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くにちゃん日記

ブログ名変えました。

究極の愛そのものである、くにちゃんが、愛そのものを思い出し生きる日記にしていきたいです。

朝の準備の最中、ヒロトが「2030年唐揚げが生まれます」と。

ひーちゃん、唐揚げやったら今あるやん。

手があって、あんよがあって、手が細くて、あんよも細い唐揚げマン⁽⁽٩(๑˃̶͈̀ ᗨ ˂̶͈́)۶⁾⁾

( ³o³ )( ³o³ )( ³o³ )

唐揚げマンかぁ、中々食べる気起こらんかも(=ω=.)

子供は発想が素晴らしい。

ヒロト:ヒロトは身体が柔らかいやろ?

僕:うんうん。

ヒロト:子供やからな、足が速いしな、白ご飯いつも食べてるしな。

そ、そうなんか?

よくわからんが本人が言ってるからそうなんやな( ̄∀ ̄)

子供って素晴らしい"(⌯︎¤̴̶̷̀ω¤̴̶̷́)✧︎
今日の朝方に夢を見ました。と言いますか半分目を覚ましていたのですが、僕はたくさんの方と広い講堂の中にいました。

多くの方の顔は現在の僕が見た事ない方でしたが、1人だけ今の姿で現れた方がいました。 
その方とは現世で何度かお会いしてます。

色々な話をし、思っていいた事も伝え僕が持っていた心のわだかまりも溶け、とても和やかに話を続けました。

明らかに時代が古かったのですが、その年度の少し古い映像が脳裏に浮かびました。
その映像の年は1929年でした。

世界恐慌の年ですね。

そして僕達がいる講堂に緊張が走りました。そう戦争のまっただなかだったのです。

第二次世界大戦でした。

空襲にあい、死ぬかもしれないと講堂内はざわめきました。近くに逃げる場所はなく、広めの防空壕みたいなものみんなは恐怖に怯えていました。

僕はその時何故か、「みんな必要で今生まれて生きてるのだから、ここで死んでしまうわけがないんだよ」とみんなに伝えます。

そうすると「よく言ってくれた」と前述の知り合いの方に言われ、その場全体が戦争のネガティヴさではなく、当時流行った遊びやものの話になり、生き伸びる事が当然であると言う空気になりました。

誰1人恐怖をもっていなかった。

そしてその場は無事に時間が過ぎ、みんな生きていました。

その場に出てきてくださった方々もいまは形が違って関係があるようですが、今の姿で現れてくださったお一人の方ありがとうございますm(_ _)m

そのおかげで心がすっきりいたしました。

今日も一日中幸せで生きまぁす⁽⁽٩(๑˃̶͈̀ ᗨ ˂̶͈́)۶⁾⁾

金曜日の夜姫路のお友達どこ焼き鳥を食べて実家に向かった。

家に入って少ししたら、父と姉が怒鳴りあいの喧嘩を始めた。

なんだ?と思ってその場にいくと父が殴りかかろうとしてるとこで、すぐさま止めに入る。

その後も中々おさまらず、何度も修羅場が。

今まで何度もみた光景だけど、特に感情は反応せず、ただ怪我したらいけないのでとりあえず止める。

うちの実家は父親が仕事一筋で、子供を子供として扱ってくれる事がなかったので、僕も姉も子供の頃から父親の愛を感じた事がなかった。

けれど本当は愛の表現が下手なだけであって、愛は沢山もらってたし、今も片道2時間半もかけて自分の事務所にいっている。

僕はこの事をとても尊敬している。

普通ならもうとっくに隠居して悠々自適なはずだから。

うちの姉はまぁ、とにかく酷い。

あ、正確に言えば酷いと思ってた。

父親曰く、おんぶに抱っこ、一人暮らしもできないのに偉そうに言う。やってる事も無茶苦茶で、
おばあちゃんが亡くなる原因になった怪我も彼女が押して倒した事だったりする。

事実はそうだが・・

でも、彼女の気持ちも良くわかる。

やりたくても出来ないんだとは思う。

今日の朝も2人で大喧嘩、あわや大惨事。

またまた止めに入って事なきをえた。

ほんと冗談のけてニュースになるのではみたいな凄さなのだ。

でも色々気づいちゃったなぁ。

喧嘩を止める時に父親の腕をもったけど、かなり細くなってた。力も弱くなって。

そしてそんな大喧嘩をしても次の日ちゃんと朝御飯をいっしょに食べたりね。

みんな好きでやってんだなぁと。

明日はヒロトの運動会だから準備のために早めに出て帰ってきたらいなかった。

どこにいったか、まきちゃんにメッセージ送るも応答なし。

なんとなくFBみてたら、今日は名古屋にだれかさんのセッション受けにいってるそうだ。


昨日もいなかったはずだから、運動会の準備は全くできてない。

まぁ、それでもいっか。明日2人が疲れずに、運動会にヒロトが出れて、ちゃんと見れたらそれで御の字の気がする。

ほんと色んなことあるけど、冷静に見たら、実は大した事は何一つないんじゃないか?っていま思ってる。

あれやこれやに意味付けして、自分が創った世界に振り回される事をやめたら、自分の本当に望む世界を創る道を歩んでいける

創ったものを見て、「あ、違う」と思ったら、その時また新たに創ればよいんだよ。

自分が宇宙そのものなのだから。

僕もみなさんも宇宙そのものなのだから。