草木ダムへの『突き落とし』は、三位一体攻撃の中では唯一の単独犯行です。

これは朝日測量の仕事である月二回の「水質調査」と呼ばれる仕事の中で行われます。

「水質調査」業務は、ダムへ流れ込む河川の流量観測と、ダムの水温と濁度の測定、それに定点での水のサンプル採取の仕事です。

ダムの調査と流量観測のセットが月二回、流量観測のみが月一回あり、トンネル会社社長と同行を義務付けられているのは、ダムの調査がある月二回コースのみです。

この仕事には第一測量から二人出すことになっており、私とトンネル会社社長の二人が朝日測量社長から指名されています。

トンネル会社社長の第一測量での仕事は、これ一つだけ。

他にはありません。

この仕事は、作業船の操縦者と観測手順を知っている者の二人がいれば、もう一人はアルバイトでも構いません。

流量観測も同じ手順の繰り返しで、ダムでの観測も同じ手順を繰り返すことだからです。

「水質調査」にだけトンネル会社社長と行くことは、他に意図があるのを初めから感じていました。

その意図が分かるのに、そう時間は要りませんでした。

初回のダムの仕事で、その意図が分かってしまったからです。

草木ダムは、冬期については満水状態が多く、その為貯水池の「横断測量」などは、1月末~2月初めにかけて行います。

本編「保険で儲ける」に出ている写真は、12月頃のもので、冬期に関してはこんな感じです。

一方夏期は、水位が低いことが多く、階段の昇降時にはかなりの注意が必要となります。

山の斜面を利用して作られた急な階段、高低差50㍍程降りて行かなければならない事が多々あります。

犯行が行われるのは、仕事の準備中です。

船の操縦をする人は、始業前の船の点検。

あとの二人は、観測機器の準備となります。

私が観測機器の準備中、トンネル会社社長は、何をする訳でもなく、ただ私の背後に無言で付いて来ます。

何をすればいいのか、聞くこともしません。

観測機器は高額な物もあり、高額な物の準備中は少し離れた場所にいます。

それ以外の、備品の準備作業中がチャンスタイムです。

ウィンチの上の荷台へ備品を置くときが、まさに犯行チャンス。

付かず離れずの位置からの体当たり攻撃。

私は武道の有段者ではないですが、その場の雰囲気で、狙っているのは分かります。

水面まで落ちれば、『事故死』。

途中で止まり、助かれば『殺人未遂』であるのは当然です。

逡巡するのも、呼吸が荒くなるのも理解できます。

一世一代の大勝負ですから。

階段からの突き落としは、保険を狙う場合の定番でもあるようです。

水位が下がっている時の草木ダムは、落ち始めたらまず助かる見込みはありません。

体当たりは、仕事を手伝うふりをして数回行います。

悲しいかな、中途半端な体当たりと、二人の質量の違いからか成功することはありませんでした。

夏が過ぎる頃には、訳の分からない理由をつけて、『水質調査』には参加しなくなりました。

その時は保険代理店が参加するのですが、さすがにこの『仕事』はトンネル会社社長のみのミッションだとみえて、体当たりはしてきませんでした。

『体当たり』ミッションは、同行回数 計5回程度、失敗に終わりました。

両手で押されていれば、きっと私の質量を以てしても耐えきれなかったろうに。

それとも、手を掴まれて逆に投げ飛ばされることを恐れたか?

