汚れちまった哀しみに | Sun Of No.19

Sun Of No.19

Fxxk-OK CITYにて
バンド・博多MORNING☆STAR/ReveRのSingerとして活動する
HEADのblogです☆

今日はお休みでした。
_夕方、友から譲り受けたアコースティックギターを感情的に掻き鳴らしつつ、一瞬だけ、いつかインスピレーションとして受けていたメロディを思い出した。
サビだけだったが、新たにBメロまでついて。

それ以外は寺山修司さんの作品を観たり、一人で買い物に出掛けたりね。


_先日、とある切っ掛けから、家のキッチンにある木製の家具を一蹴して打ち壊してしまいました。
反省するのは勿論ですが、それほどまでに感情的に高ぶった自分に驚いたのも事実です。
買い物では、恐らく個人的に買うのは初めてではないかと思うのですが、釘と携帯サイズのハンマーを買い、責任を持って修理する事に。
日曜大工などと仄々したものではありません、魂の修繕をすると言うニュアンスに近い。

余談ですが、昨日今日と観ていた寺山さんの作品も、やたら色んなものに釘をトンカチするというものでした。
ふと、その映像が頭を過りつつも、木工用ボンドと釘を使って何とか修理する事ができました。

今日から何かを思い立って始めるなら、先ずは自分で打っ壊したものを直してから、そう思っていましたからね、無論、充実感とか達成感とか、この件に関してはそれ以前の問題ですよ。

良い楽曲を作曲し、どれだけ表現力豊かに歌って魅せても、やはり人間的な部分が成っていなければ、、、そう言った部分にも当てはめて言える事だと思いますね。


或るSNSに書いたけど、
『過去に対して、強がりでなくマジに堂々としてられるか?
男の子同士のケジメとして、信念を貫いて去って行った人達に顔向けできないようでは生温い。
生半可じゃ嗤われる。』

今日の日めくり。

どれだけ正しい事であろうが、それを相手に論理的に説く事ができないと理解してもらえないどころか、人間性すら疑われることもある。
これまで共にバンドをやってきたメンバーと活動してく中で、リーダーとして、その部分が足りないと感じて勉強してきて、まだまだ活かせてないですね。まだ始まったバカリだからしょうがない?、いえいえ、そうも言ってられない、だから生半可じゃ嗤(わら)われるのです。

かといって、折角のこの機会と大事に思うあまり、自分の視点や意見を捻じ曲げてとりあえずで進んでしまうのも然り、信念を持って臨まなければ、ホントにオレは今まで一緒にやってきたメンバーたちに顔向けできませんよ。
ヴァリモアのメンバーに対してもそうだと思うし、彼らもまた己の信念ってヤツを持った人たちだと思います。
そういう人間が集う、単純に言ってしまえば何か格好はいいのですが、集うのみならず共に何かを創り上げようとするならば、それは容易なことではありません。

生半可では嗤われる、それは芸術的な面だけでなく、特にそういった部分に対しても言える事なんですよね。



_壊した家具って実は椅子だったんですけどね、もともと調子悪いとこもあったんですけど、そこも多少良くなったみたいで、少しだけホッとしています。

不良品だろうが、使い込んでガタがきてようが、壊れてしまおうが、直せばまた座れるんですよね。

間違った事はしない、言わないに越した事はないし、壊さない壊れないの方がいいんですけど、大事なのはその後ですよね。
言葉ってのは便利なようですが、そうじゃない部分もあって。最初はそれでOKだった部分も段階踏んでくとあーだこーだと言っても通用しなくなる、それでもあーだこーだと続けるならメッキが剥げてくる、その時こそ行動で示さなければならない。

マジで。