ビジネス留学生中継@US

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マサチューセッツ全寮制高校を卒業後、ビジネスのメッカ・バブソン大学を卒業し、財務経理のプロを目指す20代女子のどうでもいい奮闘日記

Amebaでブログを始めよう!
を読みましたよ。有島武郎の。

久々に読んだ純文学。

やっぱり活字には映像には無い面白さがありますね。


厳しい土地で生きる貧しい農民の描写が非常に具体的でリアル。

札幌で農学者を志していた有島だから書ける描写だったのではないかなーと思います。



タイトルの「カインの末裔」というのは、農夫であるカインが羊飼いの弟 アベルとともに神への捧げものをした時、弟の供え物のみが受け取られたことに腹を立てたことを端として、ついには弟を殺してしまう、という聖書のお話。



「この実の弟を殺したカインの心の中にあったものは、妬み・憎悪であり、人間は自らその心理を内に秘めていることを説いた。聖書では、人類はこのカインの末裔であり、罪深い心を生まれながらに持つことを聡し、信仰の大切さを説いている」と。



なるほど。




でも正直、人間の妬みだとか、信仰とかいうよりも、小作人としての貧しい生活と、当時の結婚生活の様子の方が読んでて興味深かったです。




「カインの末裔」は現代の結婚感覚がいかに「贅沢品」であり、豊かさが生んだ幻影であるかを教えてくれますね。





カインの末裔の主人公はね、入った金はすぐに酒に使っちゃうし、賭博はするし、奥さんが泣いてもイライラして暴力を振るうだけなのですよ。子供の面倒も全く見ないし、可愛がる様子も無いのにいざ子供が死ぬと、わーわー泣き喚くっていう。あと浮気ね浮気。


ま、男としては最低な男なのです。


カインを正当化するわけじゃあないんですが、一昔前まではこれが当たり前だったのに、たかだか100年ちょっとで現代の男の人は随分とハードルがあげられてしまったなぁ。


現代人はメディアのせいで何かと、結婚に対してやたら高い理想を抱いてると思うのですよ。イクメンであることを押し付ける妻と、壇れいのような家庭的な専業主婦を求める夫。

でも専業主婦という概念ですら、産業革命後に生まれたもので、それ以前の貧しい農民としての生活の上では、妻の労働も収入の上において欠かせないものでした。しかし農業において男の労働力のほうが生産性が高いので、夫は横柄に振舞うことが許され、妻は生きていくために黙って殴られ、黙って家事をし、黙って野良仕事をする。

産業革命がもたらした豊かさによってのみ、専業主婦というものが可能になった。そう考えると、男性はやっぱり「妻は専業主婦」というのを豊かな家庭の理想としているのかもしれないですね。

だけどそんな理想が当たり前だった親世代と比べて、今の社会じゃ正直専業主婦はきつい。しかもメディアのせいで、やたら結婚が理想化されている。だから結婚にも二の足を踏むし、恋愛結婚や婚活の今は低所得じゃ相手を見つけるのも難しい。


なんだかなー。



でもね、でもね、カインは最低なのですが、それでも夫婦の仲の「空気」みたいなのはちゃんとあるのですよ。

妻はおっとの心持ちが分るとまた長い苦しい漂浪の生活を思いやっておろおろと泣かんばかりになったが、夫の荒立った気分を怖れて涙を飲みこみ飲みこみした。仁右衛門は小屋の真中に突立って隅から隅まで目測でもするように見廻した。二人は黙ったままでつまごをはいた。妻が風呂敷を被かぶって荷を背負うと仁右衛門は後ろから助け起してやった。妻はとうとう身を震わして泣き出した。意外にも仁右衛門は叱りつけなかった。そして自分は大きな荷を軽々と背負い上げてその上に馬の皮を乗せた。二人は言い合せたようにもう一度小屋を見廻した。

なんだろう。別に愛でもなんでもないのかもしれないけれど、この二人の間の独特の空気がリアルに「夫婦」って感じで、私はこの表現好きだなぁ。

でも経済力のある現代の女性はこんな結婚するくらいだったらさっさと離婚するんでしょうね!笑


あと文学的表現でいうと、終わり方がすごく気に入りました。

二人がこの村に這入った時は一頭の馬も持っていた。一人の赤坊もいた。二人はそれらのものすら自然から奪い去られてしまったのだ。・・・椴松帯が向うに見えた。凡ての樹が裸かになった中に、この樹だけは幽鬱な暗緑の葉色をあらためなかった。真直な幹が見渡す限り天を衝いて、怒濤のような風の音を籠めていた。二人の男女は蟻のように小さくその林に近づいて、やがてその中に呑み込まれてしまった。

