LINKするということが本当に大切だ。

物事は縦にばかり見ず、横へつなげて見ることが大切なのだ。


よく例え話が上手い人がいる。


それは物事を見る角度を柔軟に変えることができる人だと思う。

押してダメなら引いてみろ。

下から開かないなら上から右から左から。

そんな風に機転を利かせ、発想の転換を自由にすることが重要である。


そして、何か壁にぶつかったときは、今までに自分が成功したときとLINKさせるのだ。

何でもいい。全く関係のないことや適当なイメージでも、それがいかに感覚的でも、とにかく色んなものに置き換えて、その壁に臨むのだ。

ふと、あのときあんな風にするといい具合だったなという何かを、形が全く違う壁にも試してみるのだ。


それは一つではない。思い当たる成功事例を片っ端からそれにすっぽり当てはまるまで、全部試してみるのだ。


それで先に進んで、また壁に当たったときは、また違うイメージに変えるのだ。

そして成功したイメージを大切に保管して、またいつか出てくる壁にそれを使う。


人はそんな風にして、曖昧だけれど、絶対的な何かへと近づいていく。

これからが楽しみだ。

…もはや哲学やね。
Hometownというのは本当に大切だなと思う。

家に帰る度に新たな気づきがあったりして、家に帰るだけで価値観がまた変わるという、なかなか貴重な時間を過ごした。

私は普段東京にいて、好き勝手音楽ばかりやっているので、本当に両親には迷惑をかけっぱなし。
なので、少しでも実家に顔を見せるのが一番の親孝行かなと今のところは思っている。

親は親で、たくさん帰ってきてほしいと言いつつ、山のような音楽の仕事に追われて帰れない状況にも期待している。
親ってそういうもんだなと思う。全部を子供に求める。でも自分はそんなことは言ってないとの一点張り。

そんな行ったり来たりを繰り返しながら、我が家の年明けは終わった。


今回帰って思ったのは、もし私がもっと両親を楽にさせることができ、仕事や祖母の世話、親戚付き合い等の周りのしがらみが一切なくなって、二人がこうしていたら、ああしていたら、もっといい人生を歩けてるんじゃないかということだ。


親父はやはり音楽関係のこと。何のストレスもなく、好きにギターを弾き、レコードを聴き、音楽のことであちこち駆け回れたら、本当にこの人は幸せだろうなと思う。
もう60を過ぎ、まだまだ先があるとは言えなくなってきているので、早く色んな束縛から解放されて自由に健康で生きれるのを心から願う。

母は刺繍を趣味でやって先生もやっているが、元々何をやってもリーダーシップを発揮できる。本人もそれを最近になって感じはじめ、今年は少し自信を持って前に出ると言っており、それはとても良いことなのだが、ただ自由を与えてもそれはそれでどうなんだろう。
結局は文句を言いながらも、親父や家族を支える傍らにある自由、たまにある安らぎこそが母にとっての幸せな気がする。本人は完全否定するだろうが。


そんなことを考えている自分は、こうして人のプロデュースをするのが向いてる気がしている。

年老いた両親の今後を早くプロデュースしてあげたいと思う。


なかなか色々、うまくいかないことばかりだが、今年は少し良くなりそうな気がする。

いい年にしよう!

新しい仕事だったり、色んなイベントだったりが終わり、まだまだ変な忙しさが身に纏いつくけれども、とりあえず安定期に入ってます。

なので、少し余裕が出来たせいか、今まで面倒で嫌煙していたDTMをけっこうしっかり始めたり、色んなものを観たり、感じたり、あるいは考えたりしながら、日々を過ごしております。

毎度考えることは尽きないんだけども、私ぐらいの年齢だと、どうしてもこの先のことばかり考えてしまうのです。

先を良くするにはまず今を。と誰もが口を揃えて言うものですが、自分のやりたいことに全生命を注ぐのは、最大のギャンブルでもあるので、最大の不安も伴うものです。

人と比べず、以前の自分と比べよ。とよく聞きますが、それでも横を歩く人、前を歩く人と比べてしまうのが人の性。やはり順位をつけたくなっちゃうんですね。

こんな感情たちと戦い、試行錯誤を繰り返しながら、これからも進んでいくのでしょうか??

これが正しいと信じ続けられるでしょうか?

まぁ、信じ続けるんでしょうけどね。