その夜、ついに彼女は彼のアパートのベルを鳴らした。
けれどもドアを開いた彼にとって、それは「ついに」の瞬間ではなかった。
「来ちゃった」と言った彼女。
「○○○……」と彼女の名前を言ったきり戸惑うばかりの彼。
「ダメだよ、こんな時間に」と彼は言った。
彼女はまだ高校生なのだ。
彼は大学一年。
「さあ、送るから帰ろ」と大学一年生は言う。
驚きの表情を隠しきれないままに。
彼女は溶けだした。
しかし溶けたように思ったのは彼だけ。
彼女は実際には崩れ始めていたのだった。
内側ではらはらと一枚一枚、彼女を構成する固いものや柔らかいものがはがれ落ちてきていた。
表向きの姿の変化は中味の崩れように比べるとほんの些細な変容に過ぎなかったが、
ただ泣きはじめただけのように見えた彼女を見ただけで、彼はうろたえていた。
彼女は、この人とはおしまいにしよう、とまでは考えなかった。
ただ、ひとつのドアを閉めただけだった。
今、彼が後ろ手に閉めたドアのように。