〜3月という月 〜 あの時の福島で、そして今、未来 -8ページ目

〜3月という月 〜 あの時の福島で、そして今、未来

~もしも放射線の飛ぶ街に住むことになったら~
 福島のあの時、今、そして未来を思い、心を紡いでいきます

ツイッターで2015/3/9に なにげなくつぶやいた呟きが

RT数 193 
お気に入り数52 となっている。


『 他の県は年1ミリSvとか、
 0.23マイクロSv/h以上なら すぐ除染なのに

 福島だけ 
 年20ミリSvで帰還させられるとか
 年1ミリSvは0.6マイクロSv/時ですなんて、
 無茶なこと言わないで頂きたいです。

 私達だって皆さんと同じ人間です 』



福島の除染は、
(2015.3月現在 福島県調べ)

全体計画を100として現在

公共施設 77.1%
住宅   47.5%  
道路   22.9%
農地   63.8%

自治体によっても除染のやりかたや、除染の目安のcpm(汚染の度合い)、目的成の空間線量や、達成までの年数などなど ずいぶんと違っている。

福島市をいてみても、
2013年の除染基準値はコリメータ(鉛で遮蔽するもの)で、0.4マイクロSv/時の基準で行っていたが、
年月が経過し半減期や自然減衰もあり全体の空間線量が下がってきたため、
除染基準を0.23マイクロSv/時で行っている。

しかし、既に除染の住んだ地域こそが、空間線量率の高い地域であったのに
以前の除染基準値であっさりと表土除去されてしまった為に、
他の除染していない区域よりも数値が以前高めという状態になってしまっている。
(仮置き場が決まっておらず、汚染土を増やしたくないとう思惑があったのかどうかわからない)

0.23を切っている区域も、一度は除染して欲しい・もっと低くして欲しいという意見があり、
費用は決まっているのであろうから、
そのあたりは除染しても高線量の住民も、そうでない住民も、皆複雑な思いだ。


避難解除された区域は、20mSv/年でも帰還(してもかまわない)となっている。
帰還したい人を、この線量で帰還させないという科学的理由もないということらしいが
はたしてその科学が、小さな子どもを持つ者や、
今までの様な安心した生活を営みたいと思う人々に受け入れられるのだろうか。

先祖代々の土地や家を守る為、住み慣れた家に戻りたいと喜んで帰還する人々にとってはそれは
喜ばしいことなのだろう。

しかし、その線量を基準値とみなし
人体への影響が無い数値 人が住んでも全くリスクが上がらない数値だという様なことを
暗喩的に言っているような気がしてならない。

「子ども被災者支援法」はどうなってしまったのだろう。

1mSv/年の約束は どうなってしまったのだろう。

「目標を達成できないから」
「費用が掛かりすぎるから」
「0リスクなどどこにもない。いろんなリスクと比較してうけいるべき」

そんな こじつけたようなさまざまな理由で
基準値を決めないで欲しい。


個人積算線量から逆算して、
これまで計算していたよりも1ミリSvになる空間線量が高くても大丈夫だったから
というだけの理由なのに 
子どもがコンクリートの中で過ごす時間が長かったという理由だけなのに
0.6マイクロSv/時が1mSvですなんて
言わないで頂きたい。

事故前から それは放射線管理区域で 
私達は気をつけていたはずです。
しかも そんなところに住んでなんかいませんでした。


事故前今で、
私達は 放射線に対する強さが変わった訳ではありません。

私達も 県外に住む皆さんと同じ人間です。




そんな、思い意見への賛同が
RT数や お気に入り数に 現れているのではないかと思うのです。



2015/3/12