自然と飢えの無常さが絶妙に表現されていて、始まりとの繋がり方でさらにずどーんとなる。


お気に入りレベルとしては、星4つの小説でした!★★★★☆
こぶたちゃんです。

実に一年ぶり近くの更新 笑

もはや日記じゃなくて年記??(;´▽`A``



この一年、いろーーーんな事がありましたよ。



なのでサラ☆っと簡単にまとめておきます。



2011年1月 大学を休学し、日本での就職活動を開始

2011年3月 東日本大震災発生


1)面接受けや書類選考は抜群だが、SPIなどの筆記試験でダダすべり。

2)SPIの勉強を本格的に開始(特に数学)

3)やっと大手企業の筆記試験を受かり始める(いっぱい落ちたとこもあるけど・・・)

4)最終面接まで残るも中々決まらずもんもんとした日々を過ごす(商社の最終で散々いじめられる)

5)大手食品企業より内定を頂く

6)大手電機企業より内定を頂く

7)食品企業の内定を辞退し、電機企業の内定者研修に参加

8)社風や文化の違いに違和感を覚える

9)大手アメリカ系企業の財務経理インターンシップに応募する

10)毎朝4時に起きてエクセルを勉強した後出社。社風+トレーニング内容にガッツリ惹きこまれる

11)アメリカ本社出身の上司から本社採用の推薦をいただく

12)アメリカに戻る。大学での勉学再開。

13)アメリカの現地企業に履歴書を送り始める。音沙汰無し(笑)

14)インターンをしたアメリカ本社の採用が始まる。

15)アメリカ本社よりの内定ゲット!


2011年12月 大学卒業

2012年1月 コネチカットへお引越し



・・・自分で言うのも何ですが、私超ラッキー。



内定率が6割というこのご時勢、最終的に社風+トレーニング内容+ファイナンスのキャリア面で一番理想的な会社へ就職できた私は本当に恵まれているなーと思います。

自分でも本社採用になるなんて未だにビックリです。信じられません。(((゜д゜;)))

でもただラッキーというわけではなくて、ちゃんと自分が今までやってきた事が思わぬ形で実を結んだ、というのが一番うれしいです。



日本での就職活動を決行していなかったら、ボスキャリ頼みになって、今の会社に出会ってなかったし、

ちゃんとエクセルを勉強してインターンシップを勉強してなかったら、推薦をもらえてなかったし、

就職活動で色んな会社を見た分、最終面接で、この会社の何が好きかハッキリ自覚してアピールできたし。




神様はちゃんと、努力を見てくれているのかもしれないですね。(‐^▽^‐)

受かった会社より落ちた会社の方が全然多いし、へこむ事もいっぱいあって、この先どうなるんだろうって不安で仕方なかった時期もあるけれど、

世の中には色んな会社があるので、やっぱり能力だけじゃなくて合う合わないってあると思います。




合わないといえば、内定を頂いていた某電機企業の何が合わなかったというと、別に日本が嫌いになったとかいうわけじゃないのですよ。


成績証明書を会社に送らなければいけなかったのですが、海外から送るので時間がかかってしまうということで、指定封筒を使わず、直接学校から会社にれるよう、英語でのあて先を教えてくださいと聞いたところ、「いったん、ご自宅に送っていただいて、指定封筒を使って送ってください」との返答が。

英語でのあて先が分からなかったのかもしれないけれど、なんだか突き放した言い方だった上にあまり合理的で無い対応がひっかかってしまいました。


また、面接の段階では担当部署の配属面接を、9月に大学へ戻る前に個別に対応していただく、という形だったのに、結局後手後手になって、他の内定者の配属が決まった後、12月に私が帰国した時に改めて希望を聞いて面接をする、という事に。

・・・うそつき(TωT)

