目が覚めて、ああそうか、と思ったのは、自分には何の才能もないってことだった。だからだ。だからこんな生活をうだうだ続けているのだ。かつて空を見上げるたびに見えていたものはただの綿菓子で、将来でも夢でもなかったのだ。そして今、頭の上にあるのは雲。入道雲だか、いわし雲だか、飛行機雲だか、なに雲だか知らんが、水蒸気のまとまりとしての雲。他人顔で流れてはちぎれ消えては現れる雲。あんなものがなぜ、昔は何か特別なものの象徴であるかのごとくこの目に映っていたのか、今では知る由もない。忘れちまったんだな。
忘れるのだけは得意だ。傷つけ傷つけ傷つけ、たまに傷つき、ひたすら傷つけ続けてきてさえこうして今日の雲の下にのさばっていられるのは忘れっちまうからだ。きのう見たテレビの内容も、おととい食った夕飯も、先週であった人の顔も、感動も、驚愕も、大失態も、小さな成功も、すべて過去のものにして忘れっちまうからだ。
楽だよなあ、忘れっちまうと。楽しみからはどんどん遠ざかっていくが、楽だ。
楽だ楽だとは言うけれど、ラクダは大変だ。楽じゃない。俺はラクダにはなれない。誰だってそう思うはずだ。そうだ、お前はラクダにはなれない。ラクダに生まれなくって本当によかったな、お前。まったくだ。でもどうだ。君はラクダに生まれてその一生を立派に全うできると思うかな。だって大変だぜ。ラクダは。熱い砂から逃れられないってだけで、もう地獄の責め苦に等しいし。ああよかったよ、本当に、ラクダに生まれなくて。
ラクダだけじゃない。野生の動物に生まれなくて、実にまったく本当によかったと思うぜ。だって俺には才能がないんだから。餌を確保したり、群をまとめたりなんて、そんなことを確実にこなせるわけがないんだから。真っ先に群から放り出されるね、こんな無才な奴は。放り出されたらどうなる? そこに待ってるのはただひとつ。死だ。おおこわ。野生の動物に生まれたりしなくて本当によかったね。おたがいさまおたがいさまなんてのんきに言ってられる人間に生まれて本当に助かったよ。金っていいよな、とにかうそれさえあればどうにか俺たち人間は生きてけるんだからな。ああよかった、人間には金があって。こんなもの考えた奴、やっぱりまともに生きてくための才能に乏しかったんだろうね。まったく都合のいいもんをハツメイしてくれたもんだ。