第一測量設計が移転した元・司法書士事務所は、奇しくも、朝日測量社長の前橋高校時代の同窓生の建物でした。

同窓生のよしみか、15,000円/月で借りられることになりました。

それまでの、120,000円/月から15,000円/月へ、駐車スペースもあり、願ってもない物件でした。

しかし、善意で格安で貸した事務所が、後に、凶悪犯罪の舞台に使われたことを知ったら、貸し主もさぞ目覚めの悪い思いをすることでしょう。

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第一測量設計の事務所に移った6月中旬時点で、既に室内の最高気温は体温超えの36°Cを記録。

この事務所は二年前から借りており、鉄板葺きの屋根に焼かれた部屋の天井が、室内を蒸し焼き状態にすることを、朝日測量社長は第一測量設計社長から聞き及んでいる。

この環境を放置しておいたことが、熱中死に願ってもない環境を提供することになった訳である。

現場の無いときは、この事務所の中で、朝6時すぎから深夜まで、1日15時間~20時間ほぼ無休でパソコンの入力作業にあたる。
現場のある日も事務所内で入力作業であるが、夕方事務所に帰ると、日中の炎天下よりも暑い室内は、疲れた身体に追い打ちをかけるに十分過ぎる。

6月下旬から7月に向かい、さらに気温は上昇して、7月中旬には、事務所内の温度計(日陰にある)は40度に達した。


……続く
いよいよ第一測量設計の事務所に勤務場所を移す。

ここは、2年前第一測量設計をカラ下請けの焦げ付き「一億円」のうち、「800万円分」の返済として、朝日測量が「トンネル会社」とした時に、12万円/月の事務所から移転した場所。

元・新井康夫司法書士事務所が、隣にあった法務局移転に伴い空き家になっていたものを事務所として借りたものです。

実は、当時この建物を見つけたのは、誰あろう、私です。

それが2年後、私の命を奪おうとする「牢獄」となろうとは、あまりにも因果が巡るのが早すぎます。

この時、第一測量設計社長が最初に行った事は、タイムカードの撤去です。

両会社にとって都合の悪い証拠は残さないよう、念には念を入れて……。

私が第一測量設計に移った翌日、朝日測量では朝礼時に社長が、私は自ら進んで第一測量設計の事務所に移ったもので、誰からも強制されてはいない。

誰に聞かれても、そう答えるように、口裏合わせを行ったと聞きました。

……続く

次回からが、三位一体攻撃の本番です
三位一体攻撃は、ターゲットに決めた社員を会社ぐるみで「過労死・熱中死・事故死」に追い込むものです。

参加メンバーは、朝日測量第一測量部長・亀井誠一、第二測量部長・関根典昭、を筆頭とする測量部社員、第一測量設計の総勢20名ほど。

総指揮は、朝日測量社長「小暮正」。

4月1日付けで、朝日測量専務、菅原氏は水資源開発公団(当時)滝沢ダム建設所に出向になっており、社長の行為に異を唱える者は社内に存在しない。

事を為すには、万全の態勢が出来上がっている。
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まずは、インフルエンザで死にかけ、医師から「肉体労働と残業禁止、一年間」を言い渡されているターゲットの社員を、身体が回復しないうちに炎天下の重労働で衰弱させる。

その間に、共犯者をピックアップ、「家」を買わせ逃げられないようにして作戦に引き入れる。

社会保険労務士事務所の社員(羽鳥秀雄)を使い、ターゲットの社員を秘密裡にトンネル会社・第一測量設計に転籍。

転籍後は、亀井誠一を使い狂ったような嫌がらせ行為で、第一測量設計の事務所へ追いやる。

6月半ば、既に第一測量設計事務所内は、体温超えの気温。

業務命令は朝日測量社長から。

………続く