも、命題1が真なら、求まった移動局の座標に後でそれを足せば済むことになります。
本当にそうなのか、ユーザー目線で気になるポイントです。
以下、私の現時点での理解です。GPSによるRTK、PPK、またはスタティック測位を考え、状況として、二重位相差に含まれる整数バイアスが正しく決定され、従って「衛星-受信機間の距離の、受信機間の差の、衛星間の差」(ここでは「二重距離差」と呼ぶ)が正しく求まっているとします。二重距離差から基線ベクトルが求まるのかどうか、空間的イメージで考えることは困難で、文献調査もまだまだですが、とりあえず数値実験などにより、以下の手掛かりを得ました。
- 衛星が無限遠にあるという仮定を置いた場合は、こちらの理論(※1)により、4衛星から作られる3つの二重距離差と、受信機から各衛星を見る単位視線ベクトルを用いて、基線ベクトルが求まる。その単位視線ベクトルを求めるのに、もし与えた基準局座標を用いるなら、それが基線ベクトルに影響する。ただし衛星が無限遠と仮定する時点で、基準局と移動局の位置の差による単位視線ベクトルへの影響は無視しているわけだから、基線長が数十mもあれば、受信機の座標は単独測位結果を用いれば十分ということになろう。
- 衛星が無限遠にあるという仮定を置かない場合について、二重距離差から基線ベクトルを求める理論に関する資料はまだ探せていない。とりあえず簡単な数値実験(移動局や衛星を無作為に配置して、二重距離差の残差平方和の最小化により基線ベクトルを求める)をやってみたところ、
- 4衛星から求まる3つの二重距離差だけでは、基線ベクトルは不定のようであった。
- 6衛星から求まる5つの二重距離差だけでは、基線ベクトルは不定のようであった。
- 7衛星から求まる6つの二重距離差があれば、基準局座標を用いずに基線ベクトルが求まった。しかし現実にはいつもそれだけの共通衛星を利用できるわけではない。
- 現実には、上記のように「整数バイアスが正しく決定され」という仮定を置く前に、基準局座標は整数バイアスの決定自体に影響してしまうと予想される。例えば高須(2007)の観測方程式(A.4.4)において、未知数は移動局受信機の座標と整数バイアスとされているから、二重距離差ρ_ab_urは基準局座標を用いて計算されるものと予想される。RTKLIBのマニュアルp.164にも、幾何学的距離ρ_s_rの計算のために、基準局座標として事前に決められた値を用いる旨の記述がある(※2)。よって基準局座標はFLOAT解に影響し、結果的に整数バイアスにも影響し得ると考えられる。
- RTKLIBのRTKPOSTに対応するCUIソフトRNX2RTKPを使って、与える基準局の座標値に対する基線ベクトル推定結果の感度分析をしたところ、基準局座標が大きく変われば基線ベクトルにcmオーダーの差異を生じ得ることが確認された(別記事に執筆した)。
まだまだ一般的なことを語るには資料も知識も足りませんが、
現時点での暫定的な結論は「上記の命題が成り立つような実装も理論的には可能かもしれないが、現実には成り立たないことが多いと思われる」です。つまりソフトウェアに入力する基準局座標は、単に求まった基線ベクトルに足されるだけの存在ではないようです。
RTKの処理はリアルタイム一発勝負なので、♪少しのズレも許せない(精度にこだわる)場合は、基準局座標を最初から極力正しく与える必要があるようです。
引き続き勉強・加筆予定です。
※1 コードによる擬似距離を扱ったページですが、基線ベクトルの求め方については、搬送波による測距の場合も同じことが言えるはずです。
※2 ただしρ_ab_urの計算時に基準局座標を使っていることを、ソースコードで確かめられたわけでは、まだありません。