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木こりのよもやま話

ギター作ったりしながら、のんびり生きてます。

気づけば2年近くもブログを放置してしまいました。

その間も、特に最近になって、異常なほど沢山のアクセスを頂くことが目立ち、

このような拙いブログに興味を示してくださる方がいらっしゃるということなのか、

ギターマニアの方のウンチクの片隅に加えて頂けるという事なのか、

知る由もないことではありますが、

多くはリアルに知らない方がご覧になられているこのブログ、

無責任にまた綴ってみようかと思った次第です。

 

ブログ再スタートのきっかけは、一つの訃報からでした。

昨日、お世話になった方が交通事故で亡くなられたという知らせを受けました。

亡くなられたこの方とは、直接お会いしたのはたったの3度。

出会いは、僕が新聞に取り上げてもらったときの記事をこの方がご覧になり、

すぐにご自身が主催するイベント参加して欲しいというお手紙を頂いたことからでした。

 

突然の、知らない人からの、雲を掴むような話に僕は戸惑い、

返事もせずに放置したままそのイベントは過ぎました。

 

ところが程なくして、某所で実際にこの方とお会いします。

とあるお店に偶然に居合わせ、店主に名前を呼ばれて応える僕を見て突然、

「私あなたのこと知ってる!」と切り出し、

手紙を書いたことを話してきます。

その屈託無く接してくる様に、

手紙に返事もしなかったことに急に罪悪感を覚えたりもしましたが、

この方は更に僕にオファーしてきます。

 

「来年の6月21日にまたやるから、良かったら参加してね」

 

ほぼ一年近く先の事でした。

 

この方のイベントは、音楽や芸術を、プロアマ問わず、ご自身が接してきた人達を

一堂に集めて繋がりを築こうというものでした。

今時手書きコピーの案内が送られてきて、会場までの地図や駐車場の場所には蛍光ペンで順路が示され

一通一通手書きしたのかと思うと、何とも言えない気持ちになり、

とは言え実際に行くまではその趣旨もあまりよく理解できず、

とにかく言ってみて何か歌えばいいんだろうなという程度の理解に、

一度会っただけでとにかく来て歌えというこの方も、

僕がどんな歌を歌うかなど知らない状態でオファーしているという、何だか訳のわからない状態。

それでもこの方の穏やかな熱意に、とにかく行ってみようと思いました。

 

当日はリハーサル室のようなところで、集まった人たちが順番に演奏したり、

書道やイラストのパフォーマンスが行われたりと、

イベントが進むにつれて参加者同士の会話が広がり、

名刺を交換して再会を約束したりと、

あれよあれよと繋がっていきました。

 

僕も自作のギターで弾き語りし、

興味を持った方がまた別のイベントにお声かけくださったり、

僕のライブイベントにお誘いしたりと、非常に有意義なものとなりました。

 

知らない人同士、いいものを持っている人同士を、

自分がきっかけとなって繋げていくということは、面白いことだとは知っていました。

ライブのブッキングなどは、敢えて普段一緒にやることのなさそうな人同士を組ませたりしています。

それの、更にジャンル問わずに広げたようなイベントでした。

今思うと、この方は自分と似ていたのだなと思います。

 

これからもこうしたことは回を重ねて、

繋がりを広げていけたら面白いだろうなと思っていた矢先の訃報。

残念でなりませんが、この方のこの世でのお役目はここまでだったのでしょうか。

それにしても、お会いしたのはたったの3度。

儚い繋がりでありました。

今思えばもっと関わりたかった、もっとお話ししたかったと思うばかりです。

 

縁というものはいろいろな形があるのかもしれませんが、

こんな風に儚いものもあるのなら、

会いたい人には会っておき、やりたいことはやっておかないと

後悔してしまうことになりかねないと思った次第。

 

この方の、人を繋げる事を楽しんだであろう人生。

それを伝えてさらりと去った今、

この続きは、僕や関わった人たちに託されたというとおこがましいですが、

面白いと思った者の責任として、その意思を継ぐことが、この方への恩返しということでしょうか。

 

ご冥福をお祈りするというには、未だ実感が湧かないところですが、

この方の思いに、自分も思いを馳せるとします。