明石にある明石神社です。

 

 

明石藩9代藩主・松平直常が、徳川家康、松平直良、松平直明を祀って創建した社。

明石藩は初代藩主・小笠原真忠以降、戸田松平家、大久保家、藤井松平家と目まぐるしく藩主が入れ変わります。天和2年(1682年)、越前大野藩より転封されて明石藩8代藩主となった松平直明以降は、幕末まで越前松平家が明石藩主を勤めました。明石藩9代藩主・松平直常のとき、自身の高祖・家康、祖父直良、父直明を祀ってこの社が創建されました。江戸時代は藩主の参拝しか認められていませんでしたが、明治4年、一般に公開されました。

 

 

拝殿。

 

 

本殿。

祭神は、徳川家康、松平直良、松平直明。

松平直良(1605~1678)は越前大野藩3代藩主。越前福井藩初代藩主結城秀康(徳川家康次男)の六男。母は側室津田奈和。慶長12年(1607年)、父が死去、長兄松平忠直が福井藩2代藩主となります。元和9年(1623年)、忠直は乱行を理由に配流となり、次兄松平忠昌が福井藩3代藩主となるとともに、福井藩は弟たちにも分割されます。寛永元年(1624年)、越前木本藩主。寛永12年、越前勝山藩主。正保元年(1644年)、越前大野藩主。延宝6年(1678年)、死去。

松平直明(1656~1721)は大野藩4代藩主、明石藩8代藩主。大野藩3代藩主松平直良の三男。母は側室橋本布利子。兄2人は早世、父が没すると大野藩主となります。天和2年、明石藩7代藩主本多忠利が悪政を敷いたとして転封、直明が明石藩に転封となります。享保6年(1721年)、死去。

 

 

明石城太鼓。

かつて明石城太鼓門に置かれ、約250年間、城下に刻を告げるために用いられてきた太鼓。とき打ち太鼓と呼ばれました。明治維新後、明石城が廃城になった後、こちらに移されたそうです。

 

 

 

明石神社;兵庫県明石市上ノ丸1丁目20-7