これはTHE WARMS OF LIFEの主人公、“朝倉太一”が物語の中で書く、劇中劇です。


こっちはもうプロットを書き終えていて、後は本作に組み込んで太一らが演じるだけなんですが・・・何分、時間が合わなくて^^;

学校にいる時は休み時間を使って、プロットを書いています。


昔やっていたサイトがまだ残っていれば・・・もっと皆の前に出せるのですが・・・


簡単に内容を伝えると


THE WARMS OF LIFE:主人公「太一」が監督となってクラスメイトと演じる劇です。


失恋して悲観的になってしまった主人公の心の葛藤を描くのです。

その描き方というものが裏と表の心の具現化。つまり、「もう一人の自分」が主人公の目の前に現れるんです。そういうとありがちな物語に聞こえますが・・・


合掌って何かの本で読んだけど「右手の決意を左手で支え、左手の悲しみを右手が受け止める」そんな意味合いがあるんだそうです。それは心の善悪のバランスも同じことではないでしょうか?


そんな風に劇中では失恋のショックに打ちひしがれた主人公の悲しみをもう一人の主人公が受け止めるのです。そして、前を向くために決意を立てていく、そんな物語です。


尚、これは悪魔でもTHE WARMS OF LIFEの劇中劇なのでややこしくなりますが、僕も書ける時間が十分に出来れば、書きはじめたいと思います。

中学三年の頃から構想している僕の作品です。と言っても、資料がまだ半分しか集まっておらず、とてもみんなの前にはまだ出せません。


簡単な内容はまた書きます。

死の別れ

心は痛み

思い出す

君がいた日々

生きた証を


人が死んだ時ってさ・・・涙が滝のように出るんだけど・・・その後の僕の人生はとてつもなく大きなものを背負って生きていくような気がするんだ。

僕は過去の自分だけじゃない、大切な人の魂さえも背負っている気がする。


僕が幸せを望んで、叫んだら、僕の心の中に住んでいる魂たちも一緒に叫んでくれるのだろうか・・・


叶えたい願いがある。僕はどうしたら、いいんだ・・・?

この世界に

時の流れに

僕がいる

歩んだ道こそ

性格の理由

『僕は僕。』と考える。

でも、結局それは答にはならない。次の質問はこうだ。

『じゃあ、僕って何?』と・・・

その答は過去にあります。

僕の歩んだ道に僕がいます。幼き日の僕がいます。あの日の僕がどんな想いをして生きてきたか・・・そこに僕が何故こんな性格になったのか、答があります。日々の僕が今の僕を形成していったからです。

何故、涙が止まらないのか・・・それもきっと振り返れば答がある。

僕の人生を一言で言えば、合わせ鏡のようなものだろうか。

絶えず、自分が自分を見つめてる。絶えず、自分の定点を求める。絶えず、心は彷徨する。

絶えず、僕は昔の僕を背負っています。


今の僕はもしかしたら・・・過去でした懺悔の産物かもしれません。

この命に

永久の時を

願うのは

果てなく夢見る

子供の心

昔を思い出した。末っ子なだけに兄弟1我が儘な自分を。全てを叶えるために自分の道理に合わぬ物があると泣きじゃくっては『あぁして欲しい、こうして欲しい』とよく言ったものです。それもまるで怪獣のような叫び声でね(笑)


さすがに今も泣きじゃくってばかりじゃないけど、夢見ることは相変わらず変わってない!

今度は我が儘ではなく、自分の力で全てを叶えたいかな・・・とも思うんだけど、全てを叶えるのは無理だよ、きっと^^;

だから、ついつい夢物語になってしまうけど・・・『もしも僕が永遠に生きられたなら・・・』って話。


僕もそう、みんなも限られた時間の中でこの世にいる。みんなは何がしたいですか?

僕は・・・そうだなぁ・・・人生を棒に振ってしまうかもしれないようなリスクのあることしてみたいかな。命が長久に続くと途端に冒険心が強くなったの(笑)

僕は今度こそ、本気で作家を目指していたかもしれないね・・・


子供の頃に思い描いた全てを我が儘に探求していたかもしれない!

