なんで坊主刈りなんかにされていたんだろう、とカツシカゴンゾーはときおり思い出す。
たしかに、ふたつ下で当時8才だか9才だかの妹は俺よりがっしりした体格をしていたし、ケツも大きかった。
背こそ俺より低かったが、体重は俺が5キロ負けていた。
そんな妹の頭を坊主刈りになんて、おふくろはいったい何を思って……。
いつものように川べりにおりて、小鴨にパンくずを投げてやっていると、
自転車を引き引き通りかかったおじさんが、妹を不思議そうに見つめながら言った。
「坊や、おかあさんのお下がりかい?」
パンくずを投げていた妹は知らんぷりだった。
当たり前だ。
おじさんは俺に話しかけたのだと、妹にしてみればそう思うしかなかったのだから。
ちなみにその時、妹は股割れスカートってえか、あれはなんて言うんだ?ひらひらした短パンみてえなやつ。
とにかくそんなようなスカートと短パンのあいのこみてえなのをはいて、ピンクのひらひらフリルの付いた上っ張りを着ていた。
「いくらなんでもかあちゃんのお下がりはねえよなあ、坊や!」おじさんは笑いながら言った。
優しい、ちょっと悲しげな笑い方だった。
妹はまだ小鴨にパンくずを投げ続けていた。
でもとっくにおじさんが自分に声をかけていることには気づいていた。
でも向きになってパンくずを投げ続けていた。
「おじさん……」と俺は言った。
「ん……?」とおじさん、優しい顔をこっちに向けた。
「妹は床屋さんで間違えられちゃったんだ、男の子に」
もちろん、うそ。刈ったのはかあちゃんなんだから。
それを俺はびっくりしながら眺めていたんだから。
でもこれを聞いたおじさんの顔がちょっと違う感じになった。
悲しい感じが強くなった。
でも声は大きくなった。「そっかあ!」
妹の手が止まった。ビニール袋がからになったのだ。
袋の中を気にしているような仕草。もう何も入ってないのはわかりきってるのに。
「そっかぁ……」同じ言葉を、今度はちょっとじんわりと、おじさん。
「あのおやじにセシールカットがわかるわけねえもんなあ」
セシールカット?
「わっかるわきゃねえや!」
おっきな声でそう言いながら、おじさんはまた自転車を引っ張って歩いてった。
セシールカットって、なに?
ぼんやりした空気を俺のまわりに残して……
妹の顔にちょっとだけ笑みを残して……
妹はおふくろの所業を、おじさんの言葉と重ね合わせていいほうに解釈したらしかった。
セシールカットかあ……って。
ぜんぜん何もわかんねえくせに。