Marie Antoinette Style
キラキラ彼女が刺激的なわけキラキラ






横浜美術館で開催中の
『Marie Antoinette Style』を

見に行ってきましたキラキラ








歴史上の中で、ひときわに

ファッショナブルな王妃として知られる
マリー・アントワネット(1755〜1793)



彼女の装いやインテリア、美へのこだわりは、
18世紀から現代にいたるまで、
ファッションやデザイン、映画など、
さまざまな創作の世界に

影響を与え続けています流れ星




この展覧会では、
その「スタイル」がいかに時代を超えて

人々を魅了し流れ星





なぜ今もクリエイターたちの

感性を刺激するのか?
その軌跡が紹介されていましたアップ



アントワネットが生まれたのは、
ヨーロッパの歴史に大きな足跡を残した
ハプスブルク家です。

Martin van Meytens d. J - Franz I. Stephan und Maria Theresia mit elf Kindern.

🎨Martin van Meytens (1695–1770) 

📍Kunsthistorisches Museum Wien 



 


政治だけでなく、
芸術や音楽を支える存在としても、
深く歴史に関わってきた一族です流れ星
  



ウィーンが「音楽の都」として

育まれてきた背景にも、
宮廷と音楽家たちの長い関わりがあります。キラキラ

アントワネットがウィーンの宮廷で

提供される音楽教育は、最高峰。

声楽の教師は、当代最高の

オペラ作曲家とみなされていた

クリストフ・ヴィリバルト・グルックでした。


そんな宮廷で、キラキラ
幼い頃から音楽に親しんで育った

アントワネットドキドキ

Marie Antoinette at the Spinet(1768)

🎨Franz Wagenschon,

📍Kunsthistorisches Museum






彼女自身も歌い音譜

ハープやクラヴサンを演奏し音譜
グルックをはじめとする音楽家たちを支援しました音譜

Marie Antoinette playing the harp at the French Court (1775)

🎨Jean-Baptiste Andre Gautier-Dagoty

📍Musée de l'Histoire de France





音楽を聴き、奏で、舞い、
美しいものに触れる日々キラキラ


📍譜面台

天板の飾り板には、フランスを代表する高級磁器であるセーヴル焼きが贅沢にあしらわれています。王妃が好んだバラやパンジー、真珠などの繊細な絵柄が美しく描かれています。

📍マルタン・カルランによる製作

18世紀フランスの伝説的な家具職人(エベニスト)であるマルタン・カルランによって、1777〜1785年頃に製作された名品です。




その経験が、
彼女の感性や審美眼を

育んだのではないでしょうかキラキラ

Sebastian Erhard Nadermanのハープ。

18世紀後半のフランスで活躍したハープ製作者・音楽家。

マリー・アントワネットがヴェルサイユに来た後、彼女のために、楽器を製作し改良した人物です。


装飾デザイン

花や百合、天使などの華麗な装飾が施されており、アントワネットが好んだドレスのデザインとも通じる美しさを持っています。




何を美しいと感じキラキラ
何に心を動かされるのかキラキラ


私が大切にしている

「真・善・美」という言葉を、
彼女の育った環境に重ねながら、
展示を見つめていましたキラキラ


展示の中で、
私の心に最も深く残った言葉があります。




母マリア・テレジアから、
娘マリー・アントワネットへ贈られた言葉です。

Portrait of Maria Theresa, Holy Roman Empress

🎨Martin van Meytens the Younger


「みなが貴女を

見つめているのですよキラキラ」


オーストリアからフランス王室へ嫁いだ娘に、

マリア・テレジアは手紙を通して、

身だしなみや礼儀、

そして王室の一員としての責任を、

厳しく伝え続けましたキラキラ





その言葉には、
女帝としての厳格さとともに、
遠く離れた国で生きる娘を案じる、

母の思いも込められているように感じますキラキラ


Marie Antoinette with a Rose》(1783) 

