かぁちゃん。 | 伊達と酔狂とRRJ!橋満克文(RRJグループ代表)

伊達と酔狂とRRJ!橋満克文(RRJグループ代表)

2004年に、株式会社アールアールジェイを起業して、サバイバルを続けてきました。
Still Run!まだ走る!まだ経営を続ける!
自分の経営者としての向き合い方について書かせていただいております。

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自分は母親に甘えさせて貰った記憶は一度しかない。

幼稚園のときに、ハンカチを同級生に奪われて、焼却炉に入れられた、自宅に帰って、悔しくて、母に涙を見せた。

かあちゃんは、僕の頭をなでた。

親父は、弱い僕を殴った。

かぁちゃんはそれ以降、僕を甘やかすことは無かった。

しかし、それは母が厳しいからとか、キツイ性格だからと言うわけではない。

病気だったからだ。

僕は幼稚園の頃から、一人で何でもするようにせざるを得なかった。

お好み焼きの焼き方を覚えたのも、米の炊き方を知ったのも、誰かの見よう見まねだった。

母の出来ない部分を、近所の人が支えてくれたから何とかやってこれた。

それは母の人徳だと思う。

もの心がついた頃から母は病院と自宅を行き来してのだから。

僕が甘える事が出来なかったのは当然のことだと思う。

中学になって母親の体調が落ち着いて、それからしばらく穏やかな日々が続いた。

わずか10年も無い、かぁちゃんの体調が穏やかだった日々だった。

大学に行ってから、かぁちゃんが再び病気になった。

病名は癌だった。

家系的には癌ではないので、恐らくストレスから来たものだと思う。

しかし幸い早期発見ですんだ。

僕が上京して、すぐに、病気が再発した。

それから母は病気と闘い続けている。

僕の背中には常に母が居た。

甘えることなんて出来る訳が無い。

絶対負けるか!

自宅で意味無く叫ぶ事があった。

金が全てじゃない。けど金が欲しい!

そう願う事があった。

今の僕があるの母のお陰。

それだけは言える。

かぁちゃんの事を書こうと思ったけど、これ以上は止めた。