下立売通智恵光院西入にある平安宮一本御書所碑です。
平安宮にあった建物。
平安宮内裏の東にありました。
世に流布している書物を一本ずつ書き写して保管していたところであるといいます。
平治元年(1160年)、藤原信頼、源義朝らは、後白河上皇の乳父で権勢を奮う院近臣・藤原信西の排斥を求めてクーデターを起こし、院御所・三条東殿を襲撃して後白河上皇とその同母姉・上西門院を捕らえ、平安宮一本御書所に軟禁。信西を討つと臨時除目を行い、義朝の嫡男頼朝を左近衛権佐にするなど、思い通りの政治を行おうとします。平清盛が熊野詣から引き返してくると、平安宮内裏にいた二条天皇は清盛の六波羅邸に行幸して信頼・義朝を見捨て、後白河上皇も仁和寺に逃亡。信頼は仁和寺にいる後白河上皇のもとへ出頭して助命嘆願するも斬首となり、義朝は逃亡するも尾張で討たれました(平治の乱)。
平安宮一本御書所跡碑;京都市上京区下立売通智恵光院西入