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〜3月という月 〜 あの時の福島で、そして今、未来

~もしも放射線の飛ぶ街に住むことになったら~
 福島のあの時、今、そして未来を思い、心を紡いでいきます

リスコミはまだまだ研究途中の分野であるらしい。

原子力災害に関しては、多義的な問題が大きく、科学的な不確実性も含めて科学者も議論の決着をみていない事でもあるし、それを見ている市民も、その対応も含めて行政への不信不満があり、なかなか納得の方向へいかないのではないだろうか。

そしてリスクコミュニケーションは、やはりコミュニケーションなのであるから、お互いの主張を聞き、議論して、結果を政策に取り入れてこそ目的達成なのでは無いだろうか?
一方的な説明や連絡なら、コミュニケーションとは言えない。それは指示、伝達にしかすぎないであろう。

やはり人々の価値観を大切にして、合意形成が成されるものであること、リスクを受ける者ステークホルダーに選択の余地があるものでないとリスクコミュニケーションという名の意味が無いであろう。

原発事故後普段の10倍も100倍も放射線があり事故前なら放射線管理区域並の
所に、除染もせずに平気で普通に暮らせという方が無理である。
知らないという事を良いことに、寝た子を起こすな不安を煽るなと、リスクを受け入れるのか避けるのかさえも選べずに、暮らせられた事は、行政等への不信感や怒りとなり、その後のリスコミにも悪影響を与えたのではないだろうか。

人間は意思や感情を持って生きている。動いている。それを無きものの様に、それまでの生活や価値観を無視してのリスク比較や押し付けは、受け入れられなくて当然ともいえる。
どのリスクを選ぶかは本人の価値観が決める事なのだ。
それが、経済的な事ばかり優先され、社会的な判断でと言われても、我々は1人1人意志を持って生きているのだから。


子ども被災者支援法では、この原発事故で被害を受けた県内外のそういった人々の救済をうたっている。
段階的にでも(支援対象地区から)対応が1日でも早くなされ、皆が安心して暮らせる日が1日でも早く実現させる事が今後の課題であろう。