一日、学校があると思うようにここに顔を出せなくてすいませんね!

なんかネットをやっていて度々思うんだけど、今、ネットの中にいるロウと学校にいる僕は一人で二役な二重の生活をしているような感じがして面白いんですよね♪


普段、学校では決して中心にはなれない僕もここの中ではサイトの存在を示す重鎮となるのですから、刺激もありますよ(笑)


さて、ブログを休んでいた時の心境もまとめて報告させていただきます!


今日はね、国語の先生に小論文模試ってのを薦められたんです。

もちろん、興味ありましたよ~!!僕は文章書くの大好きですから。まだ担任に返事はしてないけど積極的に取り組んでみようかな。先生曰く、『文章を書いたり、要点を絞る作業は現代国語の勉強にもなるよ』だってさ。もし小論文を書かなかったにしてもマイナスにはこれならならないね!

現代国語の勉強方法に未だに戸惑っていたから、まさにナイスタイミングだよね(笑)


ただ・・・帰りの本屋でバッタリ会った中学の頃の友達は『俺でもC評価しか取れたこと無い・・・』って言ってたの。友達の話だから微妙に信じていいのか分からないけど『自分の小論文を読んでくれる人の好みで大きく左右される』とか言ってた。

それってさ、小説コンテストの一次審査での下読みもそうなんだよ・・・


『じゃあ、狭き門なんだろうな・・・』って言ってる反面、『じゃあ、逆に好かれる文章ってどんなんなんだろうな?』って思ったりもした。これからそういうのも勉強していくつもりだけど、これって勉強だけでカバーできる話じゃないと思わない?


つまり、審査の人に原稿用紙の中にいる自分の接客態度を見せるみたいな感じでしょ?

う~ん・・・どうすりゃいいんだ・・・ーー;

僕を繋ぐ


見えない鎖


愛情は

手繰り寄せれば

ほら、君がいる

前にね、僕の国語の先生がこんなことを言っていたんだ。

『今の人は、どれだけ愛情を求めているのかと・・・』

僕を憐れんで見つめていた。僕は一番弟子だからかな。でも、その言葉を聴いて少しだけ心が震えた。

僕の気持ちを・・・求愛しているこの気持ちを見透かされたような気がしたから。


僕はね、繋がりを繋がりと思えない悲しい人間だ。自白します。だからこそ、見えぬ何かオカルト的なものと捉えてでもいいから信じたいものがあるんだ。

僕は一人ぼっちじゃない。証拠はない、根拠のない自信か、見栄っ張りかだ。


僕は沢山の人に沢山の愛情を貰いたい。

英語でYOUが『あなた』という意味だけでなく『あなたたち』という意味も含まれているようにこの短歌の『君』も複数形になったらいいね。

朝起きたら携帯が光っていた。どうやら深夜にメールを受信していたらしい。

それは姉からのメールだった。


そういえば、僕は昨日の夜、姉と少しだけメールをしていたんだっけ・・・

僕は皺の少ない脳を使って、自分なりに自分のこの命に、人生に答を見出すべく将来のことを考えていたんだ。最初はまず自分の性格診断から始めた。


とても内向的で決してリーダー格の人間ではない、組織の中、安心できる自分の居場所を確立してこそ、真価が問われるタイプにあるらしい。


それから職業診断テストを三回して、向いている職業の詳細を調べていった。

僕はね、本当は作家になりたかったんだ。でも諦めた。もう今は文章を綴っていくのはこのブログ同様、趣味程度で納めていくつもり。

前のサイトでもいっぱい書いた。詩から、短歌、小説・・・ネットの中って自分の想像世界を確立させようとオリジナルの小説を書いたりしてる人が沢山いるから参考にもなったよ。