いずれしても、軽蔑にしか値しない人間であることに変わり無い。


以降、厚木基地の仕事まで、現場で一緒に働くことは無かった。


これで『三位一体攻撃』の項、終わります。
続いては『過労死』の回避方法。

私の場合のように、社長が主犯で会社の過半数が協力者の場合、私と同じ結果を招くことになるのは必然です。

私のように、社長が諦めるまで、超長時間労働を続けるという対処法はお勧めできません。

40~50日間連続勤務で突然死の前兆が複数回出て、しかも15~20時間労働が通常で、1日でも休みを取ろうものなら、見張り役の社員(亀井)が、何かに取り憑かれたごとく自宅に1日100回以上も電話をかけてくる。

ここまで包囲されていたら、選択肢は会社を辞めるしかありません。

私は頭があまり良くないのか、自分の肉体を過信していたのか、いくら悪人でも社員を死に追い込むことはしないと、高を括っていたのかも知れません。

休暇届は、自分の籍のある『第一測量設計』に提出しています。

しかしながら、裏金(カラ下請)の貸し主である『朝日測量』はそれを許可しません。

1日休めば少し回復し、その分『過労死』が遠のきます

『過労死』は善ですが、早く死んで『掛け金』が少なくて済むのが最善であることは、言うまでもありません。

私が休むことを許可しなかった別の理由もわかります。

平日に休んだことで、労働基準監督署などに駆け込むことを恐れたこと。

そして、保険の免責事項、『自殺』を恐れたこと。

当時、保険の自殺の免責の期間は1年。

保険を掛けて2ヶ月のこの時点での自殺は、数億円が斎場の煙となってしまうわけです。

取り憑かれたように電話をかけまくるのも理解できます。


私の勤めていたような会社は例外的かもしれませんが、自分の勤めていた会社が倒産し、中途入社でこのような会社に入ってしまう危険性がないとは言えません。

皆さんも、このような会社があることを記憶の片隅に留め置き、同族のワンマン会社などには決して入らぬことを願います。

皆さんがこのような経験をしないことを祈りますが、もしこのような状況に陥ってしまった場合は、『命が一番』と考え行動してくれることを願います。


……次回は『突き落とし』について
6月中は40度を超えることが無かったが、7月中旬にはついに40度超え。

1日15~20時間労働ブラス熱中症の治療。

睡眠時間と熱中症治療の時間の奪い合いである。

朝日測量社長の命令通り働けば、睡眠時間と熱中症の治療の両方に割く時間は無くなる。

ダミーエアコンの設置の数日後、室内の温度計が42度を指したその日が、私の「一回目の命日」となった。

深夜に帰宅し、食事もそこそこに熱中症の治療。

身体が凍るほどアイスノンで冷やす。

連日の睡眠不足と冷たく気持ち良い感覚で、いつの間にか眠ってしまったようである。

死後すぐに、父親が発見して素人蘇生を試みて、成功したようである。

普段父親とはめったに顔を合わすことは無い。

父親は夜9時頃には寝て、朝は8時頃まで起きて来ない。

一方の私は、朝は4時半には起きて、6時過ぎにはもう働いている。

帰宅は早い時でも、夜10時を回る。

生活時間帯が合わないので、顔を合わすのは日曜の朝、私が遅出で仕事に向かう時くらいのものである。
この時の発見は、俗に言う「虫の知らせ」があったからであろうか?

実にタイミング良く発見されたものである。

「虫の知らせ」については、私にも経験がある。

それは、父親が亡くなった時の事である。

父親は、私が「過労死(仮死状態)」したことにショックを受け、それが大きなストレスとなり、半年の間にステージⅢまで進む胃ガンになってしまった。

胃の検診で異常なしから半年でステージⅢは、年齢からしてあり得ないことだそうである。

一度は手術で回復したものの、後にガンの再発と転移で命を落としました。

病院から危篤であるとの連絡を受け、家を出る直前、今まで経験したことの無いような激しい悪寒、身体の一部がどこかに引きずりこまれるような感覚を覚えました。

その時、直感的に、今亡くなったということが分かりました。

口を開けたままの遺体は、最後に私を呼んだものだったのでしょう。

後にも先にも、これ一回かぎり、また次もあるのでしょうか。

この「過労死」、実は「過労死」から数年後父親から聞いたことである。

蘇生を試みて、生き返り、その事実を伝えたら、また死の世界に戻ってしまう気がして、その場は黙っていたそうである。

死んだその日も長時間労働をしていたのには、そんな理由がある。

……続く