朝食の膳を眺めて伴侶は言う。「朝はこの前と同じだね」
前回来た時とすっかり同じ内容らしい。俺にはまったく確信はない。が、彼女がそう言うのならそうなのだ。伴侶はとても記憶力に優れているのである。一度見た映画ならたいがい細部まで覚えていて、何事につけても忘れっぽいを驚かせる。
しっかり膳となって出てくる朝食は嬉しい。旅館やホテルの朝食ではいわゆるバイキング形式というのが多いが、あれは困る。どうせ大したものは並んでないんだからほどほど食ってそれでよしとすればいいんだが、母親が煙草吸いで生まれながらにして食い意地の張っている(統計的にそういうことに決まったらしいのだ)俺としては、大したことないものをほんの少しだけ食って帰ってくるというのが癪に障るのだ。で、あれもこれもとプラスティックの盆に載せてしまい、ついには腹だけ膨れ、結局、満足感のない食事になってしまうのである。あれは一見豪勢なように見えて旅館・ホテル側の怠慢以外の何ものでもないし、その上自己嫌悪を増長するのでたまらない。
ともあれ、☆☆ホテルの朝食はバイキングではなく、膳に一人分きちんと用意されている。夕食と精神を共にするしっかりした朝食である。伴侶がここを気に入っているのはこの朝食のせいもある。彼女もバイキングには辟易するタイプなのだ。
はてさて朝食の会場は夕べの食事と同じ場所で、同じ人が隣りに座っている。我々のお隣さんは若いお嬢さん二人組だった。夕べはずっと片方の振られ話を片方が強気な言葉で慰めるという非常にうっとうしい状態だった。そんな流れで一晩一緒にいたらひょんな言葉から一泊旅がとんでもないものになってしまいそうなもんだが、どこか先生と生徒といった風情で今朝も妙に堅苦しげな穏便さで食事をしていた。余計なお世話だが。
朝めしを食ってまた今度は1階の大理石風呂に浸かり、よ~しこんなもんだろう、とようやく満足するにいたり、宿を出た。予約外ではビールと冷酒と生酒(これがまったりして呑みやすかった。前に頼んだ安い冷酒は余計だった)が加算されて27,800円。2人で27,800円です。ラップのかかった肉や冷えた朴葉焼きが出てくるA温泉郷のホテル××の一人分より安い。
旅館を出るともう市内に帰るだけの俺たちはなんとなく寂しい感じ。以前に看板を頼りにどれどれと見に降りていったがどうにもその正体を見極められなかった「鳳鳴四十八滝」の看板に再び反応する。どれどれ今度こそは、と車を降りた。すると何やら以前と様子が違う。新しげな柵が張り巡らされているのだ。道にも小砂利などが敷きつめられている。
やがて敵は正体を現した。怖い。落ちたくない。怒涛に流れ落ちる、それはしっかりした滝だった。ホテル××に続きA温泉郷よりもS温泉郷のほうが滝においても優れていることが判明した。自然の景色に優劣をつけるのもどうかと思うが、怖いほうが勝ちなのだ。近寄りがたいほうが。
写真とっては見たけど、落ちたら怖いような所にある滝なんて素人にちゃんと撮れるわけなどないのだった。
段々に流れてきて、 どどーーっと落ちる。
仕事先にお土産と土産話を持っていった伴侶は同僚たちに、「さん、入りすぎ!(風呂に)」と言われたらしい。本人もこのあとしっかり一週間、湯疲れだなあ、これは、と言ってぐったりしていた。
終わり。