一条通七本松西入るにある宥清寺です。
本門佛立宗大本山。
延慶元年(1308年)、日蓮宗の中老僧(日蓮宗開祖・日蓮の6人の直弟子)の一人、日弁が布教活動のために上洛。日寿(藤原定家孫)を折伏して弟子とし、藤原定家旧邸を寺に改めて青柳山本門寺としたのが始まり。本門寺2世は日寿が就任。応仁の乱で焼失して丹波亀山へ避難。慶長4年(1599年)、帰洛。元禄7年(1694年)、比叡山延暦寺の末寺であった宥清寺を入手して移り、青柳山宥清寺と改めます。文久3年(1863年)に日耀が入滅してからは荒廃しました。明治2年(1869年)、日扇が復興。昭和8年(1933年)、現在地に移転。昭和22年、本門佛立宗大本山となっています。
本堂。
本尊・十界曼荼羅を安置します。
境内の桜。
宥清寺;京都市上京区一条通七本松西入る滝ヶ鼻町1005-1