【歴史探偵さかもとさん】東大友町の神明社 | 東海愛知新聞『矢作に住んでみました』バックナンバーはコチラ

歴史探偵さかもとさん動画  東大友町の神明社

 

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歴史探偵さかもとさんが、大友皇子の伝説が残る、東大友町の神明社を訪ねます

 

 

 

神明社 しんめいしゃ

所在地:岡崎市東大友町字堀所36

御祭神:天照皇大神、大友皇子、保食神、猿田彦神、建御名方神

由緒

「この東大友町は往古入海に沿ひたる処にして壬申の乱(西暦六七三年)大津の軍利あらず。時に大友皇子御舟にて南海を巡りひそかに伊勢の神宮に詣で御玉串を請け更に進んで三河国碧海湾に到り沿岸の地に駐り給ふ。村人相謀り王子の為に館を竹林の中に造りて皇子を住ましめ奉る。今に其処を丸藪と言へり。皇子祠を建て天照皇大神を祀る。当神明社これなり。かくて皇子の御遺跡たるを以って村人此の地を大友と称ふるに至る。後村人等祠を建て大友皇子を祀り大友神社と称す。然るに宝暦二年(一七五三年)五月矢作川氾濫し北野切の災に遭ひ。祠流失明治十二年(一八八〇年)九月再建す。当社は明治九年一月村社に列し明治四十一年十月七日無格社大友神社を合祀昭和十二年十二月八日境内社なる稲荷社。社口社。諏訪社の三社を合祀す。昭和二十八年七月十八日宗教法人となる。昭和三十四年九月の伊勢湾台風により大松が倒れ社殿が倒壊。氏子の献身的努力により昭和四十年十月二十一日立

 

◉「史跡大友皇子丸藪之館址」と「大友皇子御陵址」近くに建つ神社。

普段は無人であるが、とても立派な造りの神社である。