今日は、妹から先週二か所の病院で診てもらった内容のLINEが入っていました。

母からも数日前、その連絡は入っていましたから行ったことは知ってました。

アルツハイマーによく使う薬を使い始めたようです。だからかな、会話にも変化を感じます。


今晩は21時ピッタリに電話が入りました。ちょうど母のことを考えていたのでそのことを告げました。


「もしもーし」

認知度が下がる前の明るい声の調子です。3.4日前からなのでやはり薬がきいてるのかな。


お母さんのことをちょうど考えてまたんですよ!

と、わたしが出ると嬉しそうに


「今、お風呂から上がってきたところ」「1人なの?」

今1人だけど、夜遅く◯◯(夫)は帰ってくるよ。


そう話すと「え?本当?」と、ちょっと訝しげ。

本当だよ。

「あ、仕事からね」と我に返った返答。回線が合ってる様子。


今日は何をしてたの?

「和みに行ってきました!楽しかったよ~」デーサービスのことを話しました。

夜は何を食べたの?

「◯子が(妹)ぜーんぶご飯の準備をしてくれていたの」

良かったねー、助かるね、とわたし。

「美味しかった~」と、食事の内容は言わなかったけれど嬉しそう。


「元気なんでしょ?」

うん、わたしは元気だよ

「じゃ、良かった。ありがとうございました!またよろしくお願いしますね」


とても短い電話で終わりました。

夕方、電話が入っていたので折り返ししました。

元気そうないつもの返事で「はーい」

と出たあと、「今日は病院へ行って検査してきたの」

予約していた脳の?

「そう。どこも悪くないって!」

よかったね。でも、レントゲンとか撮ったんでしょう?結果はまだなんじゃないの?「レントゲンも見れたから」

あーそうなの。

「お父さんにも会ってきたよ」

生きてたでしょ?

というわたしの質問に

「うん、生きてた」と笑って答えてました。その後、

「病院へ行って結構お金かかったはずだけど◯子が払っていて。大丈夫なんだろうか?」と。

あ、お金のことか。はじまったな、と思いながら、お母さんのお金があるでしょ?と聞いてみると

「ない」

あー、◯子が預かってるんでしょ?

「通帳も見ないし、わからない」

通帳は◯子が預かってるけど確かめたいときは、見たいんだけど、って言ってみて。

そして、施設の話もしてみました。

福島にはわたしも納得できる場所がないけれどコチラにはあるということ。

自由に面会も出掛けることも出来るし、わたしは◯子のようにガッツリ働いているわけでもないので、一緒に楽しむことも出来る。そして、こちらは温暖だということ。

施設に関してもお金を心配する母。

それに関しては心配不要ということを重々はなし、電話を置きました。


それを聞いて少し落ち着いた様子。



18時40分頃に電話あり。


食事を作っている最中で気づかず19時20分に折り返してみました。


長めのコールのあと「はーい」と明るい声。

「元気なんでしょ?わたしがさっきかけたんだよね」

そうだよ、と返事すると「じゃ、それでいいんだ。良かった」

と、今日は寒い、お風呂には入らない、そんな話をしながら何となく気を使ってる様子。「◯子(妹)が洗濯もしてくれていて大変なんだー」と。

妹に気を使って早目に切りたい様子なのでおしゃべりはここまで。

昨日から始まったジョリーパスタのMorning

一昨日、「はじまるよー」と、友人がおしえてくれたので、早速

明日のボランティアの準備をしつつ
ブリオッシュとチーズが絶妙に美味しかった〜ラブ
また行こーっと



モーニングを食べに行きたい店

 

 

 

 

 

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追い払いたいものある?


