期待しなかった誕生日に満たされまくり
6日は私の誕生日でした。夏休みに入り、毎日喧嘩ばかりする子供達にイライラガミガミヒートアップして自己嫌悪やら疲れていた中での誕生日。朝からサッカーのクーリング、お茶当番で相変わらずバタバタな1日の始まり。ただ、私なんかのために忙しいのに、忘れずおめでとうのメールしてくれる大切な人たちに満たされてた😭歳をとるたびメールが億劫になるから余計に申し訳なく感謝の気持ちでいっぱい😭昼は私が当番で不在だからか、旦那さんがソーメン作ってくれて、食器まで洗ってくれて。←普段は全く家事しない九州男日焼けして疲れて昼寝したいなと思って、次男を寝かしつけてても、なかなか寝ようとしない次男含め3人を連れ出してくれて、なんと日曜昼間から昼寝。1時間くらいかな。帰宅した夫に守り大変だった?と聞くと強気の「ぜんぜん!」の返事。後で息子に内緒で聞くと「父さん、怒ってばかりだったよ。」と大変さが伺える(笑)😁夜は昨日自分ご褒美に買ったステーキ焼いてケーキ、シャンパン買ってきてくれていただきました。息子からはこんな可愛いプレゼント❤️せんたく以外全て無限に使えるらしい(笑)いつ使うのか、毎日聞いて来る。可愛いなあ。料理は余裕あるときに頼むわ(笑)で、去年はね。自分の中で「自分の誕生日なのに」って気持ちがあったかもしれない。だから、態度にも出てたと思う。今年は期待せず過ごせることができたからか、幸せしか感じられなかったな。話が脱線しますが、、、私は8月6日の広島原爆投下日に生まれた。誕生日の度に8時15分に黙祷をしてきた。母や兄たちは毎年忘れずメールしてくれる。今年は母に「暑い中産んでくれてありがとう」と普段は言えないメールをした。母から「本当は私は終戦記念日に産まれる予定だったんだよ。平和の日になったね。いつまでも平和が続きますように、、」って返事がきた。広島原爆投下日に生まれた私は、小さい時から戦争を意識し身近なものに感じていた。祖父から話を聞いたり、ビデオ見たり。祖父は戦時中シベリアにいた。捕虜にあい、寒さのあまり亡くなった兵士の遺骨を昔は持って帰ることが出来なかったため、石けんをくり抜き石けんの中に遺骨を忍ばせ命がけで日本に帰り遺族に届けたことを教えてくれた。あの時代を、必死で生き日本を支えてくれた今の我慢強い謙虚なお年寄りがいるから今の豊かな日本はある。お年寄りに対して敬意しかない。話してても為になることばかり。看護師の道を選んだのは祖母や母の影響はあると思うけど、自然と老年看護が好きになっているのにもきっと生まれたあの日から、決まってたのかもしれないな。