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〜3月という月 〜 あの時の福島で、そして今、未来

~もしも放射線の飛ぶ街に住むことになったら~
 福島のあの時、今、そして未来を思い、心を紡いでいきます

 自主避難者への対応どうなっていくのだろう。

 原発事故後に一次避難した人々や自主避難した人々を、避難せずに残った人々は快く思っていない… それは、この4年間なんとなく感じる。
 
 自主避難をしないで住んでいる者から見れば、4年間住む所の支援をして貰っていただけ良いと思うかもしれない。
 線量が高めの所でも対応なしで4年間過ごして来た人々から見たらそうだろう。
 私は一次避難をしてわりと直ぐ、4月半ばには福島に戻ったが、それでも「避難した、逃げた、放射能を気にしている人」の部類に入れられレッテルを貼られている様な気がする。
 一方、長く4年間自主避難している人々から見たら、2011年に福島に戻った私の様な人々は、ずっと住んでいる人々の部類だろうから、福島にずっと住んでいる人に見えるだろう。

 自主避難している人々、過去にしていた人々は、自主避難しなかった福島の人に気を遣い、身を潜めるようにしている。放射線などを気にしている事も含めて、申し訳無い思いで生きている感じがする。
原発事故がなければ、放射性物質の事がなければ、「気にしている人」「逃げた根性なし」「協調性のない人」などというレッテルを貼られたりそういう目で見られるというストレスも無く普通に自宅で過ごせていたのに…。
 特に県内の人同士が責めるのは、その気持ちも分からないでは無いが…とても哀しい。

 身の回りに増えた放射性物質や放射線のリスクをどう捉えるか、どのリスクを回避するのがその人やその家族にとってベストなのかは、それぞれに考え方や判断基準が違うのだから、そっとしておけばよいのだ。
 その人やその家族が悪いのでは無いし、良い悪いという問題でも無い。
誰かに迷惑をかけている訳でもなく、寧ろその人や家族は辛い思いを抱いている事だろう。
 住み慣れた家、故郷に戻りたい思いは、自主避難者だって同じだ。
 しかし現時点で戻った時のその人の中でのリスクが、戻らないよりも大きいと判断しているのだから、それを責める事なんて誰が出来るだろうか。

 自主避難の借り上げ住宅代を自分達の税金のから出したく無いという事なのか?だったら、何にだったら出してもいいのか?
 税金の使われ方なんて、本当に困っている人々に使われているのだろうか…。今目の前で困っている人々に使わず、どこに使うのか?

 自主避難者にだけでは無い。
 福島で暮らしながらも気を使いながら、下がらない放射線を気にしながら暮らしている人々へ、より安心して暮らせる生活が出来る様にする為には、行政はどんな対応をしているのか。
 国策として進められて来た際のこの事故。 
 東電の賠償もかなか進まないし、被災地の人々の復興もなかなか進まない事は、伝えていく必要があると思う。
 支援対象区域は、個別対応を手厚くしていく事が今後の被災地の為になるであろう。

 既に 被災地は復興して、みんなハッピーですというSTORYが見たい人々には申し訳ないが、勿論元気でハッピーな人々も沢山いるが、まだまだ復興はすすんでいないという事も、見て見ぬふりをしないで頂きたいと思う、5度目の暑い夏。



皆んな本当は気づいているんだろう…。
だけど、地面をならすみたいに、凸があったら平らにしたいんだろう。
だけど、凹にも何かを埋めないと、平らにはならないんだけどね…。