希望する部署が埋まってたらどうするのよん!!。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。


まぁ、ここまでは他の会社でも良くある事なのかなという事ですが、やっぱり極めつけは、「企業の学生に対する対応と、また将来の同僚となる学生の姿勢」かな。


言葉にするのは難しいけれど、なんだか学級目標のような事を繰り返されたり、学生側も自分の具体的なキャリアに対してすごく曖昧というか、無責任というか・・・。


財務経理のプロになりたい、というハッキリした目標のあった私にとって、精神論を振りかざすばかりで、具体的なスキルトレーニングが無く、「甘ちゃんで無責任な学生」として扱われるのは、どうしても納得のいかない事でした。


学生のうちから将来の職種を意識して勉強せず、職種面接も無いというのであれば、仕方の無いことなのかもしれないけれど・・・。


でも、やっぱり社員一人ひとりが自分のキャリアに責任と自覚を持って、企業もそれに柔軟に対応できる環境や仕組みを整えるというのが、一番合理的なシステムだと思います。

その仕事をやりたい社員がやるのが一番良いと思うんだけどなぁ・・・。

他にやりたい仕事があるのに、やりたくない仕事についてもやる気を出せって・・・どうなん?




・・・まぁ結局は、私がやっぱりアメリカナイズドされてしまったという事かもね!!★(°∀°)★




でも東京は大好きなので、さっさと出世してさっさと本社よりの配属で帰ろうと目論んでいます笑


ていうか引越しが大変すぎて、まだ仕事始まってないのにすでに帰りたいですwww




何が大変って、運転が大変。



私運転初心者なのに、コネチカットでは高速に乗れなきゃお話にならないので、

レンタカーを借りて半泣きで一人でドライブ。

怖くて怖くて、交感神経ギンギンなので、超つ・か・れ・る。

しかも時差ぼけですぐ眠くなるし・・・。

こんなんで出勤とかマジ仕事できるんだろうか・・・不安になってしまいます。

でもなんとか交通量が少なければ高速も乗れるようになったし、

車もいいのがあったので、

あとは慣れるのを待つしかないですね・・・。

問題は雪だな・・・。



でも英語も上達したし、

ボストンに頼れる人も友達もいるし、

何より本当に辛かったら帰れる場所があるし。



運転さえ克服したら何とかなるハズ!!



そしてクビになっても日本に帰っちゃえばいいわけですよ。

帰りたいということは、自分が幸せだと思える場所があるわけで。

それはそれで幸せな事だと思います。

というわけで、明後日からの初出勤!

緊張するけど、まぁクビにならないように適度に頑張ります!(・∀・)b☆
です。

えーだいぶ放置してしまいましたね・・・・。

正直ブログ自体を消そうかと考えたんですが、せっかく4年間もの歴史が詰まったブログ・・・。

読み返して恥ずかしくなるようなことも、消してしまうのは勿体無いと判断し、残すことにしました。

ただ、断っておきたいのは、高校生から大学2年生あたりまでずっと書き続けてきたこのブログ。

当然、考え方や物の考え方に変化があり、今の私の考え方や視点からはだいぶ離れてしまっているものもあります。

ですので、昔の記事をそのまんま今の考えと思わないで頂きたいです。

私としては、

あの時はこんな事考えてたなー。

この頃は若いなー。

読み返すと恥ずかしいなーくらいの気持ちなので・・・。

よろしくお願いします。

を目指しています。

今日もね、南米ハンドラス人の子が1.二日酔いでミーティングに来ない 2.他のメンバーに連絡をしたと嘘をつく 3.期限通りにプレゼン資料を送らない というチャランポランな迷惑をかけてくれたんですよ。

内心はさ、そりゃブチ切れだったよ。

A型だしさ、学級委員体質だしさ。

でもね、キレたところで何も解決しないってわかってたからグッとこらえたの。

こんな状況でも彼の資料が必要なことは確かだし。

「○●君、私あなたはもっと頼れる人だと思っていたから残念だわ。でも明日の正午までにはきっと誠意のある態度を見せてくれるって信じてるから。頑張ってね」

自分でも寒気のするくらいとっても爽やかな対応をしました☆

いや、本当はもうちょいキツイ感じだったんですが・・・。

正当な理由があるからといって、単純に怒ることがベストでは無いと、去年一年で学びました。

少しは大人の女に近づけてるかしら?

あそこでブチ切れなかっただけ自分では随分成長したと思います・・・。

そして今日はFCFFやコールオプションなどの計算を一日中してました。

勉強って、本気で集中してやるとなんか無我の境地に達するよね。

ちょっと気持ち良い・・・笑

目指せ!A!

