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calamel END

音楽、おしゃれ、心の声
日々の楽しいこと

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例えば単純に氏名を記入し判を押すだけだとしてもわたしは躊躇うのだ。

書類 と 提出期限

これらを前にすると苦しくなる。

わたしには耐えられない。

思考が停止するのだ。

わたしには出来ない その思考が問題解決を邪魔する。

中身が問題なわけではない。

忘れていた。

わたしには欠陥があった。
普通なんかじゃない。
劣等感にさいなまれて抜け出せない決定的事象が、あるではないか。

傷は癒えていない。
癒える傷などあるのかさえ分からなくなった。

過去も現在も自分ですら愛せていない。

たすけてほしい。
救って欲しい。

他力本願なわたし。
だけれど頼り方を知らないわたし。

そりゃあ変なのですよ。


最近月が気になる。
満月だと心を持っていかれそう。

影がないと光が見えない。
ここはそんな世界。
皆、わたしのことを必ず変という。例外なく変だという。

猫をかぶるのを止めた専門時代から、誰しもがいうようになった。はずだ。

いや。中学、高校の友達もやはり例外なく言ってくるから、猫をかぶっていた時代から変だった。…のだろうか。

(そもそもわたしは猫をかぶっていたのか?)

今まで全然気にも止めていなかったのだが、真面目に働いているはずの職場の人ですら言うので、最近傷付く言葉ナンバーワンになった。

何が変なの?と尋ねても、口を揃えて全部と返ってくる。

昨日は雰囲気が変とまで言われて、また傷が付く。

痛くなんてない傷だったが、殺傷力が上がっている。

更には、病んでるつもりなんてなかったのに病んでるなんて言われると意表をつかれ過ぎて深く傷がえぐられた。

わたしは楽しくて幸せなのに、全然幸せそうじゃねえなんて言われると、とても不快だ。



付き合えるよって遠回しに言われても、わたしは付き合えない。

わたしはただ単純に、友情を育みたいだけ。
どうして出来ないのだろう。

下心が目に見えたらいいのに。

2人で会うってそんなに特別なこと?

わたしが変だから世間とまるでずれてるの?

むかつく!
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下半期は楽しいことが目白押しなの。

楽しくて楽しくて仕方がない。
心が躍り過ぎて空飛べちゃうんじゃないかな。

嘘みたいだね。
あんなにも苦しいと思っていた生きるということ。

毎日、ふわふわしてる。

あのね。

大好きなんだよ。
この仲間達はすっごく大好きなんだよ。

失いたくないんだよ。

みんなにもそんな気持ちになって欲しいんだよ。

だからね、頑張るの。
みんなが楽しいって思える環境を作れるように。

自分も楽しみながら、みんなの楽しい気持ちを引き出せるように。

いつだってみんなに優しくありたい。
だから強くなりたい。

思考回路は昔も今も変わっていない。

世界中に“楽しい”が溢れたらね、きっときっとキラキラが止まらないんだよ。

でもそれは桃源郷。
ユートピアだって知っている。

だから。
せめてもの願いは

わたしと関わってくれた人。
みんな。

ゆるーんとした気持ちになってもらえたらなと。

そう思うのです。


風立ちぬを観てきた。

哀しい心を思い出し、淋しい心があらわになった。

なんだろう。

“生きる”とはなんだろう。

そういう思考を巡らせる。

大人向けジブリだったのです。

効果音が全て口で録られてるって凄い。

雨音なんて、ほんとに雨の音だったよ。

心に何か訴えてくる映画でした。

取り戻す、わたしのあい。