どうも、ナマステ~印度で育児と育自の両立できない日記~ -84ページ目

ビザゲット


七月六日に主人の配偶者ビザが取れました
一ヶ月で
早くてびっくり
何もかも亡き父のおかげだと思います
お父さんありがとう
死んだ父の為にも、主人にはきっちり人生頑張ってもらわねば

初飛行機

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 父危篤の時に初めてニャン太は飛行機に乗りました(二ヶ月と六日)

私は飛行機に乗る時ものすごく耳が痛くなるのでいつも耳栓をつっこんでます
だからニャンの耳もすごぉく心配だったのでおっぱいをつっこんでました
でも離陸前に腹一杯にされると困るのでタイミングは絶妙でした

飛行機に乗る心得はライゼママのブログを読んでばっちり!
私もこないだシンガポール航空で弁当売りみたいな箱(パシネットといいますか?)に子供を入れているのを見た事あったので、あれを頼めばいいんだね、ジャルのお姉さんに
「子供を箱に寝かせたいんですけど」
と、注文、しかし!国内線にはパシネットはないとのこと
別に一時間半程度だからだっこしててもいいんです

ニャンをだっこして、おっぱいをくわえさせ、準備万端で出発
バット
乗った飛行機はジャンボでなく、三列、二列、しかないちいさぁな飛行機
出産してから乗り物酔いをしやすくなった私は、息子に腹部を圧迫されているのもあり、ゲロンゲロンに酔ってしまいました。
隣にいた三女ももらいゲロしてしまい、二人でグロッキー、、次女は仮想世界にトリップしていたのでもらいゲロは免れてました。
息子もくーぅっ、と寝入ってくれて機内では全く面倒がありませんでした。

息子に手がかからなくて助かったのですが、自分がゲロゲロになってしまったのでちょっと自信なくしました。
インドまでパパを迎えに行こうかなと思ってたんですけど
これでは無理だわ
シルクエアはすげぇ小さい飛行機だし
インド人は子連れが多いのでパシネットは取り合い
だっこ四時間はきついかな
もちっと月齢が進んで体がしっかりしてくればいいかも
でも今度は自我が出来てきて逆に怖がったりするのかな

エニウェイ
初飛行は父の危篤という悲しい理由でしたが、息子合格!私は朝ご飯をしっかり食べよう(乗り物酔いに鱒寿司はだめ)!チャンチャン♪

また尻ネタで


完治~♪などと喜びは束の間
またもや切れました
痛い痛い
マジで子供産んだときより痛いです
妹が父の遺品よりボラギノールを発見
私が相続しました
二人産んだ友達が痔で手術した話や、今までいただいたコメントから、もっと痔に対して前向きに考えなければと。
父は生前武田薬品に勤めていたので、薬関係は何でもタケダです。
なんで痔薬も必然的に販売元がタケダのボラギノールを愛用してたみたいです。
シャワー後早速塗布しようと、チュウブをおしてびっくり、軟膏なんで白いクリームと思い気や、紫のジェルクリームでした、おしゃれ。
なんかCMと様子違う
相当古い薬か、わからん
まだ投薬始めたばかりで効き目の程は分かりませんが、先日新聞を読んでいて、早くも浮気したくなりました。
その名も
ヒサヤ大黒堂

老舗ですね
広告には「誰にも知られないよう個人名で宅配します」などの顧客への様々な配慮、痔の恐怖、薬の効能などが魅惑的に書かれていました。
銀座に店舗があるらしいので、銀座近所勤務の次女に早速スパイしてもらおうと。
銀座に店があるのも魅力の一つですね。
ヒサヤ大黒堂、楽しみです!

