フランスの考え方で、noblesse obligeと言うものがある。
ノブリスオブリージュ
アニメ「エデンの東」で少し有名になった言葉だが、この考え方が僕は嫌いではない。
(ちなみに俺もエデンの東を見るまで知らなかったので偉そうに書いて申し訳ないんだけど・・・)
これはもともとフランスの貴族や上流階級の義務を意味する言葉。
身分の高い者はそれに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務があるという意味。
つまり貴族などの特権階級は、それに奢ることなく、民衆に対して慈愛の心を持って接し、行動しなければならないと言う意味である。
けど、この言葉、時代も変わって、これだけ格差社会が進んでしまうと、意味合いは変わると言うか広がっていると思う。
世界を覗くと自由競争と、平等が対立軸になりつつある。
金儲けが一番大事なのか?
平等性を持つことが大事なのか?
過度な競争を生み出しのは投資と言う概念。
金出すから働け、そして俺を儲けさせろ。
この考え嫌いである。
だからって、社会主義も問題がある。
平等すぎると、怠ける人間が出てきて、不公平が生まれるのも事実。
ノブリスオブリージュとは、貴族階級がある程度の道徳心を持ち、問題が起きた時に、民衆に手を差し伸べる考え方だった。
日本で言うと上杉謙信がそれに近い考えを持っていたのかも知れません。
そして、現代、僕らはそういう特権階級を打破し、身分制度をある程度克服した社会に生きている訳で、その中で僕らの社会が持っているノブリスオブリージュとは、みんなが持たねばならないものかもしれない。
余裕のある人は、その余裕の範囲で、社会の為になることをやりましょうというのが現代のノブリスオブリージュかなと思う。
難しく書いちまいましたが・・・・・
真面目に頑張っている人が転んでたら、いわれのない状況で抜け出せない人が居たら、余裕がある人は手を差し伸べてあげてよ!って事なんだよね。
ま、ちょい説教くさいブログですみません。けど僕も出来てないんです全然。
けどね、僕はきっとそういう方向に進んでいくと思う。
社会が停滞するのではなく、いい方向に向かって行ってくれないと会社も儲からないからね。
それとやりたくない人は全然やらなくていいとも思う。
ボランティアってのはあくまでも余力で行うものだと思う。
けど、問題に対しては関心を持ってて欲しいと願う。
自分たちがいつそういう状況になるか分かんない。
そんなことを思いながら、会社とボランティアが互いに共存共栄出来る方法がないかなと思っています。
これがこの先5年先の僕のテーマかもしんない。
最後に、うちの連中が支えてくれているから僕はこんなことまで考えることが出来るのだ。
感謝。
有名ではないが胸を張れる会社を創る!