ゆかしメディアの記事「ハーバード大学の日本人数激減の意外の真相」 についてちょっと野次を入れさせていただきます。


http://media.yucasee.jp/posts/index/3806?la=0008


まず、内容が浅い。


1.たしかに近年の留学整数の動向についてはよく纏められているけれど、ハーバードに行くことでどんなメリットがあるのか、その後のキャリアにどう影響しているのかなどについて触れていないため、学歴ばかりにとらわれて本来の教育の質や意義が不透明。


2.90年代にくらべて日本人数が減っていることもわかるけれど、90年代の学部生の数が述べられておらず、その内訳(院生か学部生か、インターナショナルか、帰国子女か、普通高校か)などもわからないため、単純に「激減」という言葉を使うのはどうかと思う。(だって10年前の日本人の普通高校に行っていた子たちにハーバードを受験準備できる環境が今より整っていたとは思えないし)。


確かに、韓国人や中国人に比べて日本人留学生は少ない。


それはすごく重要な問題で、将来的な国の経済力や政治力に大いに関わって来ると思います。


でも注意したいのは、漠然とした憧れだけで、卒業後のキャリアを考えずに留学すると痛い目に遭うということです。


弁護士になりたいんだったら日本の弁護士免許持ってないと意味が無いし、医者になりたいんだったら日本の医師免許持ってないと意味が無い。


ハーバードだから大丈夫と安易に考え勝ちですがそこら辺の制度をしっかり確認したほうがいいと思います。


また、エンジニアや研究職になりたいのであれば、日本の大学でも優秀な大学の学部はあるし、わざわざ高額を支払って大学で留学する必要は無いと思います。その後大学院での留学や研究なら全然アリだと思いますが。


そう考えると、専門職やスペシャリストには、大学院での留学の方がメリットが大きいと思います。


じゃあどんな人が海外大学に行くべきか?


私は別にハーバード行くほどのエリートじゃないんで、ただのボヤキになるかもしれませんが、将来的に海外大学進学を考えている学生の皆様のためにも一応述べておきます。


まず第一に、英語で「勉強を楽しめる」十分な語学力があること。アメリカの大学は入ってからが難しいです。十分な語学力が無いと、卒業できずに退学なんてこともあります。


第二に、挫折に対して強い精神力を持っていること。ただでさえハーバードやイェールは天才やカリスマの集まりです(イェール生談)。そしてさらに、もし日本の普通高校生だったらカルチャーショックや英語面で現地の生徒の3倍以上は苦労します。私が思うに、留学に必要な資質はテストで良い成績を収めるかどうかではなく、テストで酷い点を取った後どのような行動が取れるかにかかってくると思います。惨めでも何でも「しがみつく」精神力が無いと、ただの留学鬱で終わります。


第三に、異文化を楽しめる社交性を持っていること。これは私も未だに日々精進中ですが、あんまり「人はこうあるべき」などと決め付けたりせず、オープンな雰囲気を持っていると、溶け込みやすいかもしれませんね。あと、日本の学生内ですらあまり社交的ではない場合、ビジネスをキャリアに含めた留学はあまりお勧めしません。ビジネスにおいて、ある程度の社交スキルは必須。(人当たりではなく、人とまず話せるかどうか。)どんなに知識があったとしても、それをチームに効果的に伝える能力やリーダーシップが無ければ、あまり意味がありません。


この3つが私の思う留学に関して必要最低限な条件だと思います。


次に海外の大学へ行く意義についてお話したいと思います。


私は大学受験当時、正直日本の大学へ進む事を考えていました。限られた就職活動の場への不安、社会人になった時の逆カルチャーショックへの心配などが理由です。


結果的にアメリカの大学に残ることになりましたが、残って今は良かったと思っています。


それは一重に、バブソン大学が提供するカリキュラムの素晴らしさ。


会計、財務、マーケティング、生産管理など一通りの分野を必須とし、卒業する頃には他の大学の経済学部生にくらべてかなり専門的な知識が得られると思います。


学んでいる内容の専門性が非常に高く、日本では得られない知識を多く吸収してきたのでそれだけでも十分意味はあったと思います。(ビジネスをやりたくない人にとっては苦痛以外の何者でもない場所ですが)。


