私は、2024年5月8日に、前立腺がんで、PSAは「132」、がんが「精嚢と膀胱へ浸潤」でTNM分類が「T4NOMO」、ステージ「3」、グリソンスコアGS「5+5で10(満点)」すべての結果がでました。また、5月8日からホルモン療法(内分泌療法)を、「リュープリン」(LH-RHアゴニスト薬)とビカルタミドで開始しています。その後、GSの陽性率12/12本で、5+5が10本、5+4が2本と判明。11月8日より、放射線治療(IMRT)を開始し、20回60グレイが12月6日に終了。2025年1月10日に直腸を放射線から守るハイドロゲルスペーサーに雑菌入り(原因不明)、人工肛門手術となる。
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2025年9月29日、退院後246日目、ストーマ(人工肛門)造設手術後262日目です。
今日はコロナ罹患で1週間遅れた大腸内視鏡検査の日です。今日の結果でストーマ閉鎖が決まる予定なのです。前回の検査でダメで、首を長くして「3か月と1週間」待ったのでした。
朝9時半ごろに家を女房と出ました。電車とバスで10時過ぎに「県立がんセンター」に着き、10時半から内視鏡検査室で待っていると11時に呼ばれました。眠り薬を注射されて起きたら12時半!になっていました。まったく記憶はありません。今年1月の入院時にこの眠り薬を使わずにやったら「痛いわ、気持ち悪いわ」で以降、これを使っています。これを使うとひとりで車では来れないので、女房が付き添いなのです。
検査が終わり、13時半から消化器外科のY先生の診察でした。
(大腸内視鏡検査結果)
Y先生:内視鏡検査の画像を見ながら「直腸穿孔の部分は収まってきてますね。まだ少し窪みはありますが・・」
私:「じゃあ閉鎖できますよね。できれば早く閉鎖したいです。」
Y先生:「まあもう少し様子をみてもいいとも思うのですが・・」
私:「前任(転勤した)のH先生からは、穿孔がふさがったら最短2週間で閉鎖できますと聞いていました。閉鎖できると聞けば、当然1日でも早くしたいと誰でもそう考えると思いますね。」
Y先生:「そうですか、じゃあまず大腸の全体のカメラを撮っておく必要がありますね。それから諸準備をして11月で予定しましょう」
私:「とにかく早くしたいのです。それが最短ですか。であれば仕方がないですね」
Y先生:「じゃあ10月8日に大腸全部のカメラをします。今までは直腸だけだったので、肛門からストーマまでと、ストーマから小腸側へは、ストーマからカメラを入れます。その後20日に診察を入れますね」
私:「ストーマからカメラを入れるのですね。とにかく早くしてください。」
私はY先生がなぜ、閉鎖できるというのにゆっくりしたいような言い方なのかが理解できませんでした・・私の方がおかしいですかね?
それが終わって、スキンケア外来のWOC看護師のTさんのところに行きました。たまたま昨日にパウチ交換したばかりだったので、では10月8日に交換しましょうとなりました。その時に私のコロナのことを話すと、Tさんが今年の春にコロナに罹患し、1週間で復帰したものの体調不良が数週間続いたということでした。私の今の状態の理解者がいてほっとしましたね。有難し。
その後、15時半ごろから放射線科のO先生のところで、今日の内視鏡の写真を見ながら、話を聞くことはできました。
O先生:「よかったですね。窪みも収まっていますね。」
私:「ストーマ閉鎖後の頻便は大丈夫でしょうかね。あるいはまた穿孔になるようなことはありませんかね。放射線の当たった箇所が線維化していると怖いですよね」
O先生:「直腸や大腸のがんが原因ではないので、頻便の可能性はないでしょうね。線維化というのは、硬くなって弾力がなくなることなので、それと違うと思いますね」
私:「写真のこの赤い血管がわかる部分が結構ありますが、これは何ですか?」
O先生:「これが放射線が当たって直腸の表面、粘膜が荒れている部分ですね。これもゆっくりしか直らないですね」(表現が?)
私:「そうですか8か月たってもまだ真っ赤ですね」
その後、さらに検尿、採決、レントゲン検査、心電図をしてほしいと言われ、すべて終わったのが、何と17時前でした。ほぼ1日コースでした。
コロナ後遺症で、まだまだ倦怠感が続いていたのですが、今日はしなければならないことで、そんな悠長なことが言えない環境でした。横になるわけにもいかず、とにかくへとへとで帰ってきました。
