はれるや荘の彩子さん 9 | 愛と平和の弾薬庫

愛と平和の弾薬庫

心に弾丸を。腹の底に地雷原を。
目には笑みを。
刺激より愛を。
平穏より平和を。
音源⇨ https://eggs.mu/artist/roughblue

バンドの練習があって帰りが遅くなると、彩子さんはいつものベンチでよく「あの人」と語り合っている。

ある日こっちの耳にまで届いてきた言葉は、

「いいねえ、ずっと三十台なんてさあ。健康そのものだよねえ」

それから階段を昇ろうとしていた俺に気づいて、

「あ、お帰り、すーさん」

そして笑い出した。

「あ、ごめんごめん、健康じゃないか。あ、そうか」

すでに「あの人」との会話に戻っていたのだった。

下から聞こえてきた、

「死んじゃったんだもんねえ、健康なら死なないよねえ」

という言葉で、それが「あの人」との会話だと、気づかされたのだった。

「あの人」がかつて103号室に暮らしていた男性で、宇津呂友介という名前だったと教えてくれたのは、102号室の優子さんだ。

「死んでんですか?」

俺がそう聞き直すと、

「うん、もう五年だったかな、それくらい経ってるって、彩子さんが教えてくれた」

「死んでる人と話してるんですか、彩子さん」

「そういうことになるんだろうね」

「その人が隣の部屋に住んでた人って、気味悪くないんすか、優子さん」

「気味悪がってみたってねえ。それに、ガメラはないの?そういうこと。死んじゃったおじいちゃんとか、誰かと話すって」

「ないっすよ、そんなの」

「ええ……、ないんだあ。わたしはあるよ、ばあちゃんと時々。それに小学校の時に死んじゃった同級生とか」

「それはなんつうか、彩子さんのあれとはちょっと違うような気がするなあ」

「違わないって。あれはね、別に気味が悪いことでもなんでもなくて、ただの会話よ。会話」

「そうなんですかあ」

「そうなんですよう」