適応障害と診断された私。

現在、自宅療養中の身であり、職場復帰に向けて、日々奮闘中である。


復帰した時の生活リズムに徐々に戻していくようにしており、今日は、体調不良になる前と同様、量販店と道の駅で食料品と日用品を買い溜めし、帰宅後、買ってきた大量のブロッコリーとホウレン草を湯がいて冷凍した。

節約と時短を兼ね備えた見事なアクション・・・と言いたいところだが、別に誰かに褒められることもない。


家事に関しては我ながら良くできているつもりだが、私は身も心も男性であり、いわゆる女性の井戸端会議には入っていけないので、家事を頑張っていても、その気持ちを共有してもらう機会が比較的少ない。

・・・女性の井戸端会議で「どこどこのスーパーの米が安いよ!」等と聞くと、思わず耳が大きくなるのだが、その輪に入って行くのは中々敷居が高いものである。


「男性はバリバリ稼いで当たり前。」「女性は家事ができて当たり前。」等、いわゆる男女に対する偏見が未だに社会に残っているように思える。

偏見とは物事の単純化であり、迅速な理解を促す反面、物事をバランスよく理解するのを妨げる作用がある。


私の夢は、今の家庭を維持することである。そのためには、仕事も家事育児もバランスよくやっていく必要があると感じており、そのバランスは人それぞれなのではないかと思う。


「男だから」「女だから」という偏見は、人の本能に根付いた心の怪物のようなものである。しかも本能に根付いているから、倒すことが困難で、たちが悪い。


私もその怪物を心の奥に飼っている。でもそれと戦い続け、作家の金子みすゞ氏が、「みんな違って、みんないい。」と詩集に記したように、とにかく人に対して寛容でいたいものである。