突発性アトピー


今日で息子はまる四ヶ月を迎えました

大きくなったなぁ・・・しみじみ

これから熱だしたり、痙攣したり、夜泣きしたりするんだろうな、こぇ~

と思っていたら、私がなっちまいました
突発性アトピー

もともと少々アトピー気のある私の皮膚

しかし腕がちょっとかゆくなる程度で、そんなひどくありませんでした

バット

八月に入って急に腕、足にとびひのような、虫さされのようなものがいっぱいできてしまい
おっぱいまで侵され、かゆいかゆい
ついには首顔と体全部にひろがり

どうにもこうにもブルドッグ、だったので、皮膚科に行きました

診断は、汗疹

出された薬はステロイド

ステロイドは皮膚が黒くなりそうな気がするからやだな・・・

「それは迷信です」

皮膚科の先生はおっしゃいました

おっぱいに薬塗ったら、授乳時はふき取った方がいいですか?

「そんなに気にせんでええじゃろ」

まじ?!

小首を傾げながら調剤薬局に向かったのですが薬剤師さんは

「皮膚が黒くなる」
と言うではないか!!

おまけに授乳中の人は使わないでね、と書いてある薬を出された

医者がアバウトなのか、私が気にしすぎなのか

どうしても信頼することが難しかったので、もう一件、他の病院にも行ってみることに

なんと二件目医院は一件目皮膚科のやり方を否定した!!!
「おっぱいにステロイドはぬらん方がええじゃろ」

私は一体誰を信じればいいの?!

「どうしてもステロイドはいや?」

と聞かれたので

「息子に影響ないならステロイドでもいいです」
と答えた

こう答えた理由は、かゆみが早くおさまってほしかったから、ステロイドについての知識が浅いから、でした

結局二件目医院でも違うタイプのステロイドが出されました
なんとなくステロイド毛嫌いしてしまう私

幼少時からかゆかゆ病になったらおつきあいしてました

なる→なおる、の繰り返しで、ステロイド=完治しても再発、そして皮膚黒くなる
と思いこんでいるようです

この度のように体全部に湿疹が出たのは初めてだったので、友達にはストレスが原因では?と、言われました

ストレスもあまり感じませんが、育児してるからね

旦那いないし、父死すし、知らないうちにいろいろストレスになってたのでしょうか

お隣の奥さんのおすすめで六十ハップのお風呂に入った後、尊馬油を塗りました

なかなかいけてます

ステロイドは切り札にとっておいて、しばらくハップと馬油を試してみよう

なんかいい作戦あったら教えて下さい

お葬式


息子は仮通夜の時も本通夜の時も告別式の時も斎場で父を待つ時もず~~~~~~~~~~~っと寝ていてすごくよい子でした
まだ二ヶ月だったので寝る食う泣くのどれかなんですが、大変助かりました。
お葬式が終わって、おときを食べ終わった瞬間、ぴゃーと泣き出しました。
じいさん(死んだ父←葬式の主役)が子守してくれてたかな・・・、、

父の死

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 七月七日の早朝に父が亡くなりました

享年55歳
食道癌

 不調を訴え、通院五ヶ月後、転院、手術、ICU一ヶ月入院、普通病棟に転室、一ヶ月間母が病院介護に入り、回復に向かっていると思っていた矢先に危篤、母から知らせを朝四時に受けた三姉妹+ニャン太は、荷造りもそこそこに大急ぎで羽田空港へ。
麻酔がとけて意識が戻り、瞬きなどで母と何とか会話もできるまで回復していたし、虫の知らせもなにもなかった。
お父さんは絶対死なない、また帰ってくる。
三姉妹ともそう信じていたので出発する時は、久々の姉妹そろっての帰省に楽しみさえ感じていました。
しかし、そんな娘達の思いを裏切るように危篤の知らせ30分後の午前四時半、父は帰らぬ人となってしまいました。

乗り換え時間や、妹の会社の方の計らいで、午前十一時には実家に戻ることができました。

電話の知らせだけではまだ、父の死を受け入れる事が出来なかった私達は、いつも通り玄関をあけて大きな声で「ただいまー!!!」と叫び、家に入りました。
そこにはいつもの様にソファに寝そべり焼酎の湯割りを飲む父の姿はなく、かわりに見慣れない浴衣を着て、北枕に寝かされ、顔に白い輪をかけられた父とその横で小さくなって消沈した母が迎えてくれました。