まぁ、これはバブソンに限った話。


普通の一般教養の大学などで得られるものは、バリバリビジネスのバブソンとはまた違ったものだと思います。でも共通していることはいくつかあります。


第一に、国際的な人脈。海外の大学にはアメリカ人のみならず、色んな国の上流階級層が集まっています。韓国人や中国人との付合い方を学ぶだけでも損は無いはず。なにより、国際的な人々とかかわる事で自分自身の視野も広がり、物事スケール大きく捉えることができるようになります。個人的には、日本人留学生が増えることで日本のマーケットに捉われず、どんどん海外展開を視野に入れた会社の経営ができる人材が増えることを願っています。


第二に、思考力を養う。日本の勉強の仕方ではどうしても、知識を丸呑みしてテストでそのまま吐き出すやり方になってしまいますが、アメリカでは論文やプレゼンテーションを求められることが多く、「何を知っているか」ではなく「知識をどう解釈し新しい議論をいかにうまく組み立てられるか」の方が重要になってくることがあります(特に文系)。これは情報を鵜呑みすることなく理論的な思考を養うため、固定概念を取り払い抜本的な改革や問題解決能力に必要な思考力を養います。


第三に、バイタリティ。日本という安心できる場所から離れ、異国の地で生き延びるというのは試練の連続です。思い通りにいかないことばかりで、悔しかったり不便だったり惨めだったりすることが多々あります。でも、そこで苦しい思いをするからこそ、精神力が磨かれ、人としての器が一回り大きくなれるのかもしれません。ゆかしの記事の中でも、安全思考、草食化する日本の学生に触れられていましたが、異国にいると、嫌でも肉食へと磨かれていきます。あるいは怯えて逃げる羊ではなく、狙われても悠然と構える象くらいにはなれるかもしれません。


個人個人の経歴の中で何がベストなのかは人によって変わるもの。私は別に日本の大学を完全否定しているわけではありません。


ただ、これからのアジアの成長や国際戦略の中で埋没していく日本に歯止めを欠けるには、やはり国際的な視点、柔軟で理論的な思考力、強いリーダーシップを持った人材が必要だということ。そしてそう言った人材は海外留学という修羅場の中でのほうが育ちやすいのかな?とは思います。必ずしもそうだとは全く思いませんが。


別にね、エリートや学歴主義が悪いっていうわけでも無いの。


だって私逆立ちしてもハーバード行けないし。そんなに優秀な日本人がいるならそれは単純に素晴らしいことだと思うし。


でもハーバードを卒業したその先、ハーバードという場はその後の人生やその人の周りにどんな影響、貢献を与えられるのか、そこんところの考察をもうちょっとして欲しかったの。


だってじゃないとゆかしの言う、国内の大学に進む草食学生と大して変わらないじゃないですか。

http://sankei.jp.msn.com/world/asia/100520/asi1005200137001-n1.htm


先日のタいに関する記事の追記です。


産経新聞はタイの上流階級層が王室を盾に長年権権力をタクシン派および貧困層の対抗勢力から守ってきたと書いていますね。


うん、やっぱり少しバブソンのタイ上流階級層の子たちの主張とは違うかもしれない。


なんだかこの政治紛争、政治家の思惑やそれぞれの主張は別として、根本にあるのは貧困層に対する扱いの違いなのかも。


上流階級層は貧困層救済プロジェクトを行っているには行っているけど、貧困層に対する能力不信、道徳不信が根強く、貧困層を根底から救済することに対して懐疑的。


王室を盾に不当な私欲の囲いや権力の乱用があったか無いかにかかわらず、根本的に上流階級層は貧民層を無視。


一方タクシンは貧困層に対する政策に熱心なことから、貧困層にとっては自分たちを救済してくれるヒーロ。


ただ残念なことにタクシンは権力乱用しバラ撒き政策を行い、コネと人脈で不公平な取引で私欲を肥やしたりなんてしてたんだよね?


なんだかどっちもどっちな気がするなぁ・・・。


反政府勢力が自身を反独裁民主同盟と呼んでいることからも、貧困層は自分たちの声が政治に反映されていないことに明らかな不満を持っているし、上流階級層は今まで貧困層を無視してたツケが回ってきたというか・・・。


でも保守的上流階級層から言わせて見れば、彼らが不当な権力乱用をしていなかったとしたら、どうして自ら努力しない貧困層を擁護しなきゃならないんだってとこなんだろうね。


これって不正を抜きにしたら、アメリカの民主党対保守党の究極の形なのかもしれない。


その点、日本の政治は主張していることは全部みんな同じに見えるなぁ。


少子化対策、医療問題、みんな見ている問題は同じで、掲げる政策も似たり寄ったり。


他国に比べるとまだまだ経済格差少ないほうだし、小国だし、意見としては纏まっているのでしょう。


逆を言えば問題を見る視点が同じな分、日本にはまだまだ救いがあるのかもしれない・・・。


でも違うのは防衛、外交政策かな?