ネットの中だけに留まらず、人懐っこく国語の先生に比喩表現や物の考え方を教わっていった。


でも、結局・・・勇気が出なかったんだ。自分のアイデア小説でこの先、生きていける自身がなかったんだ。親も『作家になりたい』と夢物語を言っている僕を心配していた。


夢を追いかけるってことはさ、“自分の人生・時間”という名のコインを賭ける事に等しい。

そう思ったんだよね。

賭け事とか僕は出来ないよ・・・今はまだ勝てる試合しかしたくない。

『諦めるなよ!』とか、そんな言葉を真に受けていい年でもない。

僕は僕の人生に刺激を求めていない。天国か地獄か・・・そんな綱渡りな人生は生きられない。僕はもう傷付きたくない。

だから堅実に将来を見据えようと思った。

家族に何も語らない僕だけど、久しぶりに家族に自分の本心を伝えた。


すると姉は僕の答に長文で返事し、最後には『頑張ってね、応援してる』と言ってくれた。

なんだか物凄く照れ臭い・・・でも何故だろう、少しだけ楽になれた。


僕、もう未来から逃げないよ。だから、今は幸せになりたいと思う。

スーパーノヴァ 願いとは



雲間に煌く



己が意思



運命綴る



神への反抗


先ほどアップしたブログの後に短歌を考えたら、とても濃密な意味を込めた短歌に仕上がりました。

『人間は欲深い生き物だな』と言うセリフをよく本で見かけます。

でも、言葉を都合のいいように解釈すれば『欲深くてこそ、人間だ』と僕は思うのです。まぁ、欲深いのにも限度ってものがあるでしょうけど・・・

この短歌を作り終えたら、『願いが無くちゃ、僕ら人間は始まらないな』と思えました。だから、僕も願いがなくちゃ、意志がなくちゃ何も変わらない、変われっこない!普段、何も喋らない僕は人一倍、未来に対して貪欲に生きていかなくてはいけないんじゃないのかな?・・・たぶん、そうなんだよ^^;


ちょっとオーバーに考えてみれば・・・

昔、植民地支配から武力を持って挑み、独立宣言を発表した人達だって自由を求めて神に弓を引く覚悟が無かったら、今頃は今ある命に幸せを見出せなかったかもしれないね。


昔、こんなセリフを読んだ事がある・・・まぁ、ベタなんだけど。

『運命からは逃れられない』

もしも今の自分に不満があって変化を求めるのなら、僕も今の自分に反抗するような気力や意思をちゃんと持って、これから先、笑顔で暮らせるようにならないといけないよね。まぁ、僕は神じゃないけど・・・(ただ“見えぬ敵”として“神”と言う比喩を用いただけですからね(苦笑い))

普段、何も喋らない僕。

姉も母も口を揃えて『変わった』、『目が死んでる』と僕に言いました。でも、いつまでも覇気のない自分ではいけない・・・!それは自分でも強く思っています。以前、アメーバとは違う場所で同じネームを使ってホムペを運営していました。同じ文学サイトです。約一年間で計40000万人の人が遊びに来てくれていました。今はもうそこを辞め、ここに来たのです。


こうしてホムペという舞台でものを喋るようになって一年半が経つんですけどね・・・僕は学校とかよりもネットの中で話してる方が気が楽になってしまったんです。今の僕は自分に自信が全く無くて、予想がつくでしょうけど声が小さくしか出ないんです。

意外かもしれないけど中学の頃は生徒会とか級長だとか、そういう人の上に立って指揮をするような活動をしてたんですよ?

いつからか忘れてしまったけど・・・落ち込んでしまう出来事があったんです。僕は何事も深く考えすぎて引きずってしまう性格だから、いつしか段々と笑顔の回数が減っていったんです。最近はもうそんな自分が『自分なんだ』と認めていたくないものを認めていってしまうようになりました。別に自分が悲劇のヒーローだなんてこれっぽっちも思っていません。『笑えないのも喋れないのも自分が悪いんだから』と本気でそう思っています。


今日はそんな僕をみかねて親と話をしていました。

子の心配でしょう。

『そんなのでは社会で生きていけない』と・・・そう僕の未来を問う心配でした。

僕は時々、今の自分が分からなくなります。ここに書いているのは僕の本音です。

願いもなく、気力もない、ずっと同じ表情の僕はまるで人形ではないか?


人として、生き人として、僕は今、未来について考えないといけない年頃なんですね。深く・・・なおかつ、明るく。

僕は自分の心に聞いてみます。

『君は何がしたいんだ?』と。


自分探しの旅って本当に大切なんだなぁ。