洲崎遊廓追善供養歌碑にて

あるご婦人に出逢い

「彼女達が懸命に生きていたコト...
どうか忘れないで上げてね。」

と告げられた、お話を記載しました。

 

もし、よろしければ...

 

残念ながら、御衣黄は

洲崎パラダイス(赤線)時代を知る方々から

お話を伺う、つてがありません。

 

なので、書籍(洲崎遊廓物語 岡崎征男氏 著)から

偏ることなく

ただただ、彼女達のエネルギーを

感じることにしました。

 

同著書から

気になった箇所

【元遣り手 安藤きわさん(仮名)の実録】

を御衣黄なりにまとめてみます。

 

---

御両親は、貧しさ故に

育てることが叶わず

三歳のきわさんを養女に出します。

 

その際、養父は、実父に

女学校へ上げる約束をしていた様です。

 

しかし、その約束も見事に破られる。

 

養父の実態は、借金まみれだったのです。

その返済の為

きわさんを子守り奉公に出します。

 

当然、小学校には、殆んど通えませんでした。

女学校なんて、夢のまた夢...

 

なぜなら、

常に赤ん坊をおんぶしていたから...

 

養父は

女好きで、博奕が病気の

だらしない男だった...

 

そんな養父なのに

きわさんは、貰ってくれたコトへの

恩義を感じていた。

 

根が素直で、心のキレイな方

なのですね(´Д⊂

 

・・・。

 

年老いた養父母の生活は

日に日に、困窮していく...

 

ついに

カレらは

お茶屋(実際は、お酌だけではなく、転ぶも含まれていた)

で働く様、きわさんに頭を下げ、お願いした。

*転ぶとは、私娼の売春行為のこと
 

こうして

心優しいきわさんは

親孝行の為

十六歳(爪破)の時

私娼の道に入るのである。

(洲崎遊廓物語 P56-P62 参照)

 

お読みいただいた方、ありがとうございます✨

 

恐らく...

カレらは、桂庵(女衒商売が本業)

の口車に乗せられたのでしょうね。

 

・・・。