意見や政策が同じだったら、その政策の実行力、国家としてのマネージメント能力を問うべきなのに選挙で言っていることはみな同じ。結局人柄や知名度で選ばれてしまうんだけど・・・。


でも政治家のマネージメント能力なんて演説や経歴みたところであんまりわかんないよね。


何をどうやって測ればいいのかな。


うーん・・・民主主義って難しい。


でもこうやってタイの情勢を見ると、小さなエリートグループだけがいつまでもトップを保ち続けることの問題性を痛感しますね。


人脈人脈言うけど・・・人脈だけでは組織は内側から腐っていく。


風通しをよくするにはやっぱり貧困層が努力で上に上れる社会的経済的環境を整えることが必要なんじゃないでしょうかね。


ちなみに、この経済階級の流動性のことをclass mobilityと言うんですがアメリカは先進国最低です。


日本はヨーロッパの次なんだとか。


タイ情勢・・・早く状況が良くなることを願っています。


タイ情勢・・なんだかどんどん悪くなっていってますね。

彼氏も友達もたくさんいるので心配です。

でも一番心配、というか衝撃的だったのは、私の友達の一人がかなり極端な意見に走っていること。

彼はタイの上流階級層の中でもかなり重要な企業の子息で、政治にもかなり食い込んでいるので国のことに対して真剣なのは当然なのでしょうが、デモを起こしている反政府勢力に対してかなりの怒りをあらわにしたコメントを日々フェイスブックの上に残しています。

「恐れいていた最悪の事態が起きた」

「俺の国から出て行け!」

「クソッタレ赤(反政府勢力)が家の前にいる」

「やつら病院を占拠しやがった。医療を脅迫の手段に使うなんてあいつら人間じゃない」

どれもこれも荒っぽい発言で普段そんなヤツじゃないだけに、なんだか読んでいて悲しくなります。

争いが始まって、どんどん彼らに対する怒りが増徴していって、彼らを蔑み、彼らの声に耳を傾けず、自分の正義を振りかざす。

それは、もともと大切な国を守りたいという純粋な願いが結果的に多くの虐殺へと向かってしまった第二次世界大戦におけるドイツと酷使していて、とてもとても、悲しいです。

ニュースを読んでいると、だれが今日撃たれたとか、誰がどんなアクションを起こしたとかしか書いてないので、根本的な原因が不透明ですが、学校のタイ上流階級の言い分はこうです:

元首相タクシンは票獲得のため、中流下流層に現金ばら撒きを行い、絶大な支持を得たんだとか。

でもその首相は結局かなりの汚職が発覚して国外亡命。

でも元首相サイドが近年また力を取り戻そうと色々企てた結果が今回の内紛なんだとか。

まぁ学生のワンサイドの意見しか聞いてないんで、真実はわからないんですが大筋では合っていると思います。

目先の現金にやられて国に悪影響を及ぼす政治家を立てるなんて、長期的な努力で財を成した上流階級層にとっては愚かのきわみなんでしょう。

どっかの国の民●党と自●党の話にも聞こえなくもないですが・・・。

でも、私が「でもその目の前の現金に食いつかなきゃいけないほど、その貧民層は困窮しているわけでしょ?現政権は今まで何もしてこなかったの?」

と聞くと、彼らは決まってバツの悪い顔をします。

「何もしなかったわけじゃない。でも楽な金の稼ぎ方しかしないやつらは結局いるべきところにいるんだ」って。

楽な金の稼ぎ方・・・彼らがそういう生き方をしていることを、否定しません。社会学で多くの書物を読んだ結果、それは貧しいもの特有の考え方だってことが私にもわかってきました。

