皆さんは"極貧時代"というものを体験したことはありますか?

僕は26歳の時、NYに引っ越してきてちょうど半年の頃、そのピークを迎えました笑


2011年。NYに引っ越してくると決めた当時、それまで平均すると週7ペースで飲みに行っていた僕の口座には「貯蓄」というものは皆無でした…

それから実際に渡米するまで約半年間

本気で貯めよう!


と思ったものの…なかなかそう簡単に貯まるもんではないですね。恥ずかしながら親にお願いして貸してもらったりして

なんとかかき集めた150万円を握りしめて出発しました。


みなさん海外に飛ぶ時、往復航空券よりも片道航空券の方が高いって知ってました?

僕は知りませんでした…

何でだよっ!!??


とPCの画面に怒鳴り散らしたのを今でも鮮明に覚えてます。。

でもしょうがないので…

納得いかないまま片道航空券$$$

最初に住む家の家賃、保証金$$$$

ベッドなど最低限必要な家具$$$

当時発売したばかりのiPhone 4S$$$$

最初は学生VISAで渡米したのでそのVISA取得料と学費$$$$

そこから就労VISAへの切替申請料$$$$$$

ちょっとした詐欺$$$💀$$$

などなど…詳しくは割愛しますが…

最初にかかる初期費用ってのをちょっとナメてましたね。残高を見ると萎えて何もできなくなるので、できるだけ見たくなかったです…

そして何とか生活をスタートしたのはいいものの…当時の僕のステイタスは学生VISA。つまり

働いて給料をもらってはいけない身


でした。

そんな中でいろいろな人と出会い、話をしているうちになんと

WARREN TRICOMIという有名サロンでインターンとしてお手伝いさせてもらう事になり…

給料はゼロですが、お小遣いを少しばかりもらって

(NYのサロンでは、スタイリストが手伝ってくれたアシスタントに対して「thank you」と言ってキャッシュをあげる風習があります)

あとは、日本語の掲示板で「$40で出張カットします!」とか言って(←安っ!!!)

なんとか月の収入は$500ほどに…

当時払っていた家賃で−$900
光熱費+ネット+ケータイで−約$200
学費−$350

生きてるだけで大赤字!


息してるだけで大赤字!!


しかも、僕も人間ですから。食べなくては生きていけません。

NYに遊びに来たことある人ならわかるかもしれませんが…

食費が高いんです。。。

そんなこんなで

ドドンパにも劣らないスピードで残高が減っていきました。


(それと同時に擦れていく自分の人格…w
仏教徒なのに恥ずかしながら…余裕がないと人に優しくできない自分に気付き、釈迦の偉大さを思い知ったのでした)

そして、数ヶ月が経った頃…

YUI SALONというサロンで正式に働く事が決まりました。

west villageというNYの中でもめちゃオシャレなエリアにこのサロン。セット面5つとシャンプー台3つの小さなサロンでしたが、僕は大好きなサロンでした。


なんでここで働こうかと思ったかというと

人。教育。


NYに来たばかりで英語もロクに喋れない僕は、一刻も早く「通用する技術」を身につける必要があると思ったわけです。

YUI SALONのオーナー、トモさん(たまたま同じ愛称)は、日本ではPEEK-A-BOOでキャリアを積み、NYでSally Hershbergerという有名サロンでトップスタイリストとして働きながら、サロンを経営しているという…しかも、技術の教育に力も入れており、トモさんが直々に教えてくれるとの事。


当時の僕には最高の条件だと思い、ここで正式にアシスタントとして働かせてもらう事にしました。

この時すでに僕はジリ貧状態…

アシスタントとして貰える時給でも有難くて手が震えるほどでしたが…

小さいサロンで、すでに僕の他にアシスタントがいたこのサロンでは、正直平日はアシスタントは足りてる状態。

それでも「平日も働いていいよ」との事。

僕の生活の為に雇ってもらってる様なもの


でした…

でも、ここでふと思ったのです。
アシスタントが足りてるなら…

その平日の時間を投資しよう!


と。働いて時給をもらうのではなく、空いてる席があれば練習する場として使わせていただきました。

毎日毎日、モデルを探して練習しまくって、空いた時間は英語の勉強。


いつも忙しいのに合間を縫って付き合ってくれたオーナーのトモさんには今でも頭が上がりません…

日本ではブローに自信があった僕でも、NYでは全く通用しなかった。カラーにも自信があったけど、そもそも髪質も違うしやり方も違った…

僕が日本で身に付けた"自慢の技術"は、日本人にしか通用しない技術だった。


だから、目の前の「時給」という小さな救いには目もくれず、できる限りの時間を投資しました。

何も持ってなかった僕は、自分の時間くらいしか投資できるものがなかった


のです。資産の投資とは違って、ここで身に付けた技術は

絶対裏切らないハイリターンの投資


です。投資のリスクといえば、当時は$1のピザか、リンゴくらいしか食べれなかった事くらいでしょうかw

そんな生活が2〜3ヶ月続いたあと、スタイリストとしてフロアに上がった時の僕の口座は

$0


こんなにも綺麗な残高照会はある意味誇らしいほど。beutifulです。

でも、投資した甲斐があってか

それから半年くらい経った(ちょうど渡米してから一年経った)頃には、給料は日本で働いてた時の3倍ほどに。渡米する際にかかった初期費用を無事取り戻して、少しばかり人に優しくできるくらいの余裕ができました。

激動の一年間。

思い出したくない事もいっぱいありますがw
とても成長させてもらった一年間。

ちょっとおカネの話ばっかりになっちゃったけど。。

英語ではこう言います。

No pain no gain.


「痛みなくして得るものなし」



via TOMOHIRO ARAKAWA
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