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妻の食事療法の記録と記述

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今日一日なんとかやり過ごした。

朝のスムージーに始まり、排便はなかったものの、冷静に浮き沈みもなく

スーパーマーケットの仕事を遂行。
家に帰ってから、アボカドとこんにゃくごはんに米粉ルーを入れて二杯食べる。
やはり知らずに寝てしまう。

脳内ホルモンの神経ペプチドのオレキシンが止まってしまったか。
血糖値が上がったからだろう。やばいな。
机に座ったまま、野菜の本を斜め読みしながらよだれたらしながら、
夫からの電話コールで目が覚める。何やってんだ?私、とハッと我に返る。

救いなのは夫の毎日の電話コールなのだ。

夫のコールは今の私にとって、いや過去も未来も、天使のようなコールである。
感謝という言葉しか浮かばない。

そしてたまりにたまった私の心の中の形になっていないものが

言葉で出てくる、私は承認欲求が強くて苦しい!

子供時代に上手く承認欲求を満たされてこなかった人は大人になってこの欲求が強く出る傾向があり、自分の行動するにあたって弊害が生じるとか。

それとは別に、

私は大学を受験をしておちてしまったのだ。農学部or薬学部に行きたかった~!

妹は希望の大学に合格できず浪人をして医者になりおった。

親は私を浪人させたくなかったとか。受験シーズンに二度も原因不明の病気になって一度は全身蕁麻疹で救急搬送されてステロイド注射ではなく、点滴でチアノーゼ状態になり、大ごとになり、きっと、この娘の受験はこりごりだと思ったのだろう。

ごめんね、お母さん。

それにしても、勉強をもっとして専攻を持ちたかったな。

私の家庭では大学なんぞ行けるわけないし。

きっともっと植物のことを知って今よりずっと植物を見るときの範囲が広がっていただろうと想像することがある。

それに、仮に野菜の先生やるときでも大学の専攻をしているか、そうじゃないか、では皆の評価が違うから。当然と言えば当然だけど、今どれだけか勉強したとしてもまだまだ学歴社会では学歴がない人は取り残されてしまうのだろうし、私自身が学歴がある人の方が社会から承認される、と根強く信じているのだと思う。

今日の問題定義は、

こんなに承認欲求が強い私が今の状態で何か一生懸命やったとしても、
自分のというより、周りの人の評価が基準になってしまうので、本来自分がやっていきたいことと周りの人が要求していることとかけ離れていく危険性が大アリで、

そして今回のようにストレスとか過剰な働き方とかで体を壊してしまう。

体を壊すだけでなく下手をすると周りを恨んでしまうという最悪の状態を招くケースの可能性がある。

だから、私はこのまま今の計画をすすめていいのだろうか、

と立ち止まって考え直す必要を感じたのだ。

ぐうたらでもいい、ふてくされでもいい、まず自分に聞いて、本当に自分がしたいことなのか、やっていきたいことなのか?どんなことをしていたら無心になっているのか。しばらくの日数やってみればいい。

当分の間、勉強は?単純に私は勉強が好きなのだから、家族や社会に弊害が出ない程度に続ければいいと思った。そして、仮に野菜を教える立場になったら、学がある人の力をお借りして助けていただければそれで万事うまく収まる。

そして、病中だから夫から食べるな!と止められたのにもかかわらず、夕方から喫茶店のアルバイトに行く前にまるちゃんのタヌキそばを食べてしまった。

さすがにおつゆは残したけど、

美味しかった~。

夫へ、

嘘ついてごめんなさい。