お久しぶりです。前主将4年漕手の長谷です。早いもので、これが学部での最後のブログとなります。正直にいって何を書こうか迷っています。まあ、普段通りになると思いますが。今回は色々なものの振り返りや思い出など、頭に浮かんだことをつらつらと書いていくので、興味がある人は読んでくだされば幸いです。では、インカレと4年間の振り返り行ってみましょう。
・インカレ(2026)
今回はM4-の2番で出場させていただきました。
このクルーになるまでにも色々ありました。今回のインカレは、M4+が全日本からの持ち上がりで行こうというコンセプトになったため、僕の今年の出場は、M2-(長谷、松野)か、M4-(今回の猪俣、松野、長谷、渡辺)のどっちかかなとの話になりました。最初はM2-で出場しようかと思っていましたが、松野のブログにもありましたが、お互いの漕ぎが合わず、M2-は絶望的ではとなりました。僕はドライブからフィニッシュにかけて、松野はフォワードからキャッチにかけてと癖があり、それ故、漕ぎが合いませんでした。(二年インカレから一緒に漕いできたのもあって、とてもびっくりしました笑。)
その結果、M4-で出場することが決まりました。ただ、この後も一筋縄ではいきませんでした。まず、霞ヶ浦のM4xをM4-に改造するところから。4人で艇庫の中を探し回り、リガーを付け、完成させました。そして、乗艇。付き艇よりも安定しないし、人数が多いため、そもそも漕ぐこともままならない状態だったことを覚えています。あと、レーンがないため、蛇行もめちゃくちゃしました。こうたろうと一緒に後ろを確認しながら漕ぎましたが、何度も危なかった場面はありました。
合宿期間になると、普段なら戸田で泊まり込みでしたが、今年は少し違いました。というのも、院生の猪俣さん(以後:いのまてぃー)に乗ってもらっていたため、彼の研究室の関係上、月〜木はつくば(霞ヶ浦)での練習となっており、2拠点生活を送っていました。まだ、霞ヶ浦では朝練しかできないため、コーチの野村さんが提示してくださったメニューを完遂することは困難でした。故に、クルーで話し合い、メニューの効果を引き出せるよう、工夫しながら練習していました。時にはエルゴでメニューを行う日もありました。個人的感覚として、メニューは水上だからなんとか耐えられる強度だったため、エルゴでしようとなったときは絶望しました。ただ、クルーで半々に分け、誰かとするようにしたので、なんとかできました。終わった後、「絶対にエルゴでやるものじゃない」とクルーと話したのを鮮明に覚えています。
戸田ではメニューに取り組みました。ここでも蛇行に苦しみました。ただ、いつ頃か忘れましたが、だんだん蛇行が減り、船がたつようになり、メニューをまともに行えるようになりました。
そして、ある時転機が訪れました。他大の同種目に私の知り合いが出場していたため、並べのお願いをしたところ、受諾してもらいました。ここで、過去最高の漕ぎをし、タイムも勝ったので、クルー全体で自信を得ることができました。これ以降はなんだかんだ練習が楽しくなったように感じます。このテンションでインカレに突入します。
インカレです。今年はプログレッションシステムの関係上、予選で好記録を出す必要がありました。結果としては、クルーの90点級の漕ぎを引き出せ、2着となり、最終日が確定しました。あのレースでの快感は忘れられません。
2レース目は苦手な逆風、緊張によりグダグダでしたね。本当に情けなかった。僕自身、めちゃくちゃ艇のリズムを乱していました。みんなごめんね。結果B決勝となりました。
最終日レースでは、欲(入賞する)を出さず、2レース目のようなレースをしないという目標になりました。前レースは緊張でガチガチでみんな漕ぎのベクトルがバラバラだったからです。ただひたすらリラックス。結果は4着、全体10位で終わりました。
さて、今回学んだことを少し書きます。
まずフォアを通して。当たり前のことですが、ユニフォーミティの重要性を痛感しました。フォアは安定が取りづらく、端々を揃えるのはもちろん、それ以外(ハンズセット、フォワードなど)の細部も揃える必要がありました。ただ、複雑に考える必要はありません。松野も書いていましたが、僕たちのクルーに関しては、「シンプル、まっすぐ、つりさがり」のみ意識していました。下手にごちゃごちゃさせる必要はなかったと思います。ただ、艇をたたせるには明確な起点があったほうが、改善に関して、もちろん即効性はあります。僕たちはフィニッシュ起点に揃えていました。その他の詳しいことは、松野が書いてくれているので、彼のブログを見てほしいです。
次に全日本のレベル感に関して。やはり、最終日に行くクルーは実力があるなと肌で感じました。例を挙げるなら、最終日クルーは、我々が漕ぎが90点で突破していたところを、60〜70点だとしても、準決勝まで突破してくるという感じでしょうか。2レース目、我々がグダグダなところ、他大はしっかりとタイムを出していたため、そう思いました。それくらいの危機感を持って練習をしなければならなかったと最後の大会で知りました。
さて、インカレ関連で最後の項目です。
いのまてぃー。研究室で忙しい中、一緒に乗ってくれてありがとう。今まで見た人の中で一番タフだと思います。また、いのまてぃーがいたおかげで、どんなに練習がうまくいかなくても、雰囲気よく続けられたと思います。◯ーキンまた食べに行こう。
こうすけ。4年間お疲れ様。そして、ありがとう。デビュー戦のオッ盾でも僕ら前後のシートやったやんな。最後のレースに行く回漕レーンで懐かしいなと思いながら漕いでた。あと、こうすけとは長い間一緒だったのもあって、苦しい時も共有したね。僕ら、めっちゃ頑張ったよな笑。これからもよろしく。