🎨Élisabeth Louise Vigée Le Brun

📍Château de Versailles 

アントワネットが持つのは「ケンティフォリア」という薔薇。この薔薇は、彼女の美貌を象徴すると同時に、母国オーストリアのハプスブルク家の紋章的な意味も含まれているそうです。






あなたの振る舞いを、

人々が見つめているキラキラ

自分の立場を忘れず、
その責任を大切にしてほしい。キラキラ


私は、そんな願いを受け取りました流れ星




アントワネットは、
母の言葉をどのような思いで胸に留め、
王妃としての日々を歩んだのでしょうかはてなマーク


華やかな装いや暮らしの奥にある、

人々のまなざしと、
その立場ゆえの重みダウン

Marie-Antoinette; koningin der Fransen(1775)

🎨Jean-Baptiste André Gautier-Dagoty 

📍 Palace of Versailles




この言葉を知りキラキラ
私は彼女の姿を、
より深く見つめたくなりましたキラキラ


プチトリアノン 王妃の村里




プチトリアノン 愛の聖堂



そして私自身も、

全く注目される者ではないですけれど、

自分の言葉や振る舞いに心を配り、
与えられた役割に誠実でありたいと、
あらためて感じましたキラキラ



 


そんな彼女を取り巻くまなざしは、

時代とともに変わっていきますダウン

財政難や社会不安が深まるなか、
称賛されていた装いや暮らしは、
やがて「贅沢の象徴」として

批判されるようになりました汗



彼女自身の行動への批判に、
誇張や中傷が重なり、
ひとりの女性の姿が、
人々の怒りを受け止める象徴へと

変えられていく......。


その過程に、
私は恐ろしさと悲しさを感じました。


その渦中で起きたのが、
1785年に発覚した「首飾り事件」です汗



Sutherland Diamonds

📍Victoria and Albert Museum, London



王妃の信用を利用した詐欺によって、
ロアン枢機卿が欺かれ、
高額なダイヤモンドの首飾りをめぐる

事件が起きました。



アントワネット自身は

事件に関与していなかったにもかかわらず、
王妃を浪費家とみなす悪評は、
さらに広まってしまいましたダウン



関わっていない事件までもが、
その人を責める材料になってしまう汗

真実よりも、
人々が信じたい物語が

力を持ってしまうことの怖さを、
あらためて感じます汗





会場には、
アントワネットの処刑に使われたとされる
ギロチンの刃も展示されていました。


静かに置かれた、
大きな金属片。


その前で、
華やかな王妃の物語が、
ひとりの人間の命の終わりへと

つながっていることを、
痛いほど感じました。



革命の熱狂と、
断頭台の記憶。

胸が痛み、
私はその刃を凝視することができませんでした。

その展示に近づいたとき、
まだ何が置かれているのか、
はっきり分からないうちから、

「私じゃないわ!」

という悲痛な叫びが、
私の心に響いてくるように感じました。



斬首後に型取りしたとされるマリー・アントワネットの蠟製胸像の写真[複製]。 処刑日に型取りされたといわれるデスマスク。1925年迄ロンドンの蝋人形館、マダム・タッソー館で展示されていました。




涙があふれ、
首飾りとギロチンの展示があるエリアを、
足早に後にしました。


美しいものを見に来たはずなのに、
そこには、
美だけでは包みきれない

悲しみがありました。



そして、以前に読んだ事があり、
私の心に深く残っている
アントワネットの最後の手紙があります✉️🕊

 (この手紙は展示されていません。)



1793年10月16日、
処刑当日の午前4時30分。


コンシエルジュリー時計塔側 


パリのコンシェルジュリーに幽閉されていた彼女は、
義妹エリザベートに宛てて、
最後の手紙を書きましたメモ


そこには、
残していく子供たちへの愛と心配、
義妹への感謝キラキラ
そして神への祈りが綴られています流れ星


マダム・エリザベート(ルイ16世の妹)へ宛てた手紙

この手紙は、検察官アントワーヌ・フーキエ=タンヴィルに没収され、本人の手元には届きませんでした💧

のちに1815年の王政復古期に発見され、1830年からフランスの国立公文書館で保管されています。

(この手紙は展示されていません。)




