こんにちは、ロイヤル麦茶です。

今回紹介する神社は静岡県富士宮市宮町にあります富士山本宮浅間大社です。

御祭神は木花之佐久夜毘売命、瓊々杵尊、大山祇神。

富士本宮浅間社記によると、第7代孝霊天皇の御代に富士山が大噴火した為、周辺住民は離散し、荒れ果てた状態が長期に及んだとあり、第11代崇神天皇はこれを憂い、垂仁天皇3年(紀元前27年)に浅間大神を山足の地に祀り、山霊を鎮めたのが始まりです。
その後、姫神の水徳をもって噴火が鎮まり、平穏な日々が送れるようになったと伝えられております。富士山を鎮めるために浅間大神を祀ったのは富士山本宮浅間大社が最初で、全国にある浅間神社の起源ともなっております。
最初に祀られた山足の地は特定の地名を指すのではなく、富士山麓の適所を選んで祭祀を行った事を示すと考えられており、特定の場所に祀られるようになったのは現在地から北へ約6kmの所にある山宮に祀られてから後の事になります。
大同元年(806年)に坂上田村麻呂は平城天皇の勅命を奉じ、現在地に壮大な社殿を造営し、山宮から遷座されました。
終戦後に富士山本宮浅間神社と改称されましたが、昭和57年(1982年)に浅間神社の総本宮にふさわしい名称とする為、富士山本宮浅間大社に改められました。

 

青春18きっぷを利用して富士山本宮浅間大社の最寄り駅、身延線の富士宮駅までやってきました。

 

富士宮駅のホームから富士山を見る事が出来ます。

 

富士山の周辺に住んでいる方々は富士山が大きく見えるのが日常でしょうが、いつも遠くからしか見られない者にとっては感動すら覚えます。

 

富士山本宮浅間大社の一の鳥居前に到着しました。富士山と一緒に撮影できるので、記念撮影する人が絶えず、誰もいない状態で撮影できるまでまあまあの時間待ちました。

 

一の鳥居のそばには静岡県富士山世界遺産センターがあります。

 

公式ホームページによると、『世界遺産の根拠となる「世界遺産条約(国際条約)」に規定されている、世界遺産を「保護し、保存し、整備し及び将来の世代へ伝えることを確保する」拠点施設であり、学術調査機能などを併せ持つ施設』だそうです。

 

静岡県富士山世界遺産センターのそばに手水舎がありました。

 

境内の方へ進みます。

 

二の鳥居前に到着しました。

 

二の鳥居の右手前には社号標が建っております。

 

社号標の隣には大金剛杖が建っております。

 

二の鳥居後方には道路が横切っているので注意が必要です。

 

道路を渡り、先に進むと三の鳥居が建っております。

 

三の鳥居の手前に狛犬がおります。

 

三の鳥居後方には流鏑馬像があります。5月に流鏑馬祭が行われます。

 

三の鳥居をくぐり、先に進むと楼門が建っております。

 

楼門の手前にある石段には鉾立石があります。

 

明治元年(1868年)まで行われていた山宮御神幸の際に神鉾を休め奉った所になります。

 

楼門の左手前には手水舎があります。

 

楼門をくぐると多くの方がおりました。

 

富士山本宮浅間大社の拝殿です。

 

こちらは本殿です。本殿の様式は浅間造で、富士山本宮浅間大社の他には東京都大田区の多摩川浅間神社と神奈川県横浜市西区の横浜浅間神社の三社のみとなっております。尚、静岡県静岡市葵区の静岡浅間神社は拝殿が浅間造となっております。

 

本殿の左手には三之宮浅間神社があります。

 

三之宮浅間神社の近くには浮砂がありました。

 

本殿の右手には七之宮浅間神社があります。

 

七之宮浅間神社のそばには富士山頂奥宮境内地行政訴訟勝訴之碑が建っております。

 

訴訟とはこちらの事だと思われます。

 

拝殿の左手前には大きな石が二つあります。

 

向かって左側にあるのは火山弾で、富士山噴火の際に吹き上げられたものです。形が整って大きいものは珍しいそうです。

 

向かって右側にあるのは南極の石です。富士浅間大神の御神霊を奉斎し、昭和基地に赴いた砕氷艦「ふじ」の乗組員の方が奉納したそうです。

 

こちらは境内の西側にあります忠魂碑の鳥居です。

 

鳥居の後方には忠魂碑をはじめとする石碑が多数ありました。

 

こちらは境内の西側に建つ鳥居です。

 

鳥居のそばには社号標が建っております。

 

社務所そばにある東門を出ると水口と水盤があります。

 

境内の東側には湧玉池が広がっております。二つに分かれており、富士山の雪解け水が伏流水となって毎秒2.4kリットル流出しております。水温は一年を通して13℃ほぼ一定に保たれているそうです。

 

湧玉池は国の特別天然記念物に指定されております。

 

西側の湧玉池のそばには水屋神社があります。

 

水屋神社の参道脇でお水取りが出来ます。

 

水屋神社の社殿です。

 

社殿の前にはお水取り用のペットボトルが用意されておりました。

 

水屋神社の後方には天神社があります。

 

天神社の手前には筆塚があります。

 

こちらは天神社本殿のそばにおりました撫で牛です。

 

こちらは東側の湧玉池のそばにあります祓所です。

 

こちらは東側の湧玉池に架かる神路橋です。

 

神路橋のたもとには稲荷神社があります。

 

稲荷神社の本殿です。

 

本殿の手前には神狐がおります。

 

神路橋を渡ると厳島神社があります。

 

厳島神社の本殿です。

 

本殿の手前には狛犬がおります。

 

こちらは湧玉池のそばにあります御神幸道首標の碑です。明治の初めまで行われていた山宮御神幸に利用されていた御神幸道の起点の碑です。山宮浅間神社と富士山本宮浅間大社の間には一丁目(約109m)ごとに丁目石が置かれておりましたが、現在は殆ど見られないそうです。

 

こちらは境内の東側にありました駿州赤心隊の顕彰碑です。駿州赤心隊は富士山本宮浅間大社の大宮司、富士亦八郎が隊長を務め、明治維新の激動の時代を勤皇の志士として国家に尽くしました。

 

こちらは境内の東側に建つ鳥居です。

 

鳥居のそばには社号標が建っておりました。

 

社務所へ行き、御朱印をお願いしたところ富士山の番号札を渡されました。

 

富士山本宮浅間大社の御朱印です。

 

 

 

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