その時、どうしても信じる事の出来なかった父の死を、その父の静かな寝顔を見て、初めて受け止めました。

やっぱり嘘じゃなかった。

父は最期まで私を許さずに御浄土へ逝ってしまいました。

 最後に父に会ったのは去年の九月、私とニコのバレエの発表会を見に来てくれた時でした。
半年振りに会った父は13キロも太り、見た事無いような丸い顔をしていました。
私はその時、インド人との子を妊娠二ヶ月であることを父に打ち明けました。
発表会で結構いい役を踊ったので、とても喜んでいた父は一気に奈落へと付き落とされたような表情にかわり
「絶対認めないぞ」
と一言、そのまま一人で家に帰ってしまいました。
それでも言うことを聞かずに、私はインド人と結婚、出産しました。
父に会ったのはそれが最後です。
会話も、最後でした。
本当は予定日が四月十五日だったので、ゴールデンウィークに父も遊びに来るはずでした。
けれど、ちょうどその頃病状が思わしくなく、総合病院に転院したところ、即手術をしなければいけなくなり、ゴールデンウィークに会うことは出来ず、五月十三日に六時間という大手術をしました。
手術後、父はずっと麻酔で眠らされていました。
一ヶ月ほど経ち、結果良好で、少しづつ麻酔をといていく事になりました。
その時父は、母の手を握り返すことができ、イエスなら舌を出す、ノーなら無動で母と受け答えが出来たのです。
その模様を母から聞いて、父は元気になってきていると安心しました。
けれど一週間程経ち、自分でうまく呼吸できないので、また麻酔生活へ。
そして、父はそのまま眠りながら逝きました。

友引にあたったので仮通夜→本通夜→お葬式という運びになりました。
告別式場に行く日まで私たち姉妹は父の死をやっぱり信じる事が出来ず、なんどもなんども棺の中を確かめました。
その中には生きていた頃より若々しく見える父の寝顔がありました。

父は私の主人にも息子にも会ってません

父は麻酔で眠っている間どんな気持ちだったのでしょうか

父は私に産んで欲しくなかったみたいです。(後母談)
世間体を一番に気にする人ではありましたが、死ぬほどいやだったんだ、死んだのは私のせいだ、と思いました。

お屋敷山で父は灰になりました

箱に入っていつまでも寝た振りを続けるおどけた父は、誰も入ることの出来ないドアの向こうで骨だけに変身し、これまた私たちをびっくりさせました。
父の姿が消え、あ、やっぱりお父さん死んでなかったわ、とよけいに父の死の実感がなくなりました。

まだまだ世話の焼ける親に成り立ての出来損ないの娘と、嫁入り前の二人の妹がいるよ、お父さん、死ぬのは早いよ

私の新しい家族にも会って理解してもらいたかった
主人は私の父とお酒を飲む事を楽しみにしていました
「男の子の孫」が欲しいといつか言っていました
これから一児の母として、親として、実父から学びたいことはたくさんありました。
今出来なかった親孝行、やってしまった親不孝の後悔は後にも先にもたちません
今、息子がすくすくと育っていく姿を、もし父が見ることができたら、私の結婚の事も許してもらえただろうか。。。

 リビングで、ふと、父のいないことに気づき、仏前の骨壺を叩いてみました

なんの返事もありませんでした

父は未だに三姉妹の夢にも現れません
まだ麻酔効いてるか

母は父と、飛行機が飛ぶ空を眺める夢を見たそうです...

耳寄り情報


ギネス記録
世界一長い耳毛は13.2cm!!!
インド人の記録!!
やっぱりね...!

♪ポッポッポ


百日祝いに着物を着てお写真撮りました
鳩ポッポッ大合唱でにっこり(^0^)ハイ!チーズ!(^_^)v

インド・ブーム

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お隣の奥さんがコンビニで見つけて、写真を送ってくれました!
インド流行ってるね!ひょっとして!

そっくりさん


なんかスーパーマリオに似てる・・・