前回記事に書いたとおり、祖父の次女に対する勉強指導案はいたってシンプル。目新しい勉強法などはありませんでした。
だけど、なぜに次女は活気を取り戻せたのか?
父(祖父)曰く、
「それは親子じゃないから。塾に行かすとか、家庭教師雇うとかだと相手は他人。お金もかかる。祖父と孫という関係性くらいがちょうどいいと思った。」
そして自分が現役の父親だった頃、それは24時間戦ってたバリバリサラリーマンの時代。私や兄の教育に対して全く関われなかったこと、一時的に関わったとしても感情的に叱りつけ途中で投げ出した形になってしまった事などを話してくれました。
「特にカズアキ(私の兄)には、可哀想なことをした……」と言ってしばらく黙ってしまいました。
「親子はな、上下関係やねん。親は何でこんなこともできないの!って感情的に叱って、子どもは親への負い目や罪悪感で自分の意見はよう言われへんもんやで。」
「だから、親子で勉強を見れるのは小学生までや。まずは学校の課題を出す、テスト勉強のやり方を会得する。目指すのはオール3でええねん。そのために来たんや。それ以上の学力を目指したいって本人が思えば、そこから塾でも行かしたらええやないか。」
祖父は、学校という「社会」の中で、どのように渡り合っていくかという事を教えたかったのでしょうか?苦手なもんはしょうがない。ただし、授業は聞く、課題はやる。自分で手に追えないレベルのものは身近で聞きやすい大人(この場合は祖父)に質問する習慣をつける。
たまにレポートやコラムといった、彼女の超絶苦手な課題が出てきたら……
小学生の自由研究のように親が手を入れまくって形にしてやる。
「全部完璧に頑張らせる必要ないねん、今のところはな。休み明けの小テストも点数が半分とれればいいって言ってある。でもサクラ、毎日ちゃんと勉強についてこようとしてるわ。サボってた分が少しずつできるようになってきて、自信になってるんちゃうか?」
いや、そうは言いながらも、主要5科目を毎日根気よく2~3時間付きっきりで教えてきた祖父が一番大変だったはず。その上家事も手伝ってくれる家庭教師はいません。いたとしても賃金払えません笑
私は心の底から感謝しました。
「今回来てくれてありがとう。本当に助かった。だけどお父さんが帰ったらどうしよう?私、うまくやれるかな?」
不安を打ち明けた私に父は、
「あんたは母親やねんから、生活のサポートをしてあげたらいい。しばらくゲームも取り上げといてくれ。それ以上はいらん。あとは任せとき。また来月来るから。」
祖父の「エブリデイ家庭教師作戦」はサクラを通して、祖父自身のためにやっている事だったのだと私は思いました。そして、老いた自分にとって、まだまだ誰かのために結果を残せる現実は祖父の活力となっているのでしょう。
なんにせよ、ありがたいことです。
お父さんが倒れたら、必ず恩返しします、
と、ひっそり思う私でした。