『あなたに......,

私の妹に最後の手紙を書いています。


私は死刑の判決を下されたのですが、

犯罪人にしか適応されない恥ずべき死刑ではなく

あなたの兄さん(ルイ16世)に会いに行くように

との判決なんですよ。


兄さんと同じように私も無罪なのですから、

彼が最後の瞬間に見せたと同じ毅然さを見せて

死んでゆきたいと思っています。


ただ、かわいそうな

子供たちを残していくのがずいぶん残念です。

あなたも知ってのとおり、

私は彼ら子供のためにだけ生きてきたのですから。


そして私の良き、優しい妹、

あなたはすべてを投げ打って

私たちと過ごしてくれましたね。


だけど、私は、

そんなあなたをなんという状況に

落としてしまうのでしょう!


裁判の口頭弁論の時。

だから今、二人のために

私の祝福を受け取り二人に届けてください。


いつか、彼らがもっと大きくなって

あなた会えるようになったら、

すっかりあなたの世話になる事だと思います。


私が絶えず二人に言い聞かせてきたこと、

つまり、信条と義務を正確に履行することこそ

人生の基本の中の基本だということ、

友愛と互いの信頼が

自分たちを幸せにしてくれるのだということに

二人とも思いを馳せてほしいの。


自分の家族以外、

これほどすばらしく貴重なものはありません。

息子には、私が繰り返し言い聞かせた

「私たちの死の復讐をしようとしてはならない」

という父(ルイ16世)の

最後の言葉を忘れないでほしいの。


いつか、あなたの二人への親切、

あなたの優しさの値打ちが

もっと良く感じられる日が来ることを望んでいます。


私は、ローマ教会のカトリック教徒として

死んで逝きます。

これは両親の宗教であり、

私が育ってきた宗教であり、

いつも公言してきた宗教です。


でも、こんなものに精神的慰めなど

少しも期待していないし、

この宗教に司祭というものが

いるのかどうかもわからない。


私が生涯で犯したかもしれない

あらゆる過ちについては、

「神」に直接心から許しを得たいと思います。


私の最後の願いと、

慈悲と優しさで私の魂を受け入れてくださるように、

いつもの願いを神が好意を持って、

受け入れて下さればと思っています。


私のすべての知人に、

そしてとりわけ、あなたに、

思いもよらず苦労をかけてしまったかも知れない

あなたにお詫びします。


私は、私に対して

悪をなしたすべての敵を許します。


アディユ、さようなら、善良で優しい妹.

この手紙があなたに届きますように!』


※以上は、最後の手紙の内容を要約したものです。

参考:高瀬英彦「マリー・アントワネットの遺言書

―妹に宛てた最後の手紙」
『大阪樟蔭女子大学学芸学部論集』第45号2008年


 
死を目前にしながら、
彼女の思いは、
残される家族と、
子供たちのこれからへと向けられていました。


Marie-Antoinette se rendant au supplice

🎨François Flameng 

📍musée de la Révolution française 





王妃としてではなく、
ひとりの母として、
ひとりの人間として遺されたこの言葉。

Marie Antoinette and her Children 

🎨Élisabeth Vigée-Lebrun

📍 Palais de Versailles




私はそこに、

家族への深い愛とキラキラ
最後まで自分の心のあり方を見つめようとする

姿を感じます。キラキラ



されど、彼女の生涯のすべてを、
この手紙だけで語ることはできません。



それでも、
死を目前にした言葉からは、
華やかな肖像画とはまた違う、
彼女の内面が伝わってくるように思いました。

Portrait of Queen Marie Antoinett

🎨Marie Elisabeth Louise Vigee Le brun 

📍Château de Versailles 

 




