久々に読んだ純文学。
やっぱり活字には映像には無い面白さがありますね。
厳しい土地で生きる貧しい農民の描写が非常に具体的でリアル。
札幌で農学者を志していた有島だから書ける描写だったのではないかなーと思います。
タイトルの「カインの末裔」というのは、農夫であるカインが羊飼いの弟 アベルとともに神への捧げものをした時、弟の供え物のみが受け取られたことに腹を立てたことを端として、ついには弟を殺してしまう、という聖書のお話。
「この実の弟を殺したカインの心の中にあったものは、妬み・憎悪であり、人間は自らその心理を内に秘めていることを説いた。聖書では、人類はこのカインの末裔であり、罪深い心を生まれながらに持つことを聡し、信仰の大切さを説いている」と。
なるほど。
でも正直、人間の妬みだとか、信仰とかいうよりも、小作人としての貧しい生活と、当時の結婚生活の様子の方が読んでて興味深かったです。
「カインの末裔」は現代の結婚感覚がいかに「贅沢品」であり、豊かさが生んだ幻影であるかを教えてくれますね。
カインの末裔の主人公はね、入った金はすぐに酒に使っちゃうし、賭博はするし、奥さんが泣いてもイライラして暴力を振るうだけなのですよ。子供の面倒も全く見ないし、可愛がる様子も無いのにいざ子供が死ぬと、わーわー泣き喚くっていう。あと浮気ね浮気。
ま、男としては最低な男なのです。
カインを正当化するわけじゃあないんですが、一昔前まではこれが当たり前だったのに、たかだか100年ちょっとで現代の男の人は随分とハードルがあげられてしまったなぁ。
現代人はメディアのせいで何かと、結婚に対してやたら高い理想を抱いてると思うのですよ。イクメンであることを押し付ける妻と、壇れいのような家庭的な専業主婦を求める夫。
でも専業主婦という概念ですら、産業革命後に生まれたもので、それ以前の貧しい農民としての生活の上では、妻の労働も収入の上において欠かせないものでした。しかし農業において男の労働力のほうが生産性が高いので、夫は横柄に振舞うことが許され、妻は生きていくために黙って殴られ、黙って家事をし、黙って野良仕事をする。
産業革命がもたらした豊かさによってのみ、専業主婦というものが可能になった。そう考えると、男性はやっぱり「妻は専業主婦」というのを豊かな家庭の理想としているのかもしれないですね。
だけどそんな理想が当たり前だった親世代と比べて、今の社会じゃ正直専業主婦はきつい。しかもメディアのせいで、やたら結婚が理想化されている。だから結婚にも二の足を踏むし、恋愛結婚や婚活の今は低所得じゃ相手を見つけるのも難しい。
なんだかなー。
でもね、でもね、カインは最低なのですが、それでも夫婦の仲の「空気」みたいなのはちゃんとあるのですよ。
妻はおっとの心持ちが分るとまた長い苦しい漂浪の生活を思いやっておろおろと泣かんばかりになったが、夫の荒立った気分を怖れて涙を飲みこみ飲みこみした。仁右衛門は小屋の真中に突立って隅から隅まで目測でもするように見廻した。二人は黙ったままでつまごをはいた。妻が風呂敷を被かぶって荷を背負うと仁右衛門は後ろから助け起してやった。妻はとうとう身を震わして泣き出した。意外にも仁右衛門は叱りつけなかった。そして自分は大きな荷を軽々と背負い上げてその上に馬の皮を乗せた。二人は言い合せたようにもう一度小屋を見廻した。
なんだろう。別に愛でもなんでもないのかもしれないけれど、この二人の間の独特の空気がリアルに「夫婦」って感じで、私はこの表現好きだなぁ。
でも経済力のある現代の女性はこんな結婚するくらいだったらさっさと離婚するんでしょうね!笑
あと文学的表現でいうと、終わり方がすごく気に入りました。
二人がこの村に這入った時は一頭の馬も持っていた。一人の赤坊もいた。二人はそれらのものすら自然から奪い去られてしまったのだ。・・・椴松帯が向うに見えた。凡ての樹が裸かになった中に、この樹だけは幽鬱な暗緑の葉色をあらためなかった。真直な幹が見渡す限り天を衝いて、怒濤のような風の音を籠めていた。二人の男女は蟻のように小さくその林に近づいて、やがてその中に呑み込まれてしまった。
自然と飢えの無常さが絶妙に表現されていて、始まりとの繋がり方でさらにずどーんとなる。
お気に入りレベルとしては、星4つの小説でした!★★★★☆