来週生き抜く金が無い、だから長期的なプランなど何も無く、その日儲けの金で一日一日を生き抜く。

お金を貯めて資本を蓄えて大きな投資をするなどという考え方は皆無だし、現実的に可能かどうかも不明。

努力で絶望的な生活環境を抜け出すのは、明日が保障され、努力が報われると教育されている中流層上流層の考え方で、貧民層にとって本当に重要なのは、今日生き抜くか今日死ぬか。

だから犯罪に手も染めるし、裁きを受けても失うものはあまり無い。

じゃあどうすればこういった人たちを救えるかって言ったら、政治を専攻していない私には答えられない質問だけど、彼らにとって一番必要なのは「中長期的な希望」。

反政府勢力は、どんな形であれ、それを与えた。

NY出身の友達も、「オバマが大統領じゃなくて健康保険の政策を打ち出さなかったら、貧民黒人層によって多くの暴動がおきてたかもしれない」って言ってました。

だからアメリカの貧民層にとってはオバマが、タイの貧民層にとってはタクシンが「希望」なんでしょう。

日本にとっては民主党だったのに見事に裏切られましたけどね・・・。

まぁ結局ここまでうだうだ書いて何が言いたいかっていうと、日本も二極化が進んで、いつかタイのようになってしまうんじゃないかと、心配なわけですよ。

経済の発展と国の安定に一重要なのは、バランスの良い国民の収入分布で、それが無いと上流階級用のビジネス、下流階級用のビジネスと、ビジネスが二つの社会に集中して小さくまとまってしまうと思います。

でもホント、友人の変貌ぶりにはビビリました・・・。

なんとなく、「あぁ、こうやって戦争がおきていくんだな」って思ったよ。

戦争を起こす人、参加する人みんながみんな悪い人じゃないと思う。

でも人間はグループに所属することによってしか安心できないから、それを守るためだったらなんだってやる。

人間は個人の意見や善悪の感覚より、グループのモラルやルールを大事にする。

なんだか悲しいね。

でも正直、どこかうらやましいと思った。

自分の国のために、あそこまで迷い無く、何かを叫べるのは、紛れも無くグループに所属している安心感からくるものだと思うから。

私は小学校の頃、国歌を歌わなくても誰にも注意されなかったし、友達も誰も歌わなかった。

中学生の頃、国歌を歌わなくちゃ式が終了しないシステムになって歌ったけど、押し付けに疑問を感じるだけだった。

今だって、ニュースで散々嫌な政策嫌な政府嫌な政治が横行して、嫌なマスメディアがそれを増徴しているのをみんな感じているのに、疑問を感じるだけで、流されて、結局何もしない。

だってどの党ももう信じられないから。

信じられる仲間、信じられる党、信じられる政治、信じられる社会が、欲しいよね。

それが善であれ悪であれ、私の友人のようにまっすぐ自分の正義を信じられるのは、単純に心地良いと思うよ。
バブソンがBloomberg Business Weekで大学ミクロ経済プログラム全米一位になりましたー!

ちなみにbloomberって日本じゃあんまり知名が高く無いけどロイターと同格の金融情報サービスです。

で、さらにさらに財務(Financial Management)の部門でも全米2位!

ワーイきらきら!!

生徒によるアンケート結果とはいえ、こういうの読むと実は自分結構すごいところにいるんじゃ・・・?と思ってきます。

でも自信が無いからなんだか埋没してます・・・ガクリ

いいもん、学生時代にスター気取るより世に出てからスター気取るもん!


お久しぶりです。

完全放置してましたね・・・でも元々放置しながらフラッとまた書いたり書かなかったり細々やってるブログなんで・・・夏は暇だからまた書き始めるかも!

今は期末の真っ只中です。

ていっても一日一教科しかなくって2日分休みがある上、夏も同じ部屋に残るからパッキングしなくていいため、なんだか余裕がありすぎてグダグダ感が・・・。

余裕が無いときほどバリバリ勉強するのはなぜでしょうね?そう感じるだけ?