明日から春ですね🌸


暦の上、と言えども明るい気持ちになります。

そんな今日は、寒い雨の1日で、動物的なのでしょうね、1日眠くて仕方がなくて、ずっとソファーの上に座ってました。

これ、体のバランスのためには最悪の過ごし方のようです。昨日も整体へ行き左右バランスを整えて貰い「よく歩いて下さい、動いて下さい」と言われたばかり。



オット

追い払いたいものです



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30日、15時台後半に電話が入りました。


体調が芳しくなかったわたしは、

午前中の用事を終え帰宅後14時半〜16時まで昼寝。電話が入っていたのを見て急いで掛け直しました。

「元気?大丈夫?」とわたしを心配しつつ「わたしもヘンナのよね〜ボーっとしてるというか」という話を聞き、うん、そういうときはいつでも電話してね。直ぐに電話が取れないときは、折り返すから、安心してね。と話してるいるうちに安心した様子

わたしが、これからピアノだからね。と話すと以前のように「ああ、ごめんねー。ありがとう。」と、気を遣い早々にきってくれました。


今日はわたしがリハビリへ行っている時間中17時頃に電話あり。

17時半に折り返しすると明るい声で「はい、はーい」と出た母。テレビの音も聞こえてきました。

「お母さんお母さんと聞こえるんだよ」と、わたしの声以外に聞こえている様子。テレビの音と相まってるのでは?と確かめると、「テレビもつけてるよー」と、まともな対応と同時に「正広さんやひでこさんの声が聞こえるんだよね」と、父方の兄妹の名前を言いました。ということは、母が電話したのかな?

「Ko◯はどこにいる?」と、孫のことを心配してくれるので、大阪にいるよ。今、卒論書いてるよ、と話している最中に「ん?ん?」ととても聞きづらそうな感じ。

急に「お父さんは亡くなったんだかどうだか?」と、このところ毎回聞いてくる質問。お父さんは施設、ホームで生きてるから大丈夫。勝手に死んだことにされたら驚いちゃうよ。とおちゃらけたら「明後日かな、お父さんに会いに行くから」と。そうでしょ?生きてるから会いに行くんでしょ?死んでないよ、と言うも「どうなんだか」と半信半疑な応え。寒いでしょ?雪はある?体に気をつけてね。と、話を変えると「寒いよー。雪は消えてきたけど、また明日の朝は大変なんじゃないかな」「気を付けてねって言ったって、早くあっちへ行きたい気もするし」そんなこと言わないで、春になれば出かけられるよ、と話すと「そうだね」と、それも気を使っての応えかな。「ありがとう」といつものようにお礼を言ってくれて

わたしを含め2組しかいなかった和食店。入店したのは18時05分。食事どきではありますが、食事を始めて30分経過した頃から続々とお客さんが。


現在19時少し前で、チラッとテーブルを数えてみたら20席以上埋まってます。

いや、30席近くかな。テーブルも座敷も見渡すと空いてるテーブルがありません。


昔から、トイレも含め公衆電話ボックスまで埋まってしまうことが普通にありました。

開業したばかりの個人病院で週3日受付バイトをしていたとき医師に言われました。(その頃は週6日、業務してました)「◯ちゃんが来る日は患者さんが多いんだよ。そういう人っているんだよねー。もう1日バイト日増やさない?」と。まだ20歳になったばかり。その頃10歳上の医師といえばオジサンもオジサン。田舎から出てきた大学生のわたしは、もちろんまだ素直で朴訥としており、含蓄ある言葉と受け止めていました。脳下垂体に植え付けられた言葉は現実になる、という話もその医師の言っていた話です。

わたしは幼い頃から叱られて育ち、めったに褒められなかったので、

ちょっと褒められると物凄く嬉しくて、直ぐその気になり、そのことを脳に植え付ける気質があったのかもしれません。音大へ行ったのも、いつも叱りまくる父が「◯子は音楽が得意だから芸大へ行くんだよ」と言ってました。努力が出来ない性質なので芸大は無理も無理でしたが音大へ行きました。


まぁ、それにしても来店して1時間で待ちのお客さんまで現れました。


「とんでん」というファミレスです。


今、

見たこともないおじいさんが「いや~お料理きたかな?」と言いながらわたしの席の前に座り、しゃべり始めました。

心臓が止まるほどびっくりしてしまいましたびっくり

「あ、あれ、違ったかな。あれ、どこだっけな」と笑いながら移動していきました。

ご一緒のお相手はおじいさんの奥さまですからおばあさん、ですね。


あらら、、、どのように受けとったらよいのやら笑い泣き


ついたてを挟んでお隣だったようです。周りの人もニヤニヤ口笛