スナックブスを通過する際に、私が名付けたチェックポイントベイカー
話の発端は、現在のベルリンにある、チェックポイントチャーリーに由来します。
チェックポイントチャーリーは、東西冷戦時代の国境検問所です。
主にここは、外国人や軍関係者の専用検問所だったみいです。多分。
チェックポイントチャーリーのチャーリーとは、アルファベットを発音する際に、人や母国語の関係上、間違いがないように作られたコードです。
そのコードにもいくつかあるようで、無線の場合、航空券などを扱う旅行会社と言い方が違います。
私は後者しか知りません、
話は元に戻りますが、チェックポイントには、A~ありました。
チェックポイントA(アルファ)、チェックポイントB(ブラブォー)、チェックポイントC(チャーリー)です。
チャーリーさんがなんかした訳ではなく、ただのアルファベットCです。
東西冷戦のベルリンの分断をこんなスナックブスにかけては申し訳ないです。今更ですが。
旅行会社関係では、アルファベットをAをエイブル、Bをベイカー、Cをチャーリー、Dはドッグ、Eはイージーなどの言い方をするので、チェックポイントベイカーと呼んでしまった、不謹慎な私です。
ベルリンでは、ホロコーストやベルリンの壁に関する博物館などがいくつかあり、物凄く勉強になると思います。
しかし、展示してある長々と書かれた文章は全てドイツ語です。当時は。現在は知りませんが。
私は読めないので、写真をさらっと舐めた位ですが、知らない事、細かい事が書かれていそうです。
チェックポイントチャーリーは、再建(?)したらしいですが、観光地化しています。
隣には、壁博物館なるものがあり、パスポートやその時代のものなんかが展示されてました。
後は、ドイツ語が読めないので分かりません。
ベルリンの壁の問題は現在でも、まだ引きずっているようです。
旧東西ドイツの経済格差です。
有職者が、旧西ドイツマルクと旧東ドイツマルクのレートを1:1にしたのが間違いの元だったとか色々言われているみたいですが、簡単な問題ではなく、どのような政策を取っても、なにかしらの歪みが出来たと思います。
実際に壁が出来てから崩壊するまでに、約20年。
壁が崩壊して約20年。
同じ年月が経っても影響はなくなりません。
私がベルリンを観光で訪ねたのは3年前。
それでも、なんとなく東西の経済格差を感じました。(人を見て)
社会主義でダレきった生産性を取り戻すのは難しいようです。