今学期は色んな意味でチャレンジングな時期でした。

課題が多すぎて睡眠時間が極端に少なかったり、

会長になってマネージメントとリーダーシップの違いを思い知らされたり、

長期戦に入った彼氏との関係の中で人間性も試されるし。

色々悩んだり落ち込んだりするけど、まだ開き直るのは待っていたいような気がします。

もうすぐ21歳、高校時代に感じた勢いや成長力はもう無いかもしれないけど、それでもまだまだ変われるところは変わっていきたいから。

振り返ってみると、なんか書きたいことが色々浮かんできちゃったな・・・。

でもそうなるとまた長文になるから細かく分けてまた今度ね。

とりあえず今の当面の目標は「笑顔」です。

どんなに辛くて疲れていても、人と触れ合う中で笑顔を忘れない。

笑うと心に余裕が生まれるし、自信にも繋がると思うから。

最近の私は攻められすぎててずいぶんと自信を無くしてたし消極的だったからなー・・・。

中学の頃は自信の塊でむしろカンチガイさんだった。

高校の頃は本当に一日一日必死で自信どころじゃなかった(でも後半は勉強が楽しくなって自然と自信が付いてたかも)。

今は自信過剰の人に囲まれてなんかもまれ気味・・・勉強もそれほど自信ないしなぁ・・・。

でも勉強が出来ないときほど自信って大事だと本当に思った。

起業家精神あふれるバブソンの学生を見ていると、大して勉強ができなくても言ってること間違ってても、自信さえあれば何とかなってる気がするし。

というわけで、笑顔と自信。

勉強が出来ないときも、忙しいときも、これを忘れないように気をつけたいです。

以上!

今日は嬉しいニュースです。

ニュースっていっても、すっごく些細なことな上に例のごとく話が長くなってしまうのですが、嬉しすぎるので書いてしまいます。

今学期から、実は私バブソン日本会会長になっていたのですよ。

会長になる前から会議を取り仕切ることはあったし、企画段階でもバシバシ意見を言ったりしていたので会長になったところで特に変わるものも無いだろうと思っていたのですが、いざなってみたら、たかが大学の団体だってのにものすごい重圧っぷりにビックリしました。

まず、日本のサークルとちがって大学のサークル活動は基本任意です。

みんな暇じゃないこと分かっているのでミーティングを一回逃したら顰蹙を買うなんていう体育会系なことはありません。

そんでもってうちの大学はJICに入っている日本人4人しかいないので、ハッキリ言って先輩後輩なんていう関係もないし、日本人以外の幹部もほぼみんな私と同じ学年です。

忙しい環境、少ない日本人、同じ年、こんな中で積極的な活動を強引に強いれる要因なんてひとつもありません。

だから私の会長としてのリーダーシップを支えるものは二つしかありませんでした。

ひとつは責任を果たすこと。

つまり仕事をきちんとすることです。

当たり前のことなんですが、コレって今の私のスケジュールにとってはかなりスレスレの状態です。

毎日平均睡眠時間が4、5時間で、目の前の宿題で精一杯なのに、「みんなから頼れるやつ」と思われなければなりません。

自分のことで精一杯で責任放棄しているリーダーに誰もついていきたくありませんものね。

そしてリーダーの辛いところは、「がんばっても誰も褒めてくれない」ということ。

だってそれが当たり前だから。

リーダーは孤独だといいますが、いやはや本当にその通りです。


そしてもうひとつ私のリーダーシップを支える術は影響力でした。

影響力って言ってもただカリスマオーラを発して偉そうなことを言えばいいわけじゃありません。

部下を信頼して、部下にお前は本当はこんなにできるんだぞって思わせて、もっと高いビジョンを持たせることを私は影響力だと思っています。

体育会系のリーダーシップが執行できる環境ではないので、メンバー一人一人のモチベーションを上げることは私にとって特に重要でした。

だから積極的に「この問題については私はこう思うけどみんなはどう思う?」って意見を聞いたり、違うと思ったことは素直に「みんなの力だったら本当はもっと良い物ができたって思うよ」って、暗に彼らの実力を認めていることを告げたりしました。

できない環境ってのもあったけど、けして彼らの能力を否定するようなことは言いませんでした。

そしたらね、そしたら・・・・

みんなが応えてくれたんです。

すごく良いまとまった計画書を持ってきてくれて、イベントをやりたいっていう意思表示をしてくれて、

もうほんと、笑ったまんま泣けるんじゃないかっていうくらいすごーーーく嬉しかったです。

部下が一生懸命頑張ってくれるって、こんなに嬉しいもんなんだって初めて知りました。

私一人が頑張って、私一人がドタバタしているように思えてたけど、やっぱりそうじゃなかったんですね。

もっともっと、どんどん任せちゃっていいんですね。

・・・・・・っ嬉しいよぉ!!!!


うん、これで今週もまた乗り切っていけそう。

また明日から頑張れそうです。