WBSのトレンドたまごで紙の急須と茶の葉という商品が紹介されていた。
ぶっちゃけ、何がいいのか全然分からないが、急須で入れるお茶の良さとか何とか謳っていても、結局は奇をてらったギフト狙いなんだろうなと思った。ギフトをもらうとしても私なら数種類のお茶を飲み比べできるティーバッグの詰め合わせの方がありがたい。普段から日本茶も含めていろいろなティーバッグでお茶を飲んでいる。
リーフティーの場合はティープレスを使う。日本茶でもティープレスだ。いわゆる丸い形の急須は持っていない。
スタジオでのコメントも「熱くならないんですか?」とか「カラーバリエーションがあるといいですね」とか、とりあえず何か言わなければ的な無難なものばかり。
ターゲットとなるペルソナが想像し難いのだ。
恐らく、この商品を自分用に買う人はまずいない。紙の急須に300ml分の茶葉で1000円以上する。いちいち紙の急須を組み立てるのは面倒だし、値段的にも不経済だ。普通の急須を買って、いい茶葉を別に買う方が、どう考えても当然の選択肢だ。そもそも、お茶に興味があったり、こだわりのある人は急須を持っている。
もらう方はどうだろう。急須を持っていない人の家にお湯を沸かすポットがあるだろうか。きっと、持っていないケースの方が多い。その場合、もらった人は鍋でお湯を沸かす、もしくは若かりし頃の私のようにマグカップに水を入れて電子レンジで沸かすなどの手法が考えられる。もしそうなら・・・そのままティーバッグを入れたい。
そこから組み立てた紙の急須にこぼさないようにマグカップからお湯を注ぐのは結構難しい。この一連の作業で淹れたお茶が心を豊かにしてくれるかどうかも疑わしい。
もし若かりし頃の、急須も湯沸かし器具も持たない私がこれをもらったら、面倒くさくて放置する。そして、消費期限が切れて捨てる。
もし、今の湯沸かしケトルもあり、ティープレスもある私がこれをもらったら、茶葉だけありがたく利用し、美味しいお茶を淹れる。紙の急須は・・・どうしよう。一瞬だけ子どものおもちゃになるかもしれない。
幼い頃、ちょっとした事情で私は母方の祖父母の家にしばらく預けられていたことがある。2〜3歳の頃だ。祖父はまだ現役で仕事をしていたので毎日出勤していたが、祖母はすでに引退していて、近所の茶飲み友だちと午後を過ごすのが日課だった。
近所のおばさんたちが3〜4人集まって、お菓子やお漬物を食べながら、お茶を飲み、他愛のないお喋りをする。私も祖母に連れられて行っては、一緒に煎茶や玄米茶を飲んで、沢庵を齧っていた。
その後も夏休みは毎年1ヶ月ほど両親から離れて祖父母の家で過ごし、中学生になる頃まではこのお茶会にも参加していた。
今思うと、その頃、まだ若かった両親に体よく家から追い出され、彼らは夫婦水入らずの時間を満喫していたのだろうと思うが、私にもいい思い出しかないので、いい子供時代を過ごさせてもらったと感謝するばかりだ。
私の母は専らコーヒー派で、午後に友だちとお喋りをするなら、そこにあるのはブラックコーヒーだった。日本茶は食後に飲むことが多かった。その影響で私も高校生ぐらいからブラックコーヒーを飲むようになり、その習慣はいまだに続いている。親の影響というのは意外と大きい。
学校から帰って夕方の時間で家にいないとき、母は大抵、お向かいのおばさんのところでコーヒーを飲んでいた。母は自宅で保険の代理店をやっていたので、昼間は集金などで出かけることが多かったが、時間が空くと息抜きにお向かいに行くのだ。そういうとき、私も『しめた!』とばかりに便乗し、コーヒーとお菓子にありついていた。お向かいのおばさんの淹れるコーヒーは美味しかった。
母にはもう一箇所、コーヒースポットがあった。そこは私の幼馴染の家でもあったので、私も幼い頃はよく遊びに行っていたが、コーヒーを飲む歳になると学校や外で一緒に過ごすことが増えて、家を訪れることは稀になった。
幼馴染のお母さん(私の母にとっては友人)はサイフォンでコーヒーを淹れていた。サイフォンというのは、とにかくプレゼン力が圧倒的に強い。時折ご馳走になったコーヒーはいつも特別ですっきりした味わいだった。
大学に進学して一人暮らしをするようになってから、家でコーヒーを飲むことはなくなった。自炊もほとんどしなくなって、冷蔵庫には水とビールとヨーグルトしか入っていなかった。
プチ贅沢で、1限が入っていないときは、大学の近所の喫茶店でモーニングを食べていた。あとはドトール。
就職後もこの習慣はあまり変わらなかった。相変わらず自炊はしないし、コーヒーの需要は喫茶店とドトールで満たしていた。タバコを吸うようになっていたので、喫茶店に入る頻度は以前より上がっていたかもしれない。
そんなとき飛び込んできたのが、「スターバックスとか言う、アメリカのコーヒーチェーンが上陸したんだって!」というニュース。「これはぜひ試してみなければ!」と、当時の職場があった日比谷から銀座松屋通りまで昼休みに歩いて行った。
たかだかコーヒーショップに長い行列ができていて、それだけで挫折しそうになったが、同僚も一緒だったのでそのまま並んだ。入り口に「コーヒーの香りを楽しんでいただくため禁煙です」みたいな注意書きがあり、再度、挫折しそうになった。当時、コーヒーとタバコはセットのようなもので、タバコの吸えない喫茶店は存在しなかった。無論、分煙などもない時代だった。喫茶店は煙でモクモクしているのが当たり前だったのだ。
『でも、ここまで来たのだから仕方ない。このまま並ぼう。この暑い中、私は何をやっているんだろう。』
ようやく順番がまわってきて、私はエスプレッソをダブルで頼んだ。エスプレッソの店だと聞いていたからだ。いつもブレンドしか頼まない私にとって、「ダブルトールラテ」なんて異次元の飲み物だ。(当時はイタメシ全盛期だったので、エスプレッソには多少馴染みがあった。)
小さい紙コップでエスプレッソを手渡されたとき、私は「もう、ここには絶対来ないだろう」と思った。
だって
- 香りを楽しむとか言ってるのに紙コップ(タバコ吸えない)
- ドトールは半額以下の1杯150円でちゃんと陶器のカップで出してくれる。(タバコも吸える!)
- とにかく、たかがコーヒーのために並ぶのはもう嫌だ
その10年後、私はすっかりスタバ中毒になっていた。
タバコはやめていたし、アメリカに来てドトールもなくなった。自宅でドリップコーヒーを淹れるようにはなったが、『グランデ・ディカフェ・ソイラテ・バニラフレーバー』はスタバで買った方がおいしい。紙コップにも違和感を覚えなくなった。
人間ってそんなものだ。
今の私には紙の急須でお茶を淹れる需要が全く理解できないが、もしかしたら10年後ぐらいにはそれが当たり前になっているかもしれない。(多分、そうはならないだろうとやっぱり思っているが)