こうたろう。五大からありがとう。正直言って、君はすごく上手だと思う。そして、今回、引退する4年生2人を乗せたクルーだったのに、ここまで一緒に来てくれてすごいと思った。2年の僕の漕ぎをみたけど、圧倒的にこうたろうの方が上手だと思う笑。練習のUTSで声にならない音を発しながらセットのコールをしていたのはM4-練習の思い出の個人的MVPだと思う。あと、2年、長いようで短いのでまじで頑張れ。
最後に、実際に漕ぐという意味でのクルーメンバーではないが、最強のアナリストこと菅野。褒めすぎると調子に乗るかもしれないが、君の分析はすごくクリティカルなものだと感じた。どうしても戸田に行ける機会が少なかった僕らにとって、菅野はなくてはならない人だった。大変だと思うが、これからは野村さんの技術の全体への普及、分析等がんばって。
・4年間の振り返り
4年間、長いようで短かったです。定期戦があるおかげなのか、オッ盾→新人→春合宿→五大→インカレ→新人となったと思ったら、気づいたら五大のループのような4年間でした。今思えば、そんな生活もよかったなと思います。引退して感じたのですが、何かのために全力で取り組めるという時間はとても楽しく、貴重なものだなと思いました。というのも、引退前は、「引退したらアマプラみたり、朝練を考えることなく好きな時に起きられる」とか色々考えていましたが、いざ、その身になってみると楽しいのは最初だけで、あとは目標のない何ら変わらない日々が続いてるなと感じています(もちろん、楽しいこともありますが)。大学入学当初に思い描いていたような大学生活と比較し、不自由はありましたが、そんな日常がとてもかけがえのないものだったと痛感しています。
さて、同期たちの引退ブログをちらちら見つつこのブログを書いているのですが、何人かはこの部活を続けてこられた理由等を書いていますね。引退ブログですので、僕も少々書いてみることにします。
現役時代、何度か考える機会はありました。一番直近だと、主将就任時、どんな部活にしたいのかを考えるために、まず、自分がなぜこの部活に所属し続けるのかを考えようとM2の後藤さんが提案してくれた時だと思います。その時、僕の頭に思い浮かんだのは「責任」でした。先輩たちから良くしてもらった、たくさんの方々からご支援、ご声援をいただいた、何度も対校艇やインカレ等、競技的観点で部にとって貴重な枠を使い経験させてもらった等、部から多くの恩恵を受けてきたから、中途半端にリタイアすることは損害であり(自意識過剰ですが)、裏切りであると義務のように思いながら続けていました。ただ、実際は違っていた気がします。引退し、プレッシャーから解放され、ボートがない生活を送っているなかで、ボートの何が良くて続けていたのかと考えた時に、「最高の1レース、もっと細分化すると、最高の1ストロークを味わう」ために続けていたと思います。いいことばかりではなく嫌なこと、つらいこともある練習、思い描いていた結果を描けなかったレースがある中でも、そんな思いをぶっ飛ばしてくれるような1モーション、1レース、1ストロークを求め、それがまたできると信じて漕ぎ続けたんだろうな、と思います。結局は「ローイング」自体が好きだったのだと思います。
ただ、これは4年間続けて、生活の中からローイングがなくなったから分かったこと。普通なら、自分はここまで続けてこられるわけがない。そんな中、ここまでできたのは先輩、同期、後輩、OB.OGの皆様等この4年間に関わってきた人達に恵まれたからだと思います。本当に運がよかったと思います。
先輩方
入部当初から、技術指導等、部に関わることはもちろん、私生活に及ぶまで関わってくださりありがとうございました。私がここまで続けられたのは皆様との楽しい思い出はもちろん、皆様がみせた痺れるレースへの憧れ等を支えとしたおかげかと思います。また、引退後も時折様子を気にかけてLINEしてくださったり、戸田に顔を出してくださったりしたときは、めちゃくちゃ嬉しかったです。今後ともなにとぞよろしくお願いします。
同期
入部当初からありがとう。遊んだり、競ったり、愚痴、悩みを言ったりいろいろな感情、経験を共有したなと思います。また飲もう。(残りはまた、旅行とかするだろうから、その時言えたらなと)
後輩
頼りない上級生だったけど、関わってくれてありがとう。みんな光るものがあり(個性的で)、それゆえ、一緒にいて楽しかった。これから楽しいことばかりでなく辛いこともあるだろうけど、がんばって(つぶれない程度に)。また飯行こう。
桐漕会の皆様
4年間ありがとうございました。皆様のご支援、ご声援のおかげで、合宿では練習に集中でき、レースに取り組むことができました。また、学生担当の御三方を中心として、我々学生と親密に関わってくださったため、運営改善のみならず、コーチ招聘など新しい試みにも挑戦することができました。本当にありがとうございました。
カナブンさん
4年間ありがとうございました。試合前の定番料理はもちろん、時折合宿中に来て作ってくださる料理、とても美味しかったです。学生が作るどこか似通ってしまうものとは全く異なる美味しい料理が合宿時の大きな楽しみの一つでした。よろしければ、これからも後輩たちを支えてやってくださればうれしいです。
さて、ブログはここまでとします。
次回は五大ヤングエイトでお会いしましょう。ストバウどちらでも漕ぎます。
では。

↓最後に思い出でも貼っていきます。

デビュー戦(一年オッ盾)

初のメダル(2年東日本選手権)

2年新人戦

惜しかったよなぁ、五大(4年)

アドレナリンドバドバ、ラストインカレ
番外編(ミームクルー写真)

3年インカレ

4年インカレ(撮影、文字:山下)