こんばんは^^
前回の「私がCAになるまでのストーリー」続きです。
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その後、飛行機に乗ることは数えるほどだった。
高校時代に沖縄へ家族旅行。
そして修学旅行の長崎ハウステンボス。
大学へ入学する前はこれくらいだった。
周りに航空会社に勤務する人もいなかったので、客室乗務員という仕事への興味も全く沸かず、相変わらずの田舎暮らしをのんびりと送っていた。
高校時代も、大学時代も、「将来何になりたいか」と聞かれたら、うーん、と考え込んでしまうタイプだった。
特になりたい職業や憧れもなかった。
東京へ行動範囲を広げたのは大学の時。
ようやく電車通学が始まった。
高校時代は、片道40分くらい、自転車で通学していた。
正直、大学は一人暮らしを選ぶ距離にあったが、自宅から通学することを選んだ。
片道3時間程。
電車通学で、移動時間を有効活用するにはどうしたらいいか、いつも考えていた。
その癖は今も変わらない。
「この時間にこれを片づける」と考えて、時間内にどんどん終わらせたいタイプだ。
中学、高校時代は吹奏楽部に所属していた。
体育は一番苦手な科目。
保健の授業のペーパーテストでなんとかカバーしようとする、典型的な運動が苦手な生徒だった。
運動部の花形であるバスケ部の女の子たちがすごくキラキラしていて、まぶしく見えた。
大学に入学しても、高校時代の吹奏楽部の先輩後輩のつながりは続いていた。
演奏会の準備の手伝い、練習のサポートなどである。
高校時代の先輩が航空会社に入社したというのを、その先輩の同期から聞いた。
先輩は鉄道関連。
会社名はもちろん聞いたことはあったが、鉄道・運輸の会社に特に興味がわくこともなかった。
しかし、今の会社に入って、ばったり高校時代の部活の後輩に自分が乗務するフライトのブリーフィングデスクで会う。
まさか一緒のフライトだった。
学年は少し離れていたため、そこまで接点はなかったが、お互い覚えていた。
このエピソードに限らず、大学のゼミつながり、前職の会社が同じで既卒入社したメンバーなど、なんだかんだでつながりがあったりする。
大学時代、就活対策をしていたメンバーと、空港や客室乗務員のオフィスで実に10年ぶりに再会というのも何度もあった。
同じ業界内での転職も多い。
ちなみに部活の先輩は、今も航空会社にいる。
先輩のアドバイスがなかったら、今の自分はいなかっただろう。
仕事もでき、遊びも趣味もとことんチャレンジ、時々毒舌本音といった面白い、尊敬できる先輩だ。
もちろん顔も広い。そして話題豊富。
こういう人に人が集まるんだろう、といつも尊敬している。
先輩のエピソードを交えて、次は大学時代について振り返ろうと思う。
このあたりから少しずつ飛行機や空港に興味が出てきた時期であった。
-続く-