僕が挫折したときの話。
自分が覚えている限り最大の挫折は、無職になった時だ。
面接に行っては、落とされ、また別の面接を受ける・・・・
って流れは確かに堪えたが、本当はそこじゃなくて。
夢を持てなくなった事が挫折の根源だった。
生きるために、守るために、働かなくてはならず。
けど、自分の希望とは明らかに違う道を選択するしかなくて。
夢を持てると言う事自体が、実は結構贅沢だったりするんだなーとすごく実感した。
それから、沢山の意に沿わない選択を繰り返しながら、30歳を超えて。
33歳のとき。
中学二年のときに自分が目標にしてたこと。
僕は一応は叶える事が出来た。
けど、つぎはぎして、なんとか、かんとか、傷だらけで叶えれた。
大学時代に叶えたいと夢見たこと。
やっと見えてきた。
そのために我慢したこと、犠牲にしたことありますか?
そう言われたら、僕は「ある」と答える。
その犠牲は誰が強いたものですか?そして誰を恨みますか?
そう言われたら、僕は、自分で好んで、そうやったと答える。
自分はカッコウつけていると思いますか?
そう問われたら、当然、カッコウつけると言う。本当はきつくて、恥ずかしくて、情けない自分を知っているから。
夢は誰が叶えたと思いますか?
そう聞かれたら、僕は、人に叶えていただいたと答えざるを得ないです。
実際、自分で叶えたことなんて、何一つ無いなんだから。
ここまで書いて。
何が言いたいかと言うと、夢を持つと言うことはそれだけですごいことで。
それをあきらめても決して恥ではない。
しかし、叶えたいと願うのであれば、人を動かすための努力や自己犠牲、決意がきっと必要なんだと思うと言いたかったのです。
偉そうに何言ってんの?って感じる人は読まなくていいです。
そういう人の為に書いているんじゃねーからさ。
受け取って欲しい人に、届いて欲しくてここに書いている。
諦めたら夢は終わり。
それは本当にそう。
けど、諦めないから夢が叶うわけじゃないし、努力したから叶うわけでもない。
人生は不公平。
そういうもんです。
平等なんて幻想、それを獲得するにも戦いなんだ。
夢は明らかに、これは前向いて進んでいる!なんて感じながら叶えるものじゃなく、夢中になりながら、きっと知らない間にええええ?と振り返ったら、そう言えば、これって????
と感じるものだと思う。
もしくは、痛い、痛いよー、と言いながら、けどな、と泣きながら、悔しさや、厳しさに苛まれながらそれでも一歩進むんだと進むものではあるまいか?と思ったりする。
僕は少なくとも後者の方法で今も進んでいるような気がするのです。
この道を行くなら、傷つくことから逃げちゃダメだし、立ち上がることを拒否しちゃだめだ。
夢は叶えるものじゃなくて、感じるものなのかもね・・・。
そう考えると、結果も大事だけど、結果だけじゃない何かがそこにあって。
誰かに卒業とか、おめでとう!って言われながら掴める物だけが夢じゃないなんじゃないかな?
人生には卒業式も、入学式も無い、あるとすれば生と死なんだから。
自分の夢に責任を持つのは、自分だけだし、自分で叶うか叶わないかは決めれば良い。
挫折は必ずしもマイナスじゃなく、始まりを意味する大事な事だと決めることが出来たら、ほら、きっと一歩踏み出すことは難しいことじゃないやろ?
挫折の価値は自分で決めればいいよ。
けど、それを決めることから逃げんなよー。
まーた、支離滅裂なこと書いちまった・・・・。ま、いいか。