桜井にある戒重春日神社です。

 

 

古くは長田(おさだ)宮と呼ばれていた社。

敏達天皇の訳釈田(おさだ)幸玉宮跡の伝承地となっています。「日本書紀」によれば大津皇子(天武天皇第三皇子)は磐余にある訳釈田の自宅で死を賜っており、この地は大津皇子自害の地とも伝承されるようです。

南北朝時代、この地に南朝方の国人・戒重西阿により戒重城が築かれます。天正8年(1580年)、戒重氏は織田信長に攻められて城を明け渡しました。関ケ原後、織田長益(有楽斎/織田信長の弟)が大和国で3万石を受け、四男長政が戒重藩初代藩主として戒重城跡に陣屋を構えます。戒重藩7代藩主・織田輔宜のとき芝村藩となっています。

 

 

拝殿。

 

 

本殿。

祭神は、天児屋根命、天太玉命、武甕命、比売命。

 

 

 

戒重春日神社;奈良県桜井市戒重557