恐怖や悲しみのなかで、
復讐ではなく、
子供たちの未来を願うこと流れ星

その思いに、
私は深く深く心を動かされました流れ星キラキラ





トマス・グレイ(1716–1771)

墓畔の哀歌(訳 福原麟太郎)にある詩です。



『美しき者たちよ、

惑わされることなく、

ここから出よ。


一たび足を踏み外せば、

取り返しがつかぬことを知ってほしい。


大胆は良いが、

用心深くしてほしい。


迷える目を誘うもの、

軽はずみな心を引く、

すべてが正しい”獲物”ではない。


輝くもの、

すべてが黄金とは限らない。』


このトマス・グレイの詩が

私の心に浮かび上がってきました。



目に映る華やかさだけでは、
その人の本当の姿は分からない。


広く語られている評判が、
事実をそのまま伝えているとも限らない。


時代が大きく動くとき、
人々の恐れや怒り、
さまざまな意図によって、


ひとりの人間の姿が

歪められてしまうこともあるのでしょう。


狩猟をするマリーアントワネット

🎨Louis-Auguste Brun

📍Château de Versailles



だからこそ、
何が語られているのかだけでなく、
その奥にある心にも、
静かに目を向けていたいキラキラ


私にとって、
真実を見つめることと、
誠を大切にすることは、
深くつながっていますキラキラ




アントワネットの没後、
230年以上が経ちました流れ星

それでも、
彼女の存在は色褪せることなく、
今も多くのクリエイターたちの

想像力を刺激しています流れ星


ファッション、デザイン、映画、音楽。




時代やジャンルを超えて、
繰り返し新しい表現へと生まれ変わる、
マリー・アントワネットのスタイル。


映画『マリー・アントワネット』

ソフィア・コッポラ監督、2006年



映画『マリー・アントワネット』のためのマノロ・ブラニクの靴とデザイン画




なぜ、
彼女は今も人々を惹きつけるのでしょうか
はてなマーク


華麗なドレスや、
大胆な髪型だけではない。

1780年頃ローブ・ア・ラ・フランセーズのドレス

📍V&A South Kensington




私は、
美しいものを愛しキラキラ
自分の感性で選び取ろうとした姿にも、
その理由があるように感じますキラキラ


1784年アントワネットの為に作られたセーブル磁器のスープポット

📍オックスフォード大学アシュモレアン博物館





そして、
その華やかさの奥にある、
家族への愛や、
ひとりの女性としての喜びと悲しみ汗


そうしたものまでが、
後世の私たちの心を

揺さぶるのかもしれませんキラキラ


乳房ボウル(ラ・ボラット)1787年

📍国立陶磁博物館(セーヴル)

王妃マリー・アントワネットが牛乳を飲むための器。王妃の胸をモデルにして型取られたという伝説が有ります。フランス王家で初めて母乳育児を実践したアントワネットの革新的な一面や、乳製品を好んだ時代背景を象徴する作品。




私には、
彼女の美を愛する感性と、
最後の手紙に残された祈りが、
「真・善・美」を

見つめるきっかけになりました。




クリスチャン・ディオールによる「マリー・アントワネット・スタイル」



華やかな美に目を奪われ、
歴史の痛みに胸を締め付けられ、
その奥にある心へと思いを寄せる。


マリー・アントワネットの審美眼と、
ひとりの人間としての姿が、
深く心に残る展覧会でしたおねがい




※ブログに添付させて頂いたお写真ですが、
展示されていないものもございます。




📍横浜美術館

「マリー・アントワネット・スタイル」

📍会期:2026年8月1日(金)〜 11月23日(月・祝)

📍時間:10:00 〜 18:00

(11月21日・22日は20:00迄。入館は閉館30分前まで)

📍観覧料(一般): 2,500円(大学生・専門学校生は1,600円、中高生は1,000円、小学生以下無料)