人は悩むと、つい理屈にとらわれて物事を決めようとしてしまいます。
それは自分の決断に対して保証や保険が欲しいからです。
自分の今まで積み重ねてきた経験で物事判断するときには、なかなか理屈は通りません。
なぜならば自分の考えが百パーセント正しいのだと言い切れる人間などそうそういないからです。
そして、理屈にとらわれると、つい些事を理屈に沿わそうとしてしまいます。
確かに理屈は大事だと思いますが、それと(習練されつづけた)自分の中の考えやとがぶつかったときは、
そのどちらも同じ分だけ大事だと考えて、理屈にとらわすぎないことを大事に考えねばなりません。
人間は必ず間違えます。
しかし、理屈の方も通用しなくなります。
なぜならば、理屈というのは時の流れと共に、そぐわなくなることもあるからです。
理屈も自分の考えもどちらも大事です。
流れという物の中で自分たちは生きていて、その中で生きている人と共に会社はあります。
それはつまりは、環境と共に自分達もあらねば、たちまち取り残されるということに他なりません。
気が付くと自分たちが立ち止まっていて時代についていけないことになってしまうのです。
理屈を得たうえで、自分が感じている何かに違和感があるときは、必ずその正体に対して逃げず、深く考えて、その違和感の正体をそぎ落とせば、何かしらが分かってくると思います。
そして、その中で、些事や決めつけは大きな度量でもって、受け入れてみて、育んでいくということが大事です。
そんなことを今年は多く教えてもらいました。
自分の甘さも多く。それこそ、習練の足りない感情の問題も多く見出すことが出来ましたが、
そんな甘さも何もかも含めて、今年は大事な年でした。
年末の最後の最後に、自分の考えを信じて大丈夫と、教えてくれるような出来事がありました。
私は運がいいです。
ですので、自分を失いかけても、心がくじけかけても必ず取り戻させてくれる出来事があります。
運があるので、常に人に感謝でき、選択のミスがあっても学ぶきっかけになり、年々先にそれを肯定してもらえます。
これは、本当にありがたいことです。
運がいい時は、他人様のおかげ、運が悪い時はたとえ自分に関係がなくとも自分のせいであると腹を繰るることが出来れば、どんな時でも前に向かって進めます。
そして、感謝の気持ちと懐の深さこそ、情理を陵駕出来るものだと思います。
大きな気持ちで、来年に臨もうと思います。
今年はもうちょっとだけ年末にブログは更新したいと思いますが、人の決断と自分の決断に触れることが多いこの数週間に自分はまた大きく成長するきっかけを頂いた。
自信もちょっとだけ得た。
これからも変わりながら、変わらず進みます。
うちの会社はやはり最高であると思います。
新しい風は吹き始めています。
過去ではなく未来に思いをはせたいと思います。
分かるようにここでは書けないのは残念でもありますが。
きっと、わかってくれる人にわかってもらえるでしょう。